第一話 ごめん、無理だ
第三章 ANOTHER
第二分岐
第一話 ごめん、無理だ
道場の天井が。
轟音とともに、吹き飛んだ。
「うわっ!」
「な、なんだ!?」
破片が床へ落ちる。
道場にいた者たちは、一斉に頭上を見上げた。
そして。
誰も、声を出せなくなった。
「…………」
そこに。
ひとつの異形が立っていた。
蟻を思わせる顔。
そこから伸びる長い髪。
背中には、大きく広がった蝶の羽。
腕には蜂を思わせる異形の装甲があり、その拳は人間のものとは比べものにならないほど大きい。
「…………」
怪人。
そうとしか見えなかった。
道場にいた者たちが、反射的に後ずさる。
けれど。
その怪人は。
ゆっくりと道場の中へ降りた。
「…………」
姿勢を正す。
足を揃える。
そして。
深く、頭を下げた。
礼。
「……お願いします」
「…………」
その声に。
一人が目を見開いた。
「……咲子?」
「はい」
怪人が答える。
「私です」
「…………」
誰も。
すぐには信じられなかった。
けれど。
声も。
話し方も。
礼をする仕草も。
間違いなく。
咲子だった。
◇
咲子は、まっすぐ一人の男子を見た。
ずっと追いかけてきた相手。
中学生の頃までは。
勝ったり。
負けたり。
ほとんど互角だった。
けれど。
高校生になってから。
少しずつ。
届かなくなった。
力も。
体格も。
間合いも。
少しずつ。
差が広がっていった。
だから。
今日。
確かめたかった。
「もう一度」
咲子が言う。
「組手をしてください」
「…………」
男子は動かなかった。
「お願い」
「…………」
返事がない。
咲子は。
もう一度、頭を下げた。
「お願いします」
「…………」
長い沈黙。
男子は咲子を見る。
顔を見る。
巨大な腕を見る。
拳を見る。
背中の羽を見る。
そして。
壊れた天井を見る。
「…………」
拳を握る。
何かを言おうとして。
何度か口を開きかける。
やがて。
「…………ごめん」
「え?」
咲子が顔を上げた。
男子は目をそらした。
「無理だ」
「…………」
一瞬。
何を言われたのか。
分からなかった。
「……何が?」
「組手」
「…………」
「できない」
「どうして?」
「…………」
「ねえ」
咲子が一歩、近づいた。
その瞬間。
男子の身体が。
ほんのわずか。
後ろへ下がった。
「…………」
咲子の足が止まる。
見間違いではない。
避けられた。
「……どうして?」
もう一度、聞いた。
男子は。
しばらく黙ったあと。
ようやく答えた。
「怖いんだよ」
「…………」
咲子が。
固まった。
◇
「怖い……?」
「…………」
「私が?」
「咲子だってことは分かってる」
「だったら」
咲子は自分の胸へ手を当てた。
「私よ?」
「分かってる」
「私は私よ」
「分かってるって」
「だったら!」
声が少し大きくなる。
「組手するだけでしょう?」
「…………」
「空手の組手」
「…………」
「ちゃんとルールも守る」
「…………」
「危ない攻撃もしない」
巨大な拳を握る。
「絶対に当てない」
「…………」
「寸止めする」
男子は。
その拳を見た。
「だから」
咲子がもう一度言う。
「お願い」
「…………」
男子の拳が、ぎゅっと握られた。
「分かってるんだよ」
「…………」
「お前が、わざと俺を傷つけるような奴じゃないことも」
「…………」
「空手の組手をしたいだけなのも」
「だったら――」
「でも!」
男子の声が道場に響いた。
咲子が止まる。
「怖いんだよ!」
「…………」
男子は。
壊れた天井を見る。
「お前」
「…………」
「あそこから入ってきたんだぞ」
「…………」
咲子も、ゆっくりと頭上を見る。
自分が壊した天井。
「その身体で」
男子が続ける。
「その拳で」
「…………」
「俺の前に立たれて」
「…………」
「大丈夫だって分かってても」
男子は自分の拳を握った。
「身体が動かないんだよ」
「…………」
咲子は。
何も言えなかった。
怒ればいいのか。
悲しめばいいのか。
それすら。
分からなかった。
◇
「じゃあ」
咲子は周囲を見る。
「誰か」
「…………」
「誰か、お願いできませんか?」
誰も答えない。
「…………」
「組手」
一人を見る。
「お願いできない?」
「…………」
視線をそらされた。
別の一人を見る。
「あなたは?」
「…………悪い」
「…………」
「俺も……ちょっと」
さらに。
別の一人。
「…………」
首を横に振られる。
「…………」
誰も。
咲子を責めてはいない。
誰も。
怒ってはいない。
それどころか。
みんな。
申し訳なさそうな顔をしている。
だからこそ。
咲子は。
何を言えばいいのか分からなかった。
「…………」
少し前まで。
自分は負けていた。
あの男子に。
何度やっても。
少しずつ。
届かなくなっていった。
『仕方ないよ』
『相手は男なんだから』
『咲子は女の子なんだから』
「…………」
嫌だった。
悔しかった。
そんな言葉で。
自分の限界を決められるのが。
何よりも嫌だった。
だから。
もっと強くなりたかった。
男とか。
女とか。
そんなことを言わせないくらい。
強く。
そして。
今。
なった。
「…………」
強くなった。
間違いなく。
誰よりも。
少なくとも。
この道場にいる誰よりも。
ずっと。
強い身体になった。
なのに。
誰も。
戦ってくれない。
◇
「……分かりました」
咲子が言った。
「咲子」
「大丈夫」
「…………」
「無理にお願いすることじゃないから」
いつものように。
笑おうとした。
でも。
うまく笑えなかった。
「ごめんなさい」
「なんでお前が謝るんだよ」
「だって」
咲子は壊れた天井を見る。
「怖がらせたから」
「…………」
「天井も」
少しだけ。
声が小さくなる。
「壊しちゃったし」
「咲子」
「大丈夫だから」
「…………」
「本当に」
咲子は頭を下げた。
「失礼します」
そして。
道場を出ていった。
◇
外へ出る。
「…………」
歩く。
一歩。
また一歩。
誰も。
追ってこない。
「…………」
咲子は立ち止まった。
自分の拳を見る。
大きい。
強い。
少し力を入れるだけで。
今までとは比べものにならないほどの力が伝わってくる。
「…………」
これが。
欲しかった。
強さ。
ずっと。
欲しかったもの。
「…………」
あの人に勝てる。
きっと。
今なら。
簡単に。
以前のように。
届かないと悩むこともない。
押し負けることもない。
何度戦っても。
きっと。
「…………」
でも。
勝てない。
勝つどころか。
始めることすらできなかった。
「…………」
咲子は拳を握った。
「強くなったのに……」
誰にも聞こえない声が。
わずかに震えた。
「…………」
もう一度。
道場の方を見る。
あの向こうに。
ずっと。
自分が立っていた場所がある。
組手をして。
負けて。
悔しがって。
また挑んで。
勝ったら喜んで。
また次を目指して。
何度も。
何度も。
立ってきた場所。
「…………」
今の自分なら。
誰よりも強いかもしれない。
それなのに。
そこには。
立たせてもらえない。
咲子は。
巨大な拳を見つめた。
「戦っても……」
一度。
言葉が止まる。
「もらえないんだ……」
強くなったはずの拳が。
そのときだけは。
ひどく。
重く感じられた。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




