94話:民族浄化
報告が、次々と入ってきた。
最初の報告は、包囲開始から一週間後だった。
シャヘル北の村、ザレシュカ。エルフ軍が通過した翌日、村のヒューマンが、追放されていた。武装勢力ではなかった。普通の農民だった。家族全員、家を出され、隣村へ歩かされた。財産は持ち出せなかった。
報告者は、ザレシュカから逃げてきたヒューマンの一人だった。
ルシェンは、地図に印を入れた。
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次の報告は、二日後だった。
シャヘル東の町、ヴォルシュ。ドワーフ軍の管轄ではない。しかし、町の中のドワーフ系住民の自警団が、オーク系の住民を襲撃した。八人が殺された。残りは、町を出ていった。
報告者は、ヴォルシュから逃げてきたオークの少年だった。
ルシェンは、地図に印を入れた。
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次の報告は、三日後だった。
シャヘル南の村、ベルジャナ。エルフの一団——軍ではなく、民兵に近い組織——が、村のドワーフ系の家を、焼いた。四軒が燃え、住民のうち、三人が逃げ遅れて、亡くなった。
ルシェンは、地図に印を入れた。
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十日で、印は二十を超えた。
地図の上で、それらは、シャヘルを中心に、放射状に広がっていた。北、東、南、西——どの方角にも、印があった。
ルシェンは、夜、地図を見ていた。
パターンが、見えていた。前世の記憶が、メカニズムを示していた。
恐怖の連鎖。
最初に、ある種族が、別の種族を襲う。襲われた側が、報復する。報復が、また報復を呼ぶ。各種族の中で、強硬派が力を持つ。穏健派は、黙る。
次に、選別が始まる。「あの種族は、信用できない」という言葉が、村ごとに広がる。混住していた家族が、引き裂かれる。子供たちが、別々に育てられるようになる。
次に、組織化が起きる。自警団が、武装する。村ごとに、特定の種族を排除する決議が、出される。決議の中身は、最初は穏当だが、徐々に強くなる。
最後に、虐殺が起きる。
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ルシェンは、地図の前で、しばらく動かなかった。
前世の知識が、見えるのは、メカニズムだった。メカニズムが見えるからといって、止め方がわかるわけではなかった。
止め方は、前世でも、わかっていなかった。
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翌朝、ルシェンは、ベシムに会いに行った。
ベシムは、機動隊の編成を、まとめていた。
「救出作戦を、組みたい」とルシェンは言った。
「わかった」
「優先順位を、決める必要がある。地図の印を、危険度の高い順に並べた。最も急ぐのは、シャヘル南の三村だ。ヒューマンとオークが混在していて、両方の側からの圧力が強い」
「人数は」
「三村合わせて、約六百人」
「俺たちで、引き受けられるか」
「六百人を、シャヘルに連れてくるのは難しい。シャヘルも、もう余裕がない。代わりに、南東の抜け道を使って、南へ逃がす」
「わかった」
ベシムは、その日のうちに、機動隊を編成した。八つの混成部隊、合計六十名。
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最初の救出作戦は、成功した。
南の村、ヴェルキレ。住民約二百名。機動隊が深夜に進入し、住民を集めて、南東の抜け道に誘導した。攻撃を受けたが、機動隊の混成編成が、対応した。死者ゼロ。負傷者三名。住民は、全員、安全に逃げた。
次の作戦も、成功した。約二百三十名を、別の方向に逃がした。
三つ目の作戦が、間に合わなかった。
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到着したとき、村は、燃えていた。
燃え終わりかけていた、と言うべきだった。火は、まだあちこちに残っていたが、勢いを失っていた。煙が、低く、地面を這っていた。
住民は、いなかった。
いない、というのは、生きている者がいない、という意味だった。
遺体が、広場に並べられていた。並べた者は、もういなかった。並べ終わって、立ち去った後だった。並べ方には、規則性があった——男は男、女は女、子供は子供、種族ごとに別の列。整然としていた。
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ベシムが、遺体を順番に確認した。
「ヒューマン、十二名。ドワーフ、八名。オーク、五名。混血、一名」
「子供は」とルシェンが聞いた。
「ヒューマンの子供が、四名。ドワーフの子供が、二名」
ルシェンは、頷いた。
生存者を、探した。
村の端の、小さな納屋の中に、三人いた。子供が三人、老婆が一人。子供たちは、声が出なかった。老婆だけが、震えながら、何かを言おうとしていた。
ルシェンは、老婆の隣に座った。
「お名前を、聞かせてください」
「……アヴァ・ヴェレシナ」
「子供たちの名前は」
老婆が、子供たちの名前を、一人ずつ、口にした。
ルシェンは、手帳に書いた。
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遺体の名前も、書いた。
老婆が、覚えている範囲で、教えてくれた。覚えていない名前は、覚えていない、と書いた。
二十六の名前のうち、二十一が、判明した。残り五人は、村に親族がいなかった旅人だったか、新しく移ってきたばかりの家族だった。
ルシェンは、手帳の頁を、四つ使った。
***
生存者四人を、機動隊が、シャヘルまで連れて行った。
ルシェンは、最後まで村に残った。
燃え残った家の柱を、見ていた。畑の中の足跡を、見ていた。井戸の周りの血の跡を、見ていた。
止められなかった。
止められなかった、という事実が、頭の中で、繰り返されていた。
***
夜、シャヘルに戻った。
ファトマのところに、寄った。
「間に合わなかった」とルシェンは言った。
「わかっている」とファトマは言った。
「ヴェレシナ村。死者二十六。生存者四。子供は」
「ルシェン」とファトマが、ルシェンの言葉を、止めた。
「お前が書くのか」
「書きます」
「お前の手帳は、もう何冊目だ」
「三冊目です」
ファトマは、しばらく、何も言わなかった。
「お前が書くなら、私は止めない」とファトマは言った。「だが、書くということは、抱えるということだ。抱える分だけ、お前は重くなる」
「わかっています」
「わかっているなら、それでいい」
***
部屋を出る前に、ファトマがもうひとつ言った。
「ルシェン」
「はい」
「書かなければ、なかったことになる」
「ええ」
「だが、書けば、お前が抱える。書く者は、抱える者だ。それは、お前が、自分で選んだ役だ」
「わかっています」
ファトマは、頷いた。
***
夜、ルシェンは、自室に戻った。
手帳を開いた。
今日書いた二十六の名前を、もう一度、見た。
その上に、書き加えた。
「ヴェレシナ村、間に合わず」
日付を、書いた。
***
別の報告が、来ていた。
救出作戦の途中で、ドワーフ独立軍の小隊と、遭遇した部隊があったという。撤退中の、短い遭遇戦。両方とも、損害ゼロ。
報告者によると、ドワーフ側の小隊の旗には、第三小隊の印があったかもしれない、という。
第三小隊。ドラガンの小隊。
ルシェンは、報告書を、しばらく見ていた。
「かもしれない」という不確定な表現が、最後の救いだった。確定すれば、ルシェンは、何かを決めなければならなくなる。
ルシェンは、確定させなかった。
報告書を、引き出しに入れた。
***
ランタンを消す前に、ルシェンは、もう一度、手帳を開いた。
ヴェレシナ村の二十六の名前を、見た。
「ルシェン将軍」と書かれた、過去のある報告書のことを、思い出した。書いた者を罰さない、と決めたとき、自分は、何を選んだのか。
書く者として、抱える者として——その先に、何があるのか。
答えは、出なかった。
ルシェンは、ランタンを消した。




