第三話 私が怖い?
第三章 ANOTHER
第二分岐
第三話 私が怖い?
その日。
稽古が終わっても、咲子はすぐには道場を出なかった。
「…………」
道場の端に立ったまま。
一人の男子を見ている。
ずっと目標にしてきた相手。
昨日も。
今日も。
自分との組手を断った相手。
「…………」
理由は分かっている。
怖いから。
それだけだ。
自分が嫌われたわけではない。
話しかければ、普通に返事をしてくれる。
挨拶だってしてくれる。
以前と変わらず。
咲子として接してくれる。
でも。
組手だけは。
してくれない。
「…………」
咲子は自分の巨大な拳を見る。
聞きたい。
どうしても。
でも。
聞くのが怖かった。
もし。
怪人の姿ではなく。
本当に。
自分そのものを怖がられているのだとしたら。
「…………」
それでも。
このまま考えているだけでは。
何も分からない。
「……よし」
咲子は小さく呟いた。
◇
「ねえ」
「ん?」
帰ろうとしていた男子が振り返る。
「ちょっといい?」
「いいけど」
「…………」
呼び止めたのは自分なのに。
次の言葉が出てこない。
「どうした?」
「…………」
「咲子?」
「あのね」
「うん」
咲子は男子の顔を見た。
「ちゃんと答えてほしいの」
「……何を?」
一度。
息を吸う。
「私が」
自分の胸に手を当てる。
「怖い?」
「…………」
男子の表情が止まった。
「私が怖いの?」
「…………」
答えはない。
その沈黙だけで。
胸の奥が痛くなった。
「ねえ」
「…………」
「ちゃんと答えて」
男子は。
しばらく黙っていた。
やがて。
「……怖い」
「…………」
咲子は。
分かっていたはずなのに。
実際にその言葉を聞いた瞬間。
身体が固まった。
「……私なのに?」
「…………」
「私でしょ?」
「分かってる」
「だったら!」
「分かってるんだよ!」
男子の声が大きくなった。
咲子が黙る。
「頭では分かってる」
「…………」
「お前が咲子なのも」
「…………」
「俺たちとずっと一緒に空手をやってきたことも」
「…………」
「俺を傷つけようとしてるわけじゃないのも」
一度。
男子が息を吐く。
「全部、分かってる」
「だったら……」
「でも」
男子は咲子を見た。
そして。
少しだけ目を伏せる。
「怖いんだよ」
◇
「何が?」
「…………」
「何がそんなに怖いの?」
咲子は巨大な拳を開いた。
「これ?」
「…………」
「この手?」
「それも」
「じゃあ」
自分の身体を見る。
「この姿?」
「……うん」
「…………」
「だって」
男子が言う。
「昨日」
「…………」
「お前、天井ぶち抜いて入ってきただろ」
「…………」
咲子は何も言えなかった。
男子が壊れた天井を見上げる。
「俺たちが何回殴ったって」
「…………」
「あんなことできない」
「…………」
「それを簡単にやった奴が」
男子の視線が、咲子へ戻る。
「その拳で」
自分の顔の前を指す。
「寸止めするから大丈夫って言っても」
「…………」
「もし止まらなかったらって、考える」
「止める!」
咲子が叫んだ。
「絶対止める!」
「分かってる!」
「だったら!」
「分かってても怖いんだって!」
「…………」
道場が。
しんと静まり返った。
◇
「私」
咲子の声が、少し震える。
「ずっと空手やってきた」
「知ってる」
「寸止めだって」
「分かってる」
「相手を傷つけないようにするのも」
「分かってるよ」
「だったら!」
「咲子」
「…………」
男子は。
今度は少しだけ声を落とした。
「お前が信用できないわけじゃない」
「…………」
「じゃあ、何?」
「俺が」
一度。
言葉を切る。
「怖いんだよ」
「…………」
咲子が目を見開いた。
「お前がどうとかじゃなくて」
「…………」
「俺が怖い」
男子は自分の拳を見る。
「頭では」
「咲子だから大丈夫だって思ってる」
「…………」
「でも」
拳を握る。
「身体が動かない」
「…………」
「お前の前に立とうとすると」
男子が苦笑する。
「勝手に足が下がる」
「…………」
昨日。
咲子が一歩近づいたとき。
男子は。
確かに一歩。
後ろへ下がった。
あれは。
咲子を嫌って避けたのではない。
考えるより先に。
身体が逃げていたのだ。
◇
「……そんなの」
咲子は自分の拳を見る。
「ずるい」
「え?」
「だって」
声が。
少しずつ小さくなる。
「私、何もしないのに」
「うん」
「私なのに」
「うん」
「…………」
咲子は。
自分の巨大な手を見つめた。
「怖がられるなんて」
「…………」
「嫌だよ」
男子は何も言わなかった。
「私」
咲子は自分の顔へ手を伸ばす。
蟻を思わせる異形の顔。
人間だった頃とは。
まるで違う身体。
「こんな姿になりたかったわけじゃない」
「…………」
「ただ」
拳を握る。
「強くなりたかっただけ」
「…………」
「あなたに勝ちたかった」
「知ってる」
「男とか女とか」
「そんなこと言われないくらい」
「…………」
「強くなりたかっただけなのに」
咲子は男子を見る。
「強くなったら」
一度。
言葉が詰まった。
「怖がられるなんて」
「…………」
「そんなの……」
咲子は俯いた。
「思ってなかった」
◇
男子は。
何も言えなかった。
咲子も。
何も言わない。
「…………」
二人の間に。
長い沈黙だけが残った。
やがて。
男子が口を開いた。
「でも」
「……なに?」
「お前が咲子じゃないとは思ってない」
「…………」
咲子が顔を上げた。
「話してても」
「…………」
「普通に咲子だし」
「…………」
「怒るのも」
男子が少しだけ笑う。
「咲子だし」
「なによそれ」
「負けず嫌いなのも」
「…………」
「めちゃくちゃ咲子だし」
「…………」
咲子の口元が。
ほんの少しだけ緩んだ。
「じゃあ」
「うん」
「組手してよ」
「…………」
「…………」
男子の表情が固まった。
「……ごめん」
「…………」
「そこはまだ無理」
「…………」
咲子は。
しばらく男子を見ていた。
それから。
「そっか」
小さく笑う。
「そこは変わらないんだ」
「悪い」
「ううん」
咲子は首を振った。
「もう」
一度。
息を吐く。
「無理には言わない」
「…………」
「怖いものを」
怖がるな。
そう続けようとして。
咲子は言葉を止めた。
「…………」
自分だって。
初めてこの姿になったとき。
怖かった。
何が起こったのか分からなかった。
鏡に映る自分を見て。
どうしていいのか分からなかった。
自分ですら怖かった姿を。
他人に向かって。
怖がるな。
そんなふうに言えるだろうか。
「…………」
「咲子?」
「なんでもない」
咲子は小さく首を振った。
◇
その日の帰り道。
咲子は一人で歩いていた。
「…………」
巨大な拳を見る。
強い。
この拳なら。
あの男子に勝てる。
間違いなく。
以前は届かなかった攻撃が届く。
押し負けることもない。
今なら。
きっと。
「…………」
勝てる。
なのに。
戦ってくれない。
「…………」
不思議だった。
少し前まで。
どうすれば勝てるのか。
そればかり考えていた。
もっと速く。
もっと強く。
もっと上手く。
どうすれば追いつける。
どうすれば勝てる。
それしか考えていなかった。
強ければ。
勝てれば。
それでいい。
そう思っていた。
「…………」
でも。
勝負をしてもらえなければ。
勝つこともできない。
負けることもできない。
悔しがることも。
次こそはと考えることも。
何もできない。
「…………」
咲子は立ち止まった。
拳を握る。
「勝てるのに……」
少し前なら。
それだけで嬉しかったかもしれない。
あの人より。
強くなれた。
それだけで。
「…………」
でも。
今は。
「……戦えない」
巨大な拳を見つめる。
強い。
誰よりも。
強いかもしれない。
ずっと欲しかったはずの力。
それなのに。
その拳を。
受けてくれる相手がいない。
「…………」
咲子は。
ゆっくりと拳を下ろした。
「これ……」
小さな声が漏れる。
「何のための強さなんだろう」
強くなりたかった。
その気持ちは。
今も変わっていない。
それなのに。
手に入れたはずの強さを。
どうして欲しかったのか。
今の咲子には。
分からなくなっていた。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




