第二話 そこにいたかった
第三章 ANOTHER
第二分岐
第二話 そこにいたかった
翌日。
咲子は、一人で拳を振っていた。
「…………」
人目のない場所。
ゆっくりと構える。
拳を握る。
昨日。
誰にも向けることのできなかった拳。
「……やっ!」
一歩踏み込む。
拳を放つ。
速い。
「…………」
自分でも、はっきり分かる。
人間だった頃とは。
まるで違う。
もう一度。
今度は蹴り。
身体が軽い。
脚が高く上がる。
それでも軸はぶれない。
着地。
そこから、さらに一歩。
「…………」
届く。
以前なら、もっと深く踏み込まなければ届かなかった距離へ。
今は。
簡単に届く。
力もある。
速さもある。
頑丈な身体もある。
昨日。
あの男子が組手を受けてくれていたら。
「…………」
たぶん。
勝てた。
いや。
きっと。
咲子には、もうそれが分かっていた。
「…………」
もう一度構える。
「やっ!」
突く。
引く。
また突く。
「…………」
何度繰り返しても。
返ってくる拳はない。
かわすべき攻撃も。
自分へ踏み込んでくる相手も。
いない。
ただ。
自分の拳だけが。
何もない空間を切っていく。
「…………」
咲子は、ゆっくりと構えを解いた。
強い。
本当に。
強くなった。
欲しかったものを。
確かに手に入れた。
なのに。
「……つまらない」
ぽつり。
その言葉が漏れた。
自分で言ってから。
咲子は少しだけ驚いた。
強くなりたかった。
ずっと。
それなのに。
強くなった今。
こんな言葉が出てくるなんて。
◇
それでも。
咲子は道場へ向かった。
「…………」
昨日壊した天井は。
まだ完全には直っていない。
入口の前で。
足が止まった。
「…………」
帰ろうかな。
一瞬だけ。
そんな考えが浮かぶ。
昨日。
あの男子に組手を断られた。
ほかのみんなにも。
誰一人。
自分の前には立ってくれなかった。
「…………」
でも。
ここは。
ずっと自分が通ってきた場所だ。
怪人になったからといって。
来てはいけない場所になったわけではない。
「……よし」
咲子は中へ入った。
「おはようございます」
「…………」
何人かが振り返る。
「あ……」
「咲子」
「おはよう」
「おはよう」
普通だった。
昨日のような騒ぎにはならない。
突然、天井をぶち抜いて現れたわけでもない。
みんな。
一瞬だけ咲子の姿を見るものの。
ちゃんと挨拶を返してくれる。
「昨日は……ごめんなさい」
咲子が天井を見上げた。
「また、その話?」
「でも」
「直すのは大人がやるから」
「…………」
「気にすんなって」
「うん……」
少しだけ。
胸が軽くなった。
普通に話してくれる。
怪人だからと。
追い出されるわけではない。
避けられているわけでもない。
「…………」
だったら。
もしかしたら。
昨日は。
突然だったから。
みんな驚いていただけなのかもしれない。
今日は。
少し慣れてくれたかもしれない。
「ねえ」
「ん?」
近くにいた男子へ。
咲子は声をかけた。
「組手」
「…………」
一瞬。
空気が変わった。
「お願いできる?」
「…………」
男子は困ったように笑った。
「悪い」
「…………」
「俺は、ちょっと」
「……そっか」
咲子も笑う。
「うん。分かった」
次。
「ねえ」
「ん?」
「少しだけ、組手しない?」
「俺?」
「うん」
「…………」
相手の視線が。
咲子の顔から。
巨大な拳へ落ちる。
「ごめん」
「…………」
「俺も無理」
「……うん」
また次。
「組手――」
「悪い!」
最後まで言う前に。
断られた。
「…………」
「あ、いや」
男子が慌てる。
「咲子が嫌とかじゃないぞ?」
「分かってる」
「ほんとに?」
「うん」
「…………」
咲子は笑った。
「大丈夫」
大丈夫。
そう言うのだけは。
昨日より少し。
上手くなっていた。
◇
「…………」
咲子は。
道場の端で一人、構えた。
突き。
蹴り。
受け。
型を繰り返す。
誰も邪魔はしない。
「やっ!」
拳を出す。
速い。
自分でも。
以前とは比べものにならないのが分かる。
「…………」
周囲から。
小さな声が聞こえてくる。
「やっぱり速いな……」
「あれ、人間じゃ無理だろ」
「…………」
褒められている。
たぶん。
少し前の自分なら。
嬉しかったはずだ。
『女の子なのに強い』
ではない。
ただ。
『強い』
そう言われている。
欲しかったはずの言葉。
「…………」
なのに。
どうして。
こんなにも。
嬉しくないのだろう。
咲子は。
もう一度構えた。
そのとき。
「お願いします」
「…………!」
反射的に。
振り返った。
一瞬。
自分へ向けられた声だと思った。
けれど。
違った。
道場の中央。
昨日。
自分との組手を断った男子が。
別の男子と向かい合っていた。
「…………」
二人が礼をする。
構える。
「始め!」
踏み込む。
拳。
受ける。
かわす。
蹴る。
一度離れる。
また踏み込む。
「…………」
咲子は。
いつの間にか。
自分の稽古を止めていた。
「……っ!」
一人の拳が。
もう一人の顔の手前で止まる。
「そこまで!」
二人が礼をした。
「もう一回やる?」
「やる」
「今度は取るからな」
「こっちの台詞だ」
笑っている。
「…………」
咲子は。
ただ。
見ていた。
◇
少し前まで。
そこにいた。
自分も。
あそこに。
「もう一回!」
「また?」
「まだ一本しか取られてないでしょ!」
「それ負けてるってことだろ!」
「次は勝つから!」
そんなやり取りを。
何度もしてきた。
勝ったり。
負けたり。
悔しがったり。
笑ったり。
次はどうするか考えたり。
ずっと。
そうやってきた。
相手の拳が届けば。
痛かった。
押し負ければ。
悔しかった。
自分の技が決まれば。
嬉しかった。
次は。
もっと上手く。
次は。
もっと速く。
次こそ。
勝つ。
その繰り返しが。
当たり前だった。
「…………」
今なら。
あの二人を。
簡単に倒せるかもしれない。
速さも。
力も。
何もかも違う。
誰よりも。
自分の方が強い。
「…………」
なのに。
あそこに。
自分の場所はなかった。
◇
「咲子」
「!」
声をかけられ。
咲子が振り返った。
昨日。
組手を断った男子だった。
「なに?」
「いや」
男子が咲子を見る。
「さっきから、ずっと見てたから」
「…………」
「やりたいんだろ」
「…………」
一瞬だけ。
期待した。
胸が。
勝手に弾んだ。
「じゃあ――」
「ごめん」
「…………」
その一言で。
続きを言えなくなった。
「俺」
男子は、申し訳なさそうに目を伏せる。
「まだ、無理だ」
「…………」
分かってる。
昨日も。
同じことを言われた。
頭では。
分かっている。
咲子だから嫌なのではない。
怪人になった自分が。
怖いだけ。
「……うん」
咲子は頷いた。
「分かってる」
「ごめん」
「だから」
咲子が少しだけ笑う。
「謝らないで」
「…………」
「無理なものは」
言葉が。
ほんの少しだけ。
喉に引っかかった。
「仕方ないから」
「…………」
仕方ない。
その言葉を。
自分で口にした。
「…………」
少し前まで。
あれほど。
嫌いだった言葉。
『女の子だから仕方ない』
ずっと。
反発してきた。
女だから。
そんな理由で。
自分がどこまで強くなれるのかを決めてほしくなかった。
「…………」
なのに。
今は。
『怪人だから仕方ない』
そうやって。
自分で自分へ言っている。
そんな気がした。
◇
稽古が終わる。
咲子は。
一人で道場を出た。
「…………」
少し歩いて。
振り返る。
開いた扉の向こう。
まだ。
何人か残っている。
「お願いします!」
「お願いします!」
また。
組手が始まった。
「…………」
咲子は。
道場の外から。
それを見ていた。
拳が飛ぶ。
受ける。
かわす。
追う。
失敗する。
笑う。
そして。
また。
向かい合う。
「…………」
強くなりたかった。
本当に。
ずっと。
強く。
もっと。
もっと。
誰にも。
『仕方ない』
なんて言わせないくらい。
「…………」
咲子は。
自分の巨大な拳を見る。
その願いは。
叶った。
今なら。
きっと。
あの中の誰よりも強い。
ずっと。
欲しかったはずの力が。
今。
ここにある。
なのに。
「……私」
視線を上げる。
道場の中。
みんながいる場所。
自分も。
少し前まで。
そこにいた。
「強くなりたかったけど……」
声が。
少しだけ震える。
「…………」
組手を続ける二人を見る。
勝つために考えて。
負ければ悔しがって。
また向かい合う。
そんな。
当たり前だった場所。
「私がいたかったの……」
咲子は。
小さく呟いた。
「そこだったのに……」
道場の中から。
また。
「始め!」
という声が聞こえた。
「…………」
咲子は。
その声を。
道場の外で。
一人。
聞いていた。
誰より強い身体で。
誰とも戦えないまま。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




