「欲しい。でも、取らない」
着ぐるみモンスター
Another Story
「もし、則人が最初に『欲しがっちゃダメ!』と言ってしまったら」
第5話「欲しい。でも、取らない」
内田紀人 作
※この物語は、本編とは異なる世界線の物語です。
「今日は、ここまで」
モズキャッチャーは、もう何度目か分からないその言葉を口にした。
「うん!」
則人が頷く。
欲しいものを見つけても、すぐには手を伸ばさない。
誰のものなのか。
取っていいものなのか。
そして。
どこでやめるのか。
最初は、則人に言われなければ止まることすらできなかった。
それが今では。
ほんの少しだけ。
自分で考えるようになっていた。
◇
「…………」
歩いていたモズキャッチャーが、突然足を止めた。
「どうしたの?」
則人も止まる。
返事はない。
モズキャッチャーは、道の向こうを見ていた。
そこを、親子が歩いている。
子どもの腕には、一体のぬいぐるみ。
「…………っ」
モズキャッチャーの目が大きくなった。
「欲しい」
「え?」
則人もぬいぐるみを見る。
「あ……」
見覚えがあった。
いや。
何度も見てきた。
モズキャッチャーが、ずっと欲しがっていたものと同じぬいぐるみだった。
「欲しい」
もう一度。
今度は、はっきりと言う。
クレーンアームが。
ぴくりと持ち上がった。
◇
「モズキャッチャー」
則人が呼ぶ。
「分かってる」
目は、ぬいぐるみから離れない。
「あれ、ずっと欲しかったやつだ」
「うん」
「すごく欲しい」
「うん」
一歩。
モズキャッチャーが前へ出る。
則人は止めなかった。
「…………」
もう一歩。
クレーンアームが上がる。
子どもは、大事そうにぬいぐるみを抱えている。
「…………」
アームが、ゆっくりと伸び始めた。
則人が見上げる。
「ねえ」
「何だよ」
「あれ、誰の?」
「…………」
アームが止まった。
「誰のって……」
モズキャッチャーはぬいぐるみを見る。
そして。
それを抱えている子どもを見る。
「……あの子の」
「うん」
「…………」
「欲しい?」
「欲しい」
「じゃあ、どうする?」
「…………」
則人は、それ以上何も言わなかった。
◇
少し離れた場所では。
ぬらりひょんと天女が、二人を見守っていた。
もちろん。
モズキャッチャーは、二人の存在には気づいていない。
その姿も。
その声も。
ほとんど感じ取ることができない。
天女が小さく尋ねた。
「今回は、則人さんが止めないのですね」
「うむ」
ぬらりひょんが頷く。
「ここで止めてしまえば、あやつはまた『則人に止められた』だけになる」
「では……」
「自分で決めるしかあるまい」
天女はモズキャッチャーを見る。
大きなアームは。
まだ宙に浮いたままだった。
◇
欲しい。
ずっと欲しかった。
目の前にある。
しかも。
手を伸ばせば届く。
このクレーンアームなら、簡単に取れる。
「…………」
アームが、ほんの少し動いた。
その時。
子どもが、ぬいぐるみを抱き直した。
ぎゅっ。
「…………」
アームが止まる。
「欲しい……」
「うん」
則人が答える。
「俺だって欲しい」
「うん」
「ずっと欲しかった」
「うん」
「なのに……」
モズキャッチャーは子どもを見る。
「もう、あの子のなんだよな」
「うん」
則人は、それだけ答えた。
「…………」
モズキャッチャーが顔をしかめる。
「欲しいんだけどな」
「うん」
「すっげえ欲しい」
「うん」
「……でも」
クレーンアームが。
ゆっくりと下がり始めた。
「…………」
途中で、一度止まる。
まだ取れる。
まだ間に合う。
けれど。
アームは再び動き出した。
下へ。
下へ。
そして。
完全に下がった。
モズキャッチャーが、大きく息を吐く。
「……取らない」
則人の顔が明るくなる。
けれど今回は、大声を出さなかった。
ただ、笑って聞いた。
「なんで?」
「…………」
モズキャッチャーは少し考えた。
そして。
子どもの腕に抱かれたぬいぐるみを見る。
「俺のじゃないから」
「うん」
「欲しくても」
「うん」
「取っていいわけじゃない」
則人が、今度こそ大きく笑った。
「うん!」
◇
親子は、そのまま歩いていく。
ぬいぐるみも一緒に遠ざかっていく。
モズキャッチャーは、しばらくその背中を見ていた。
「…………」
則人が聞く。
「まだ欲しい?」
「欲しい」
「追いかけたい?」
「ちょっと」
「取る?」
「取らない」
今度は、迷わなかった。
「今日は?」
モズキャッチャーが苦笑する。
「ここまで」
「うん!」
「お前、それ好きだな」
「だって便利だもん!」
「もう俺の言葉みたいになってるけどな」
「いいじゃん!」
「まあな」
モズキャッチャーが、少し笑った。
◇
「なあ」
モズキャッチャーが言った。
「なに?」
「最初にさ」
「うん」
「お前、俺に言ったよな」
則人の顔が、少しだけ嫌そうになる。
「……何を?」
「『欲しがっちゃダメ』って」
「…………」
「言ったよな?」
「言った」
則人は、気まずそうに答えた。
「間違ってた?」
「…………」
則人は考える。
最初は。
欲しいと思うことそのものが悪いと思った。
欲しがらなければ。
取ろうともしない。
そうすれば、全部解決する。
でも。
自分だって欲しいものはある。
KIDのおもちゃ。
お菓子。
天女から借りた羽衣だって。
もっと使っていたかった。
「…………」
則人が頷く。
「うん」
「やっぱり?」
「たぶん、間違ってた」
「たぶん?」
「だって!」
則人が少しむきになる。
「欲しいって思うの、止められないもん!」
「そうだな」
「でも」
則人は、さっき遠ざかっていった親子を見る。
「欲しいからって、取るかどうかは別」
「…………」
「人のものなら取らない」
「うん」
「借りたものなら返す」
「うん」
「手に入らない時は、諦める」
「うん」
「それで――」
則人が笑う。
「自分で『今日はここまで』って決める!」
「…………」
モズキャッチャーも、少しだけ笑った。
「それなら」
「うん?」
「俺にもできるかもな」
◇
その時だった。
ひゅん。
何かが空から飛んできた。
「え?」
則人が見上げる。
モズキャッチャーも、遅れて顔を上げた。
「何だ?」
空から。
ピコピコハンマーが落ちてくる。
「ピコピコハンマー!」
「なんで!?」
「分かんない!」
則人には。
その先にいる存在が見えていた。
けれど。
モズキャッチャーには何も見えない。
ただ突然、空からハンマーが飛んできたようにしか見えなかった。
「ちょっ――」
ぽこん!
ピコピコハンマーが、モズキャッチャーの頭に当たった。
「…………」
「…………」
モズキャッチャーが頭を触る。
「痛くない」
「ピコピコだからね!」
「そういう問題か?」
その直後。
身体が、淡い光に包まれた。
◇
大きな翼が消えていく。
胸の筐体も。
クレーンアームも。
少しずつ。
形を失っていく。
「…………え?」
モズキャッチャーだった男が、自分の身体を見る。
そして。
光が消えた時。
そこに立っていたのは。
一人の青年だった。
「…………」
普通の手。
普通の身体。
翼も。
クレーンアームもない。
「俺……」
何度も自分の手を見る。
「戻った……?」
「戻った!」
則人が声を上げた。
青年は、しばらく自分の身体を確かめていた。
そして。
ふと。
さっき親子が歩いていった方向を見る。
もう、ぬいぐるみは見えない。
「…………」
それでも。
欲しい。
その気持ちは、まだ残っている。
則人が聞く。
「まだ欲しい?」
青年は少しだけ笑った。
「欲しいよ」
「そっか」
「でも」
自分の手を見る。
もう。
欲しいものを無理やりつかみ取るためのアームではない。
「今日は、ここまで」
「うん!」
則人が嬉しそうに笑った。
◇
「それにしても」
青年が首を傾げる。
「さっきのハンマー、何だったんだ?」
「天狗が投げたんだよ!」
「…………天狗?」
「うん!」
青年が辺りを見る。
「どこに?」
「あそこ!」
則人が指をさす。
「…………」
青年は、何もない場所をじっと見る。
「誰もいないけど」
「いるよ!」
「…………」
「天狗!」
「…………」
青年が則人を見る。
「お前、さっきから誰と話してるんだ?」
「え?」
今度は則人が、不思議そうな顔をした。
少し離れたところで。
ぬらりひょんが額を押さえる。
「やはり見えんか」
天女が小さく笑った。
「本当に、こういうものへの勘が弱い方なのですね」
もちろん。
その会話も。
青年には届いていなかった。
◇
「まあ、いいや」
青年が言った。
「いいの?」
「見えないものは仕方ないだろ」
「天狗いるのに」
「だから見えないんだって」
「そっか」
「それより」
青年が則人を見る。
「ありがとな」
「何が?」
「…………」
少し考えて。
青年は笑った。
「最初は間違ったこと言ってたけど」
「またそれ言う!」
「でも」
青年が続ける。
「一緒に考えてくれただろ」
「…………」
「だから、ありがとな」
則人も笑った。
「うん!」
青年が歩き出す。
数歩進んで。
一度、振り返る。
「じゃあな」
「うん! またね!」
「あと」
「なに?」
青年が笑う。
「次からは、いきなり『欲しがっちゃダメ』って言うなよ」
「分かってるよ!」
「ほんとか?」
「ほんと!」
「じゃあな」
青年は笑いながら歩いていった。
◇
欲しい気持ちは。
消えなかった。
消す必要もなかった。
欲しいと思うことと。
それを手に入れることは。
同じではない。
誰のものなのか。
取っていいものなのか。
そして。
どこでやめるのか。
その間に。
ほんの少しだけ。
考える時間を作る。
最初から、うまくできたわけではない。
何度も迷った。
何度も、手を伸ばしかけた。
それでも最後は。
誰かに止められたのではなく。
自分で。
アームを下ろすことができた。
則人もまた。
最初に自分が言った言葉が。
少し違っていたことを知った。
欲しがっちゃダメ。
そうじゃない。
欲しいと思ってもいい。
大切なのは。
その次に。
自分が何を選ぶのか。
そして。
どこで。
「ここまで」と決めるのか。
それを。
二人は少しだけ知った。
もし。
あの時。
則人が最初に、
「欲しがっちゃダメ!」
と言ってしまったら。
少し遠回りをして。
少し違う答えにたどり着く。
そんな物語になっていたのかもしれない。
――Another Story 完
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




