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七つの国境、ひとつの故郷  作者: Jint
第2章:灰燼の種子

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92/102

92話:中央盆地領の危機

 パルチザン全体会議が、革なめし職人の地下で開かれた。


 革なめし職人の地下では、もう人数が入りきらなくなっていた。組織が大きくなっていた。会議は、地下の別の倉庫に移されていた。広い、岩の壁の部屋だった。


 円卓ではなく、長卓だった。三十人ほどが、長卓を囲んでいた。


 ミラが、長卓の端に座っていた。ルシェンは、その横にいた。ベシム、リアン、各小隊長たち。それと、ファトマも、寝台のような椅子で運び込まれていた。


 ***


「状況を整理する」とミラが言った。


 ミラがルシェンに、合図を出した。ルシェンが立った。


 地図を広げた。


「エルフ軍が、北部森林領から南下しています。先頭部隊は、シャヘルの北八十キロに到達。三日以内に、四十キロ圏内に入ります」


「ドワーフ独立軍は、西部山岳領から東進しています。先頭部隊は、シャヘル西七十キロ。同じく、三日以内に、四十キロ圏内に入る見込み」


「中央盆地領の混住地域——シャヘル周辺の村落と町——には、現在、ヒューマンを中心に、約六万人が居住しています。エルフ系、ドワーフ系、オーク系の住民も、混じっています。最も危険な状態にあるのは、ヒューマンです。両軍から見て、どちらの側でもない、中間的存在として」


 地図に、印を入れていった。


 ***


「二つの選択肢があります」とルシェンは続けた。


「一。シャヘル防衛に、戦力を集中する。シャヘルそのものを、防衛拠点として、長期化させる」


「二。周辺の住民避難を、優先する。シャヘルの戦力を分散して、各村落の住民を、より安全な地域に逃がす」


 長卓の周りで、議論が始まった。


「シャヘル防衛が、本筋だ」とリアンが言った。「拠点を失えば、組織が崩れる」


「住民を見殺しにできない」と別の声が言った。「我々の原則だ」


 ルシェンが、間に入った。


「両方やります」


 長卓が、少し静かになった。


 ***


「シャヘル防衛は、守備隊で。住民避難は、機動隊で。混成部隊の編成を活かして、機能を分けます」と続けた。


「人数は足りるか」とリアンが聞いた。


「足りません。だから、住民の中から、自衛団を組織します。シャヘルの守備の一部を、住民が引き受けることで、パルチザンの戦力を、機動隊に回せます」


「住民が、武器を取るのか」


「取ります。希望者だけ。強制はしません」


「組織化は、誰がやる」


「ファトマさんが」


 ファトマが、寝台から、軽く頷いた。


「私の人脈で、市民組織を組み立てる」とファトマは言った。「数日で、五千人は集められる」


 会議の参加者が、ファトマを見た。


「『市場が、街の地図だ』と、私は言ってきた」とファトマが続けた。「市場の周りに、街の組織がある。私は、その組織の長を、知っている」


 ***


 ミラが、頷いた。


「やる」


 会議の方針が、決まった。


 シャヘル防衛と住民避難を、両方やる。役割を分担する。市民組織を、ファトマが組み立てる。機動隊の指揮は、ベシムが担当する。守備隊の指揮は、リアンとミラ。総合の調整は、ルシェン。


 ルシェンの「総合の調整」という肩書きは、実質的には「参謀総長」だった。だが、誰もその言葉を使わなかった。


 ***


 会議が終わった後、ヤヴェルが、ルシェンの部屋に来た。


 ヤヴェルは、最近、シャヘルに頻繁に来ていた。北からの物資の仲介をしながら、情報も運んでいた。


「北部の情報を、持ってきた」とヤヴェルが言った。


 ルシェンが、紙を受け取った。


「エルフ評議会の南部展開の決定が、議長ヴーク主導で、正式に発令された。今、迫っているエルフ軍の先頭部隊は、ヴークの直接指示下の精鋭だ」


「ヴーク」とルシェンが言った。


 その名前は、知っていた。かつてメシャラに送られてきた演説原稿の差出人。ティセラが書き写したと、後で聞いた——ティセラから直接ではなく、別の経路で。北部評議会の議長。


「ヴーク主導で、エルフ軍の南部展開が決定された」とヤヴェルは続けた。「今後の交渉は、ヴーク本人と行う必要が出てくる可能性がある」


 ルシェンは頷いた。


 ***


 ヤヴェルが、別のことを言った。


「もうひとつ、伝えたいことがある」


「何ですか」


「お前のことも、北部で知っている者がいる」


 ルシェンは、紙を見ていた目を、上げた。


「誰ですか」


「言わない」


 ルシェンは、少し間を置いた。


 聞きたかった。聞きたい、ということを、ヤヴェルもわかっているはずだった。それでも、ヤヴェルは言わない。


 言わないことが、答えだった——名前を伝えれば、その人物が危険にさらされる、ということを意味していた。


 ルシェンは、聞き返さなかった。


「わかりました」とだけ言った。


 ヤヴェルが頷いた。


 ***


 その夜、ルシェンは、地図の前に座っていた。


 ヴークの名前を、頭の中で繰り返した。


 北部で、ルシェンを知っている者——。ヴーク本人ではないだろう。ヴークなら、ヤヴェルが「言わない」と言わない。ヴークなら、敵だ。敵が知っているなら、伝えればいい。


 言わない、というのは、味方だ。あるいは、味方になり得る誰か。


 ルシェンは、引き出しの底のページを、取り出さなかった。今夜は、ドラガンのページではなかった。別の何かが、頭の中にあった。


 別の何かは、確定しないまま、ルシェンの中に置かれた。


 ***


 翌朝、城壁の見張りから、報告が来た。


「北の地平線に、エルフ軍の旗が、確認されました」


「西の地平線にも、ドワーフ軍の旗が、確認されました」


 ルシェンは、城壁に上がった。


 ベシムが先に来ていた。ミラも、見張り台にいた。


 北の地平線、遠く、緑と銀のエルフの旗が、風に揺れていた。


 西の地平線、遠く、緑と金のドワーフの旗が、風に揺れていた。


 ルシェンは、両方を見た。


 両方を見ながら、内心、ひとつの言葉が来た。


 (包囲が、始まる)


 ***


 ミラが、ルシェンに言った。


「始まったな」


「始まりました」


「これから、長くなる」


「長くなります」


 ミラは、それ以上、言わなかった。


 ルシェンも、それ以上、言わなかった。


 城壁の上で、しばらく、三人は、地平線を見ていた。


 ***


 午後、ルシェンは、自室に戻った。


 手帳を開いた。


 新しいページに、書いた。


「包囲、開始」


 日付を、その横に書いた。


 日付の下に、書いた。


「これは、長くなる。覚悟して書く」


 手帳を閉じた。


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