第四話 同じ場所に立ちたい
第三章 ANOTHER
第二分岐
第四話 同じ場所に立ちたい
次の日。
咲子は、道場へ向かわなかった。
「…………」
昨日。
あの男子と話した。
聞きたかったことを、きちんと聞いた。
『……怖い』
そして。
聞きたくなかった答えも、きちんともらった。
「…………」
嫌われたわけではない。
咲子ではないと思われているわけでもない。
信用されていないわけでもない。
ただ。
怖い。
あの姿が。
あの力が。
怖い。
「…………」
それが分かったからこそ。
今日は、道場へ行く気になれなかった。
◇
「おねえちゃん!」
「ん?」
聞き覚えのある声に、咲子が振り返る。
「キッド君?」
則人がこちらへ走ってきた。
「どうしたの?」
「おねえちゃん、きょうもどうじょういかないの?」
「…………」
「今日はいいかな」
「おやすみ?」
「うん」
「そっか」
則人は、それ以上何も聞かなかった。
「…………」
咲子は、そんな則人を見下ろす。
九歳の男の子。
怪人になった自分を見ても。
最初から、それほど怖がらなかった子。
「ねえ、キッド君」
「なに?」
「ちょっと聞いてくれる?」
「いいよ」
二人は並んで腰を下ろした。
◇
「私ね」
「うん」
「すごく強くなったの」
「うん!」
「たぶん」
咲子は巨大な拳を見る。
「道場の誰よりも強いと思う」
「すごい!」
則人の目が輝いた。
「じゃあ、いちばん?」
「……たぶんね」
「すごいね!」
「…………」
本当に。
まっすぐ喜んでくれる。
咲子は少しだけ笑った。
「ありがとう」
「うん!」
「でもね」
「?」
「誰も組手してくれないの」
「…………」
則人が、きょとんとする。
「なんで?」
「怖いんだって」
「だれが?」
「みんな」
「おねえちゃんを?」
「……この姿の私を」
則人は咲子を上から下まで眺めた。
「…………」
「なに?」
「つよそうだもんね」
「そういうことなのよ……」
咲子は、がっくりと肩を落とした。
「でも」
則人が首を傾げる。
「つよくなりたかったんでしょ?」
「そう」
「つよくなったんでしょ?」
「そうなの」
「じゃあ」
「うん」
「よかったんじゃないの?」
「…………」
咲子は答えられなかった。
そう。
そのはずだった。
強くなりたかった。
そして。
強くなった。
願いは叶った。
だったら。
喜べばいい。
「…………」
なのに。
少しも嬉しくない。
◇
「キッド君」
「なに?」
「空手ってね」
「うん」
「一人でも練習できるの」
「できるの?」
「できるよ」
突き。
蹴り。
型。
身体づくり。
一人でも、できることはいくらでもある。
「でも」
咲子は少し笑った。
「組手は、一人じゃできないの」
「…………」
「相手がいて」
「うん」
「その人がどう動くか考えて」
「うん」
「自分も動いて」
「うん」
「失敗したり」
「まけたり?」
「そう」
「かったり?」
「そう」
「…………」
「それが」
咲子は遠くを見る。
「好きだったの」
「だった?」
「…………」
則人の言葉に、咲子が止まった。
「いまは、すきじゃないの?」
「…………」
違う。
今だって。
好きだ。
だからこそ。
こんなに苦しい。
「好き」
咲子は答えた。
「今も」
「じゃあ、やればいいじゃん」
「だから!」
思わず声が大きくなる。
「相手がいないの!」
「そっか」
「…………」
あまりにもあっさり返されて。
咲子は、なんだか力が抜けた。
◇
「私ね」
咲子は少しずつ、自分の気持ちを言葉にしていく。
「強いままでいたい」
「うん」
「この身体なら、たぶん負けない」
「うん」
「ずっと勝てなかった人にも、きっと勝てる」
「うん」
「でも」
拳を見る。
「みんなと空手もしたい」
「うん」
「勝ったり」
「負けたり」
「もう一回って言ったり」
「今度はこうしようって考えたり」
「…………」
「それもしたいの」
則人が首を傾げる。
「じゃあ」
「?」
「どっちもじゃ、だめなの?」
「…………」
咲子が固まった。
「強いままで」
「うん」
「みんなと空手すればいいじゃん」
「それができないから困ってるの!」
「わっ!」
則人が驚いて身体を引いた。
「あ……」
咲子は慌てる。
「ご、ごめん!」
「びっくりした」
「ごめんなさい」
「うん」
「…………」
「…………」
短い沈黙。
そして。
咲子は、自分で言った言葉を頭の中でもう一度繰り返した。
それができないから。
困っている。
「…………」
どちらも欲しい。
強くありたい。
でも。
みんなと空手もしたい。
なら。
自分にとって。
本当に大切なのは、どちらなのだろう。
◇
咲子は目を閉じた。
思い出す。
中学生の頃。
あの男子と、ほとんど互角だった頃。
「お願いします!」
「お願いします!」
礼をして。
向かい合う。
勝つこともあった。
負けることもあった。
「もう一回!」
「また?」
「次は勝つから!」
「さっきもそれ言っただろ!」
悔しかった。
でも。
楽しかった。
高校生になって。
だんだん勝てなくなった。
相手の拳が重くなった。
腕が長くなった。
届かなくなった。
悔しかった。
本当に。
悔しかった。
だから。
追いつきたかった。
「…………」
追いつきたい。
その言葉が。
胸の中で、もう一度響いた。
「…………」
咲子は目を開いた。
「……あ」
「?」
則人が咲子を見る。
「どうしたの?」
「私……」
咲子は、自分の拳を見る。
怪人の。
巨大な拳。
「違った」
「なにが?」
「…………」
ずっと。
あの男子より強くなりたいと思っていた。
勝ちたい。
負けたくない。
それは。
今も変わらない。
でも。
「私」
咲子は、ゆっくり言った。
「あの人より上にいたかったんじゃない」
「うえ?」
「うん」
「…………」
思い出す。
同じ道場。
同じ場所。
同じルール。
向かい合って。
どちらが勝つか分からない。
だから。
本気で考える。
どうすれば届く。
どうすれば一本取れる。
どうすれば勝てる。
「私……」
咲子の表情が、少しずつ変わっていく。
「同じところに」
一度。
息を吸った。
「立ちたかったんだ」
◇
「おなじところ?」
「うん」
「…………」
「私がずっと追いかけてた人と」
「うん」
「同じところに立って」
「うん」
「勝ったり」
「負けたりして」
「うん」
「もっと強くなりたかった」
「…………」
則人は少し考える。
「じゃあ」
「?」
「いまは、おなじところじゃないの?」
「…………」
咲子は巨大な拳を見る。
「そうみたい」
今なら。
きっと勝てる。
けれど。
相手は。
目の前に立ってくれない。
「…………」
強くなったのに。
追いついたわけではなかった。
むしろ。
自分が立ちたかった場所から。
ずっと遠くまで来てしまった。
「…………」
「おねえちゃん」
「なに?」
「もどりたい?」
「…………」
則人が聞いた。
咲子は拳を握る。
「…………」
怖い。
この力を失うのは。
今も。
怖い。
人間に戻れば。
また届かないかもしれない。
また負ける。
また悔しい思いをする。
せっかく手に入れた。
誰にも負けないかもしれない身体を。
自分から手放すことになる。
「…………」
それでも。
咲子は道場の方角を見る。
そこには。
勝てると分かっている相手ではなく。
勝てるかどうか分からない相手がいる。
もう一度。
同じ場所に立ちたい相手がいる。
「うん」
小さく。
それでも。
はっきり答えた。
「戻りたい」
◇
その日の夕方。
咲子は道場へ向かった。
「…………」
中へ入る。
「咲子?」
何人かが振り返る。
そして。
あの男子も、咲子を見る。
「ちょっといい?」
「……うん」
二人は少し離れた場所へ移動した。
「どうした?」
「私ね」
咲子は巨大な拳を見る。
「戻ることにした」
「…………」
男子が少しだけ目を見開いた。
「人間に?」
「うん」
「そうか」
「…………」
短い沈黙。
咲子は男子を見る。
「でも」
「ん?」
「約束して」
「何を?」
「戻ったら」
一歩。
男子へ近づく。
今度は。
男子は。
後ろへ下がらなかった。
「…………」
「逃げないでよ」
「え?」
「組手」
「…………」
「普通の私に戻ったら」
咲子は男子をまっすぐ見る。
「もう一回、組手して」
「…………」
男子は少しだけ黙った。
それから。
「それなら」
笑った。
「何回でもやる」
「…………」
咲子の目が少し大きくなる。
「言ったわね?」
「言った」
「負けても?」
「お前が?」
「あなたが!」
「もう勝つ気かよ」
「当たり前でしょう?」
「…………」
男子が笑う。
咲子も。
笑った。
そのやり取りが。
ひどく懐かしく感じた。
「じゃあ」
咲子は自分の巨大な拳を見る。
「これ」
一度。
強く握る。
手放すのが。
惜しくないわけではない。
むしろ。
惜しい。
それでも。
「返してくる」
「…………」
「ああ」
◇
道場を出る。
「…………」
咲子は振り返らなかった。
少し前まで。
この身体こそ。
欲しかった強さだと思っていた。
実際。
強い。
それは間違っていない。
この身体があれば。
あの男子に勝てるかもしれない。
道場の誰にも負けないかもしれない。
でも。
強いだけでは。
自分が本当に立ちたかった場所には立てなかった。
「…………」
戻れば。
また弱くなる。
負けるだろう。
きっと。
すぐには勝てない。
届かなかった拳が。
また届かなくなるかもしれない。
押し負けるかもしれない。
痛い思いもする。
悔しい思いもする。
「…………」
それでいい。
負けたら。
もう一度やればいい。
届かなければ。
届く方法を考えればいい。
あの人も強くなる。
なら。
自分も強くなればいい。
「…………」
次は。
あの人が。
自分の前に立ってくれる。
同じ場所で。
同じように構えて。
勝つか。
負けるか。
分からないところから。
もう一度。
始められる。
「…………」
咲子は。
大きな拳を。
そっと握った。
「待ってて」
そして。
則人を探しに歩き出す。
「今度は」
一歩。
前へ進む。
「ちゃんと、そこに戻るから」
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




