第五話 もう一度、同じ場所で
第三章 ANOTHER
第二分岐
第五話 もう一度、同じ場所で
咲子は、則人を見つけると、まっすぐその前まで歩いていった。
「キッド君」
「あ、おねえちゃん!」
則人が振り返る。
「どうしたの?」
「お願いがあるの」
「なに?」
「…………」
咲子は、自分の身体へ目を落とした。
蟻を思わせる顔。
蜂の力を宿した、大きな腕。
背中に広がる蝶の羽。
そして、人間だった頃とは比べものにならないほど強靱な身体。
「私」
一度。
巨大な拳を握る。
「戻りたい」
「…………」
則人が咲子を見上げた。
「ほんとう?」
「うん」
「もういいの?」
「…………」
咲子は、すぐには答えなかった。
――もういい。
そう言ってしまうのは、何か違う。
「……惜しいよ」
「おしい?」
「うん」
咲子は苦笑した。
「すごく惜しい」
「…………」
「だって、この身体」
拳を開く。
「本当に強いんだもの」
ずっと欲しかった力。
届かなかった距離へ届く。
押し負けない。
人間だった頃とは比べものにならない速さで動ける。
今なら。
あの男子にだって。
きっと勝てる。
「だから」
咲子は、正直に言った。
「この力が嫌になったわけじゃない」
「うん」
「強いのは嬉しい」
「うん」
「できるなら」
一度、言葉を止める。
そして道場の方角を見る。
「このまま強くて、みんなとも空手ができたら、一番よかった」
「…………」
けれど。
それはできなかった。
自分を強くしてくれた身体は。
同時に。
戦いたかった人たちを、自分から遠ざけてしまった。
「私が欲しかったの」
咲子は、ゆっくりと言葉にする。
「誰も相手してくれない強さじゃなかった」
「…………」
「同じところに立って」
「勝ったり」
「負けたりして」
「その中で」
もう一度、拳を握る。
「強くなりたかった」
則人は、しばらく黙って聞いていた。
それから。
「じゃあ」
「?」
「もどろっか」
「…………」
あまりにも簡単な言葉だった。
でも。
今の咲子には。
それで十分だった。
「うん」
咲子は、少しだけ笑った。
◇
「じゃあ、いくよ!」
「うん」
則人が元気よく声を上げる。
「配信開始!」
そして。
「ちょっと待ってね」
「…………」
咲子は思わず遠い目をした。
思い出してしまったのだ。
以前見た。
あの。
とても、とても長いお着替えを。
「……また、あれ待つの?」
「?」
「なんでもない」
そのときだった。
「コーン!」
近くにいた狐が、一声鳴いた。
「え?」
咲子が狐へ目を向ける。
ほんの一瞬。
そして、則人へ視線を戻す。
「おまたせ〜!」
「…………」
そこには。
すでに着ぐるみ姿になった則人が立っていた。
「…………」
「どうしたの?」
「いや」
咲子は狐を見る。
則人を見る。
もう一度、狐を見る。
「……もういいわ」
「?」
「妖怪相手に、いちいち驚いてたら疲れるって分かったから」
狐は、何食わぬ顔でそこにいた。
◇
「ほう」
聞き覚えのある声。
咲子が振り返る。
「ぬらりひょんさん」
「決めたようじゃな」
「はい」
今度は。
迷わなかった。
ぬらりひょんが咲子を見る。
「力は惜しくないかの?」
「惜しいです」
即答だった。
「ものすごく」
「ほう」
「でも」
咲子は、自分の拳を見た。
「惜しいからって、この力を持っていれば、私が欲しかったものまで手に入るわけじゃないって」
もう。
分かっている。
「私は」
咲子は続けた。
「空手がしたいです」
「…………」
「誰かに怖がられて」
「一人で強くいるんじゃなくて」
「同じ場所で」
「同じルールで」
「勝ったり、負けたりしながら」
少し笑う。
「強くなりたいです」
「……そうか」
ぬらりひょんが静かに頷いた。
「ならば」
そのとき。
何かが飛んできた。
「わっ!」
則人が慌てて受け取る。
ピコピコハンマー。
咲子は、それが飛んできた方向を見た。
「…………」
天狗がいる。
「もう驚かない」
自分へ言い聞かせる。
「…………」
しかし。
「いや、やっぱりちょっと驚く」
◇
則人がピコピコハンマーを握った。
「おねえちゃん」
「うん」
「ほんとうにいい?」
「…………」
咲子は。
最後に。
自分の身体を見た。
強い身体。
大きな拳。
ほんの少し前まで。
自分がこんな姿になるなんて、考えたこともなかった。
最初は怖かった。
嫌だった。
早く元へ戻りたいと思った。
でも。
この身体の強さを知った。
できなかったことが、できるようになった。
届かなかった場所へ、簡単に届くようになった。
欲しくなった。
手放すのが惜しいと思った。
「…………」
その気持ちは。
全部、本物だった。
だから。
なかったことにはしない。
否定もしない。
「うん」
咲子は、巨大な拳をゆっくり開いた。
「お願い」
「わかった!」
則人がピコピコハンマーを振り上げる。
「えいっ!」
ぽこん。
「…………」
「え?」
咲子が瞬きをした。
「今の音?」
「うん」
「…………」
咲子はピコピコハンマーを見る。
「もっとこう……すごいことが起きそうな音じゃないの?」
「?」
次の瞬間。
咲子を覆っていた怪人の身体が、剥がれ始めた。
「……!」
大きな腕が。
蝶の羽が。
強靱な身体が。
自分を圧倒的に強くしていたものが。
少しずつ。
咲子から離れていく。
そして。
そこに。
人間の咲子が立っていた。
◇
「…………」
咲子は、自分の手を見る。
小さい。
本当に。
小さい。
怪人だった頃とは、比べものにならない。
拳を握る。
「…………」
力も。
もう違う。
地面を軽く蹴ってみる。
普通。
腕を振ってみる。
普通。
さっきまでなら。
もっと速く。
もっと強く。
もっと遠くまで届いた。
「…………」
弱くなった。
間違いなく。
「どう?」
則人が聞く。
「…………」
咲子は、もう一度自分の拳を見る。
「弱い」
「え?」
「さっきまでと比べたら」
少し笑う。
「すっごく弱い」
「…………」
「でも」
拳を握り直す。
「これでいい」
その顔は。
笑っていた。
◇
咲子から離れた怪人の姿が、ふわりと宙へ浮かんだ。
「あ」
咲子が空を見上げる。
怪人の姿は。
そのまま少しずつ空へ昇っていく。
「…………」
「キッド君」
「なに?」
「あれ、どこ行くの?」
「知らない」
「…………」
咲子が則人を見る。
「即答するところじゃないでしょう!」
「だって、しらないもん」
「…………」
咲子は、思わず笑ってしまった。
「ほんと」
もう一度、空を見る。
「何なのよ、この子たち……」
◇
そして。
咲子は道場へ戻った。
入口の前で。
一度だけ足を止める。
「…………」
自分の身体を見る。
普通の身体。
普通の腕。
普通の拳。
もう。
天井を壊すような力はない。
誰にも負けないような速さもない。
「…………」
今なら。
あの男子に。
たぶん勝てない。
むしろ。
負ける可能性の方が高い。
でも。
それでいい。
咲子は、道場の扉を開けた。
「おはようございます」
「…………!」
中にいた者たちが振り返る。
「咲子?」
「戻ったのか?」
「うん」
咲子は両手を広げてみせた。
「戻りました」
「…………」
何人かが。
目に見えて、ほっとした顔をした。
その表情を見て。
咲子の胸が、少しだけ痛んだ。
でも。
もう責める気にはならなかった。
怖かったのだ。
ただ。
それだけだった。
「…………」
咲子は、あの男子を探す。
いた。
目が合った。
「…………」
「…………」
咲子が歩いていく。
「約束」
「覚えてるよ」
「本当に?」
「昨日したばっかりだろ」
「なら」
咲子は道場の中央を指した。
「お願いします」
「……今から?」
「今から」
「…………」
男子が、少し笑った。
「分かった」
◇
二人が向かい合う。
礼。
「お願いします」
「お願いします」
構える。
「…………」
咲子は男子を見る。
逃げない。
男子も。
咲子をまっすぐ見ている。
目の前に立っている。
同じ場所。
同じルール。
同じように拳を構えて。
今度は。
どちらが勝つのか。
まだ分からない。
「始め!」
男子が踏み込んだ。
「!」
速い。
怪人だったときとは。
まるで違う。
「っ!」
咲子が腕で受ける。
衝撃が走った。
「いたっ……!」
「大丈夫か?」
「大丈夫!」
腕が痺れている。
じんじんと。
痛い。
「…………」
なのに。
咲子の口元が、少しだけ緩んだ。
「なんで笑ってるんだよ」
「別に」
「絶対なんかあるだろ」
「ない!」
男子が、もう一度構える。
咲子も構え直した。
痛い。
重い。
速い。
届かない。
全部。
戻ってきた。
少し前まで。
あれほど嫌だったもの。
どうしても越えたかった差。
「…………」
でも。
今は。
嬉しかった。
「もう一回来て」
「まだ始まってるって」
「分かってる!」
「じゃあ行くぞ!」
「来なさい!」
男子が踏み込む。
咲子も。
床を蹴った。
◇
勝てるかどうか。
分からない。
むしろ。
今は。
負ける可能性の方が高い。
でも。
相手がいる。
自分の拳を受けてくれる人がいる。
自分へ。
本気で拳を返してくれる人がいる。
「…………!」
咲子が踏み込む。
届かない。
なら。
もう半歩。
男子が動く。
読む。
かわす。
追う。
また距離を取られる。
なら。
次。
もう一度。
「…………」
強くなりたい。
その気持ちは。
何も変わっていない。
弱いままでいいとは思わない。
負けたくない。
勝ちたい。
追いつきたい。
いつか。
追い越したい。
でも。
そのために。
一人だけ。
誰にも触れられないほど強くなりたいわけではなかった。
相手がいる。
勝つことがある。
負けることがある。
悔しくなる。
考える。
練習する。
また挑む。
そして。
相手もまた強くなる。
だから。
自分も。
もっと強くなる。
「…………!」
咲子が。
もう一度踏み込む。
今度は。
さっきより。
ほんの少しだけ深く。
届かなかった拳を。
届かせるために。
私は。
ここで。
強くなりたい。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




