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着ぐるみモンスター Another  作者: 内田紀人
セミスピーカー編 3

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15/21

第5話「誰か、聞いてよ」

着ぐるみモンスター


Another Story


「もし、あの時そこに則人がいなかったら」


第5話「誰か、聞いてよ」


内田紀人 作


※この物語は、本編とは異なる世界線の物語です。


朝になった。


空は明るい。


街も、昨日と同じように動き始めている。


けれど。


さとるだけは。


まだ。


セミスピーカの姿のままだった。


大きな頭。


セミのような身体。


背中の羽。


そして。


腹についた、大きなスピーカー。


「…………」


昨日とは。


少しだけ違うことがある。


スピーカーの音量。


それだけは。


前よりずっと小さくなっていた。



さとるは。


ゆっくりと街を歩いていた。


少し先に。


一人の人が見える。


「…………」


昨日までなら。


すぐに声を出していた。


『ねえ!』


『聞いて!』


そして。


気づいてもらえなければ。


もっと大きく。


でも。


今日は違った。


さとるは。


その場で立ち止まった。


「……ねえ」


小さな声。


相手は。


気づかない。


そのまま。


歩いていく。


「…………」


さとるの手が。


腹のスピーカーへ伸びた。


少しだけ。


音量を上げれば。


きっと。


聞こえる。


「…………」


指先が。


つまみに触れる。


けれど。


動かさなかった。


昨日。


何度も。


何度も。


同じことをした。


聞こえなければ。


大きくした。


それでもダメなら。


もっと大きくした。


そのたびに。


みんな。


遠くへ行った。


「…………」


さとるは。


スピーカーから手を離した。


目の前の人は。


そのまま角を曲がり。


見えなくなった。


「…………」


もう一度。


声をかけることは。


できなかった。



昼。


さとるは。


誰もいない公園のベンチに座っていた。


以前なら。


人がいない場所なんて。


嫌だった。


誰かに話したかったから。


誰かに聞いてほしかったから。


でも今は。


「…………」


静かな場所の方が。


少しだけ。


安心した。


誰かを苦しませることがない。


誰かに逃げられることもない。


その代わり。


誰にも。


話せない。


「…………」


さとるは。


自分の手を見る。


ずっと。


考えていた。


どうして。


こうなったんだろう。


自分は。


ただ。


話を聞いてほしかった。


それだけだったはずなのに。


「ぼく……」


ぽつり。


小さな声。


「誰かの話」


そこで。


一度。


言葉が止まる。


「ちゃんと聞いてたのかな」


風が吹く。


返事はない。


でも。


昨日から。


ずっと頭に残っている。


お母さん。


自分に向かって。


一生懸命。


何かを叫んでいた。


なのに。


聞こえなかった。


自分の声が。


大きすぎたから。


「…………」


兄弟たちだって。


いつも。


自分と同じように。


何かを話していた。


今日あったこと。


学校のこと。


遊んだこと。


嫌だったこと。


嬉しかったこと。


それなのに。


自分は。


どれくらい。


聞いていたんだろう。


「…………」


自分の話をしたくて。


途中で口を挟んだこと。


何度もあった。


誰かが話しているのに。


「それよりさ」


と。


自分の話へ変えたことも。


たぶん。


あった。


「…………」


さとるは。


俯いた。


「ぼく」


膝の上で。


手を握る。


「自分のことばっかりだったのかな……」


その言葉は。


昨日までなら。


きっと。


出てこなかった。



しばらくして。


さとるは。


ベンチから立ち上がった。


「…………」


誰かと。


話したい。


その気持ちは。


なくなっていない。


むしろ。


昨日より強かった。


話したい。


でも。


今度は。


ただ。


自分の声を届けるだけじゃなく。


相手の声も。


ちゃんと聞きたい。


「…………」


できるかどうかは。


分からない。


怖い。


また逃げられるかもしれない。


「うるさい」と言われるかもしれない。


怪人だと怖がられるかもしれない。


それでも。


ずっと。


一人でいるのは。


もっと嫌だった。


さとるは。


ゆっくりと。


人のいる方へ歩き始めた。



道の向こうに。


一人。


歩いている人が見えた。


「…………」


さとるの足が止まる。


胸が。


どきどきする。


逃げられるかもしれない。


でも。


話してみたい。


「…………」


ゆっくり。


息を吸う。


スピーカーの音量は。


上げない。


そして。


今までで。


一番小さな声を出した。


「……あの」


遠い。


相手には。


聞こえていない。


そのまま歩いている。


「…………」


さとるは。


もう一度。


今度は。


ほんの少しだけ。


声を出した。


「ぼく……」


声が震える。


「話したいことがあるんだ」


けれど。


その声も。


相手には届かなかった。


人影は。


少しずつ。


遠ざかっていく。


「…………」


さとるは。


追いかけなかった。


声も。


大きくしなかった。


ただ。


その背中を見送った。


やがて。


人影は。


見えなくなった。


また。


一人になった。



「…………」


静かな道。


さとるは。


そこに立っていた。


昨日なら。


ここで。


音量を上げていた。


聞こえないなら。


もっと大きく。


それしか。


知らなかった。


でも。


今は。


しなかった。


「…………」


聞いてほしい。


その気持ちは。


何も変わらない。


でも。


相手にも。


相手の時間がある。


相手の声がある。


そして。


聞くかどうかを。


自分が無理やり決めることはできない。


「…………」


それが。


少しだけ。


分かり始めていた。


だから。


今度は。


大声で追いかけなかった。


それでも。


寂しかった。


「……誰か」


小さな声。


「聞いてよ」


静かな声だった。


昨日までの。


街を震わせるような声ではない。


誰かを。


苦しませるための声でもない。


ただ。


一人の子どもが。


誰かに聞いてほしくて。


そっと出した声だった。


「…………」


返事はない。


セミスピーカの身体も。


消えない。


人間の姿にも。


戻らない。


でも。


さとるは。


もう。


音量を上げなかった。


声を大きくすることと。


話を聞いてもらうことは。


同じじゃない。


そのことを。


ようやく知ったから。


そして。


もう一つ。


自分が話したいのと同じように。


誰かにも。


話したいことがある。


そのことにも。


少しだけ。


気づき始めていた。


「…………」


さとるは。


静かな道を。


また歩き始めた。


まだ。


どうすればいいのかは分からない。


どうすれば。


誰かと話せるのか。


どうすれば。


自分も相手も。


ちゃんと声を届け合えるのか。


答えは。


まだ見つかっていない。


それでも。


昨日とは。


少しだけ違う。


今度。


誰かが話してくれたら。


その時は。


ちゃんと。


聞いてみよう。


そんなことを。


思えるようになっていた。


「……誰か、聞いてよ」


もう一度だけ。


小さな声。


その声は。


とても静かに。


朝の街へ溶けていった。


――Another Story 完

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