96話:地下の水脈
夜、ルシェンは机に向かっていた。
シャヘルの地下水路の地図を集めていた。
一枚目。ドワーフ建築の古い設計図。三百年前、シャヘルが交易都市として整備された時期、地下水路はドワーフの建築家が設計した。原本は失われていたが、写しがシャヘルの古い書庫に残っていた。
二枚目。エルフの修繕記録。二百年前、シャヘルがエルフの管理下に入った時期、水路の修繕がエルフによって行われた。修繕の範囲と、新しく加えられた支流が記録に残っていた。
三枚目。ヒューマンの井戸の図。シャヘルの住民が各家庭で井戸を掘ったとき、どの井戸がどの地下水脈に繋がっているか——これは口承で伝わっていた。ファトマが市民組織を通じてまとめた。
三枚を重ねた。
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三種族の知識が重なった。
ドワーフが設計した本流。エルフが拡張した支流。ヒューマンが繋いだ井戸。それらが一枚の図の上で初めて繋がった。
地下水路はシャヘルの全域に張り巡らされていた。深さは地下三段から五段。幅は場所によって違うが人間が通れる場所が多くあった。
水路の一部は街の外まで延びていた。古い設計の頃には外の水源から水を引いていた経路だった。今は使われていない。塞がれた箇所もある。
しかし、塞がれた箇所を開削すれば——
ルシェンは図に印を入れた。
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既存の地下水路を拡張し、包囲線の下を通って、外と繋ぐ。
この計画が機能すれば、物資の搬入路ができる。
外から食料、薬、燃料を運び込める。シャヘルの市民の生活が最低限維持できる。包囲が長期化しても市民支援の閾値を超えずに済む。
ルシェンの計算では最も短い経路で包囲線の下を通るのに約三百五十メートル。一日に進める距離は三メートルから五メートル。
六か月。
ぎりぎり間に合うかどうかだった。
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翌朝、ファトマのところに計画を持っていった。
「市民の協力が要ります」とルシェンは言った。
ファトマが図を見た。図の意味をしばらくで理解した。
「集める」とファトマは言った。「いつ始める」
「明日、できれば」
「わかった。今夜のうちに声をかける」
ファトマはすでに寝台から起き上がっていた。脇腹の傷は完全には治っていなかったが、長く動ける時間が増えていた。
「人数はどのくらい必要だ」
「最初は二百人。最終的には五百人」
「集める」とファトマはもう一度言った。
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翌日、午後。
地下の集会所にファトマが集めた人々が立っていた。最初の数をルシェンが数えた。二百三十人だった。ファトマは要請より三十人多く集めた。
集まった人々の構成をルシェンは見た。
坑夫が四十人。元ドワーフ独立軍の脱走兵を含む。シャヘルに逃れてきた元の山岳の住民。
技術者が二十人。エルフの石工、ヒューマンの大工、ドワーフ系の冶金技術者。
若者が百人。十代後半から二十代の男女。
年配の市民が七十人。経験ある手仕事の職人、組織化に慣れた商人。
種族は混じっていた。エルフ、ドワーフ、ヒューマン、オーク。それぞれにある程度の人数がいた。
ルシェンは皆の前に立った。
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「ご協力、ありがとうございます」とルシェンは始めた。
「これから、地下水路を拡張します。目的は外との物資搬入路を確保することです」
「期間は約六か月を見込んでいます。作業は深夜と早朝が中心。砲撃を避けるためです」
「危険があります」とルシェンは続けた。「敵に発見されれば、攻撃を受けます。地下の崩落の危険もあります。死者が出る可能性があります」
「希望される方だけ参加してください。希望しない方は今退出してください。責めません」
誰も退出しなかった。二百三十人がその場に残った。
ルシェンは頷いた。
「では、計画を説明します」
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着工はその日の夜だった。
地下水路の最も街の外側に近い既存の区画から開始した。塞がれていた箇所を坑夫が慎重に開けた。土を運び出した。新しい支流を掘り始めた。
最初の一日、進んだ距離は二メートルだった。
ルシェンは現場に降りた。
地下は暗かった。ランタンの油の匂い、湿った土の匂い、汗の匂い。坑夫たちが規則的な音で土を掘っていた。
ルシェンは坑夫の一人に聞いた。
「進度はどうですか」
「土の質は悪くない」と坑夫は答えた。「ドワーフの設計の通りだ。だが、所々、エルフが修繕した跡が固い。そこで、時間がかかる」
「予定通り進められますか」
「予定通り進めたい。だが、保証はできない」
ルシェンは頷いた。
***
着工二日目。
ファトマが地下の入口まで来ていた。
「進んでいるか」とファトマが聞いた。
「進んでいます。今日も二メートル」
「予定では」
「一日三メートルから五メートル」
「足りないな」
「足りません。だが、土の質に慣れれば、上がります」
ファトマは頷いた。
「私の組織で坑夫の食事を特別に組む」と言った。「彼らの体力が計画の鍵だ」
「ありがたい」
「礼じゃない。これは街の仕事だ」
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一週間が経った。
進んだ距離の合計は二十五メートル。一日平均、三・五メートル。計算上の予定にほぼ合っていた。
しかし、ルシェンはまだ安心できなかった。これから、地下水脈の難所があった。エルフの修繕で固められた区画、ドワーフの設計の中で最も深い部分、それから、街の外側に出てからの未知の土質。
ルシェンは毎晩進度の数字を手帳に書いた。
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ある夜、地下から戻ってきたとき、ベシムがルシェンの部屋にいた。
「お前、地下に詰めすぎだ」とベシムが言った。
「進度を見なければならない」
「お前が見なければ、ならないのか」
「俺の判断が必要な場面があります」
「お前が地下にいる間、地上のことは誰が見る」
ルシェンは少し止まった。
「ベシム、お前が言いたいのは」
「お前が全部見ようとしていることだ」とベシムは言った。「全部見れば、お前は壊れる」
「わかっている」
「わかっているなら、誰かに任せろ」
ルシェンは何も言わなかった。
「地下のことはゴルダンに任せろ。あいつは元ドワーフ独立軍だ。坑夫の扱いも慣れている。お前は地上のことを見ろ」
ルシェンはしばらく考えてから、頷いた。
「わかった」
「お前が頷いただけで進歩だ」とベシムは言った。
***
翌日、ルシェンはゴルダンに地下の現場の指揮を引き継いだ。
「やる」とゴルダンは短く言った。「お前の計算通り進める」
「お願いします」
「お前は地上を頼む」
ゴルダンが地下に降りていった。ルシェンは地上に残った。
***
夜、自室に戻った。
手帳を開いた。その日の進度を書いた。三メートル。
その下に書いた。
「ゴルダンに現場を引き継いだ。俺は地上を見る。ベシムの言う通りだ。全部見れば、壊れる」
その下にもう一行書いた。
「六か月。間に合うか、わからない。だが、始めた。始めなければ、ゼロのままだ」
手帳を閉じた。
***
窓の外で夜が深まっていた。
街は暗かった。砲撃の音が遠くから来ていた。一定のリズムで何かが落ちる音。地面がわずかに揺れる音。
その音を聞きながら、ルシェンは地下のことを考えていた。
地下では今坑夫たちが土を掘っている。
地下から外への道がゆっくりと伸びている。




