第五話 今度こそ、私の力で
第三章 ANOTHER
第五話 今度こそ、私の力で
「始め!」
二人が、同時に床を蹴った。
男子の拳が伸びる。
「……っ!」
咲子には見えていた。
どこを狙っているのか。
どれほどの速さなのか。
どう避ければいいのか。
全部。
半歩だけ身体をずらす。
拳が目の前を通り過ぎた。
男子は止まらない。
すぐに身体をひねり、蹴りへつなげる。
「…………」
それも見える。
咲子は腕で受けた。
本来なら重いはずの一撃。
人間だった頃なら、受けた腕に痺れが残ったはずだ。
けれど。
今の身体には、ほとんど響かない。
「くっ……!」
むしろ、蹴りを受け止められた男子の方が顔をしかめた。
「…………」
「どうした?」
「……なんでもない」
咲子は構え直す。
男子が再び踏み込んでくる。
一発。
二発。
三発。
受ける。
かわす。
外す。
どれも簡単だった。
「はあっ!」
男子がさらに深く踏み込んだ。
その瞬間。
咲子には分かった。
――今だ。
ここで入れば。
終わる。
一歩。
ただ一歩、踏み込む。
「……!」
男子の目が見開かれた。
咲子の巨大な拳が、まっすぐ伸びる。
そして。
男子の顔。
ほんのわずか手前で。
ぴたりと止まった。
「…………」
「…………」
道場が静まり返る。
「そこまで!」
声が響いた。
勝った。
また。
咲子が勝った。
◇
「…………」
咲子は、しばらく拳を下ろせなかった。
男子も、その拳をじっと見ている。
やがて。
ゆっくりと構えを解いた。
「やっぱり」
荒い息を整えながら、男子が言う。
「強いな」
「…………」
強い。
何度も言われた言葉だった。
最初は嬉しかった。
ずっと欲しかった言葉だった。
誰も。
『女の子だから』
とは言わない。
誰も。
『仕方ない』
とは言わない。
自分の方が強い。
圧倒的に。
なのに。
今は。
その言葉を聞いても、胸は動かなかった。
「ねえ」
「ん?」
咲子は男子を見た。
「それ」
「?」
「私に言ってる?」
「…………」
男子が黙る。
「私が強いって」
咲子は、自分の巨大な拳へ目を落とした。
「それとも」
握る。
「この身体が強いって言ってる?」
「咲子……」
男子は答えなかった。
答えられなかった。
でも。
もう。
咲子は答えを求めていなかった。
「…………そっか」
ゆっくり拳を下ろす。
「分かった」
「え?」
「ううん」
咲子は、小さく笑った。
「やっと分かったの」
今日も勝った。
圧倒的に。
相手の拳は届かなかった。
蹴りも効かなかった。
自分が一歩踏み込めば。
簡単に終わった。
たぶん。
何度やっても同じだ。
「…………」
それなのに。
嬉しくない。
楽しくもない。
最初の頃は。
今までできなかったことが、何でもできるのが楽しかった。
届かなかった場所へ届く。
受け止められなかった攻撃を受け止められる。
追いつけなかった相手へ、簡単に追いつける。
その一つ一つが嬉しかった。
でも。
それすらもう。
ほとんど残っていなかった。
「私ね」
「うん」
「ずっと、あなたに勝ちたかった」
「知ってる」
「中学生の頃は」
咲子が少し笑う。
「勝ったり、負けたりだったのにね」
「そうだったな」
「いつの間にか」
少しずつ。
届かなくなった。
腕の長さが違った。
拳の重さが違った。
身体の大きさが違った。
何度練習しても。
少しずつ、差が広がっていくように感じた。
「すごく悔しかった」
「…………」
「女の子だからって言われるのも、嫌だった」
「…………」
「だから」
咲子は自分の身体を見る。
「こんなに強くなれたとき」
手放したくなかった。
やっと。
欲しかったものを手に入れたと思った。
「でも」
男子を見る。
「違ったみたい」
「…………」
咲子は巨大な拳を握った。
「私が欲しかったの」
一度。
力を込める。
「勝てる身体じゃなかった」
そして。
ゆっくり開いた。
「私が」
息を吸う。
「強くなりたかったんだ」
◇
男子は、しばらく黙っていた。
「……戻るのか?」
「うん」
今度は迷わなかった。
「怖くないのか?」
「怖いよ」
咲子は即答した。
「この力、なくなるんでしょう?」
「たぶんな」
「また負けると思う」
「…………」
「たぶん」
少し笑う。
「しばらくは、あなたに全然勝てない」
「しばらく?」
「なによ」
「いや」
男子も笑った。
「もう勝つつもりなんだなと思って」
「当然でしょう?」
「相変わらずだな」
「悪い?」
「いや」
男子は首を振る。
「その方が、咲子らしい」
「…………」
咲子も笑った。
そうだ。
これでいい。
負けるのは嫌だ。
悔しい。
勝ちたい。
追いつきたい。
その気持ちは、何一つなくなっていない。
「じゃあ」
道場を出る前に。
咲子はもう一度、男子を振り返った。
「待ってて」
「何を?」
「私が追いつくまで」
「…………」
「今度は」
胸元へ拳を当てる。
「私の力で」
男子が少し笑った。
「分かった」
「絶対だから」
「はいはい」
「なに、その返事!」
「待ってるって」
「…………」
「でも」
男子が構える真似をする。
「俺も強くなるからな」
「……!」
「追いつくなら、早くしろよ」
咲子は一瞬驚いて。
すぐに笑った。
「望むところよ」
◇
道場を出たあと。
咲子は則人を探した。
「キッド君!」
「あ!」
則人が振り返る。
「おねえちゃん!」
咲子が駆け寄る。
「どうしたの?」
「…………」
目の前まで来て。
少しだけ息を整える。
「お願いがあるの」
「なに?」
「私」
咲子は自分の身体を見た。
蟻を思わせる顔。
蜂の力を宿した腕。
蝶の羽。
何日も。
自分を圧倒的に強くしてくれた身体。
最初は嫌だった。
怖かった。
それなのに。
手放したくないと、本気で思った。
そんな身体。
「戻りたい」
「…………」
則人が咲子を見上げた。
「ほんと?」
「うん」
「もういいの?」
「…………」
咲子は少しだけ考える。
「惜しい」
「え?」
則人が目を丸くした。
「正直に言うと」
自分の拳を見る。
「すごく惜しい」
「…………」
「こんなに強いんだもの」
できなかったことが、何でもできた。
届かなかったところにも届いた。
何度戦っても負けなかった。
「だから」
咲子は笑った。
「手放したくないって思ってた」
「うん」
「でもね」
巨大な拳を、ゆっくり握る。
「勝てる身体が欲しいんじゃないの」
「…………」
「私が強くなりたい」
則人は黙って咲子を見ている。
「自分で練習して」
「自分で上手くなって」
「負けて」
「悔しくて」
「また練習して」
そして。
「いつか」
咲子は笑った。
「私の力で勝ちたい」
「…………」
則人の顔が、ぱっと明るくなる。
「わかった!」
◇
「じゃあ」
則人が一歩前へ出た。
「いくよ!」
「うん」
「配信開始!」
そして。
「ちょっと待ってね」
「…………」
咲子は思わず遠い目をした。
思い出したのだ。
最初に見た。
あの。
とても、とても長いお着替えを。
「…………」
また、あれを待つの?
そう思った。
そのとき。
「コーン!」
近くにいた狐が、一声鳴いた。
「え?」
咲子が狐を見る。
そして。
もう一度。
則人へ目を戻す。
「おまたせ〜!」
「…………」
そこには。
すでに着ぐるみ姿になった則人が立っていた。
「…………え?」
「どうしたの?」
「ちょっと待って」
「うん?」
「今……着替えた?」
「うん!」
「…………」
狐を見る。
則人を見る。
もう一度、狐を見る。
「一瞬だったんだけど……」
「?」
「…………」
咲子は額を押さえた。
「妖怪って、本当に何なのよ……」
◇
「ほう」
聞き覚えのある声。
咲子が振り返った。
「ぬらりひょんさん」
「決まったようじゃの」
「…………」
咲子は頷いた。
「はい」
前とは違う。
あのときは。
戻りたかった。
でも。
力を失うのも惜しかった。
どちらも本当だった。
今だって。
惜しくないわけではない。
それでも。
「お願いします」
迷いはなかった。
すると。
何かが飛んでくる。
「わっ!」
則人が受け取った。
ピコピコハンマー。
咲子には。
それを投げた天狗の姿も見えている。
「…………」
本当に。
妖怪だらけだ。
けれど。
もう驚かなかった。
則人がピコピコハンマーを構える。
「おねえちゃん」
「うん」
「ほんとうにいい?」
「…………」
咲子は自分の巨大な拳を見る。
最後に。
一度だけ。
強く握った。
この身体を嫌った。
怖がった。
でも。
好きになったところもあった。
この力が嬉しかった。
手放したくなかった。
何日も、この身体で戦った。
「…………」
全部。
本当の気持ちだ。
だから。
なかったことにはしない。
否定もしない。
「うん」
咲子は拳を開いた。
「お願い」
則人がピコピコハンマーを振り上げる。
「えいっ!」
ぽこん。
「…………」
なんとも間の抜けた音が響いた。
「…………え?」
咲子が目を丸くする。
「こんな音なの!?」
次の瞬間。
咲子を包んでいた怪人の身体が剥がれていく。
「……!」
大きな腕が。
強い身体が。
蝶の羽が。
咲子から離れていく。
そして。
そこに残ったのは。
人間の咲子だった。
◇
「…………」
咲子は自分の手を見る。
小さい。
怪人だった頃とは比べものにならないほど。
普通の手。
握ってみる。
「…………」
軽い。
さっきまであった。
あの圧倒的な力は。
もうない。
今。
あの男子と組手をすれば。
たぶん負ける。
きっと。
簡単には勝てない。
「…………」
それでも。
咲子の口元が。
少しずつ緩んでいった。
「やっぱり」
「?」
則人が首を傾げる。
咲子は、自分の拳を見ながら言った。
「こっちがいい」
「うん!」
そのとき。
咲子から離れた怪人の姿が。
ふわりと空へ上がり始めた。
「あ……!」
咲子が見上げる。
「キッド君」
「なに?」
「あれ、どこに行くの?」
則人も一緒に空を見上げる。
「…………」
「知らない」
「知らないの!?」
「うん!」
「そこも知らないの!?」
咲子は思わず笑ってしまった。
◇
その後。
咲子は、もう一度道場へ向かった。
扉を開ける。
「…………」
中にいた全員の視線が集まった。
「咲子……?」
「戻ったのか?」
「うん」
咲子は自分の手を上げて見せた。
「戻った」
そして。
あの男子を見る。
「…………」
男子が近づいてくる。
「本当に戻ったんだな」
「うん」
「もったいなくなかった?」
「…………」
咲子は少し考えた。
「もったいなかった」
「そこは否定しないんだな」
「だって、本当に強かったもの」
「そうだな」
「でも」
咲子は男子の前に立つ。
「もう一回、お願いしていい?」
「今から?」
「違うわよ!」
咲子が笑った。
「今じゃない」
「じゃあ、いつ?」
「…………」
拳を握る。
怪人だった頃とは比べものにならない。
小さな拳。
でも。
これは。
これから自分で強くしていける拳だ。
「私が」
その拳を見つめる。
「強くなったら」
「どれくらい?」
「あなたに勝てるくらい」
「それなら、もう勝ってただろ」
「…………」
咲子は男子を見る。
「違う」
「…………」
「あれは」
少しだけ間を置く。
「勝てる身体だったから」
そして。
笑った。
「今度は」
拳を構える。
「私が強くなって勝つ」
「…………」
男子も笑った。
「じゃあ、しばらくかかるな」
「言ったわね?」
「言った」
「絶対追いつくから」
「待ってるよ」
「それから」
「まだあるのか?」
「追いつくだけじゃない」
「…………」
「勝つから」
「はいはい」
「本気だからね!」
「分かってるって」
二人の声が。
道場に響く。
「…………」
咲子は、もう一度自分の拳を見る。
弱い。
少なくとも。
今は。
怪人だった自分より、ずっと弱い。
でも。
それでいい。
負けたら。
悔しがればいい。
届かなければ。
届く方法を考えればいい。
また負けたら。
また練習すればいい。
相手だって。
自分を待ちながら止まっているわけではない。
強くなっていく。
だから。
自分も。
それ以上に。
何度でも。
何度でも。
自分で強くなればいい。
「…………よし」
咲子は。
小さな拳を強く握った。
今度こそ。
この拳で。
勝つために。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




