92話:中央盆地領の危機
パルチザン全体会議が、革なめし職人の地下で開かれた。
革なめし職人の地下では、もう人数が入りきらなくなっていた。組織が大きくなっていた。会議は、地下の別の倉庫に移されていた。広い、岩の壁の部屋だった。
円卓ではなく、長卓だった。三十人ほどが、長卓を囲んでいた。
ミラが、長卓の端に座っていた。ルシェンは、その横にいた。ベシム、リアン、各小隊長たち。それと、ファトマも、寝台のような椅子で運び込まれていた。
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「状況を整理する」とミラが言った。
ミラがルシェンに、合図を出した。ルシェンが立った。
地図を広げた。
「エルフ軍が、北部森林領から南下しています。先頭部隊は、シャヘルの北八十キロに到達。三日以内に、四十キロ圏内に入ります」
「ドワーフ独立軍は、西部山岳領から東進しています。先頭部隊は、シャヘル西七十キロ。同じく、三日以内に、四十キロ圏内に入る見込み」
「中央盆地領の混住地域——シャヘル周辺の村落と町——には、現在、ヒューマンを中心に、約六万人が居住しています。エルフ系、ドワーフ系、オーク系の住民も、混じっています。最も危険な状態にあるのは、ヒューマンです。両軍から見て、どちらの側でもない、中間的存在として」
地図に、印を入れていった。
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「二つの選択肢があります」とルシェンは続けた。
「一。シャヘル防衛に、戦力を集中する。シャヘルそのものを、防衛拠点として、長期化させる」
「二。周辺の住民避難を、優先する。シャヘルの戦力を分散して、各村落の住民を、より安全な地域に逃がす」
長卓の周りで、議論が始まった。
「シャヘル防衛が、本筋だ」とリアンが言った。「拠点を失えば、組織が崩れる」
「住民を見殺しにできない」と別の声が言った。「我々の原則だ」
ルシェンが、間に入った。
「両方やります」
長卓が、少し静かになった。
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「シャヘル防衛は、守備隊で。住民避難は、機動隊で。混成部隊の編成を活かして、機能を分けます」と続けた。
「人数は足りるか」とリアンが聞いた。
「足りません。だから、住民の中から、自衛団を組織します。シャヘルの守備の一部を、住民が引き受けることで、パルチザンの戦力を、機動隊に回せます」
「住民が、武器を取るのか」
「取ります。希望者だけ。強制はしません」
「組織化は、誰がやる」
「ファトマさんが」
ファトマが、寝台から、軽く頷いた。
「私の人脈で、市民組織を組み立てる」とファトマは言った。「数日で、五千人は集められる」
会議の参加者が、ファトマを見た。
「『市場が、街の地図だ』と、私は言ってきた」とファトマが続けた。「市場の周りに、街の組織がある。私は、その組織の長を、知っている」
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ミラが、頷いた。
「やる」
会議の方針が、決まった。
シャヘル防衛と住民避難を、両方やる。役割を分担する。市民組織を、ファトマが組み立てる。機動隊の指揮は、ベシムが担当する。守備隊の指揮は、リアンとミラ。総合の調整は、ルシェン。
ルシェンの「総合の調整」という肩書きは、実質的には「参謀総長」だった。だが、誰もその言葉を使わなかった。
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会議が終わった後、ヤヴェルが、ルシェンの部屋に来た。
ヤヴェルは、最近、シャヘルに頻繁に来ていた。北からの物資の仲介をしながら、情報も運んでいた。
「北部の情報を、持ってきた」とヤヴェルが言った。
ルシェンが、紙を受け取った。
「エルフ評議会の南部展開の決定が、議長ヴーク主導で、正式に発令された。今、迫っているエルフ軍の先頭部隊は、ヴークの直接指示下の精鋭だ」
「ヴーク」とルシェンが言った。
その名前は、知っていた。かつてメシャラに送られてきた演説原稿の差出人。ティセラが書き写したと、後で聞いた——ティセラから直接ではなく、別の経路で。北部評議会の議長。
「ヴーク主導で、エルフ軍の南部展開が決定された」とヤヴェルは続けた。「今後の交渉は、ヴーク本人と行う必要が出てくる可能性がある」
ルシェンは頷いた。
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ヤヴェルが、別のことを言った。
「もうひとつ、伝えたいことがある」
「何ですか」
「お前のことも、北部で知っている者がいる」
ルシェンは、紙を見ていた目を、上げた。
「誰ですか」
「言わない」
ルシェンは、少し間を置いた。
聞きたかった。聞きたい、ということを、ヤヴェルもわかっているはずだった。それでも、ヤヴェルは言わない。
言わないことが、答えだった——名前を伝えれば、その人物が危険にさらされる、ということを意味していた。
ルシェンは、聞き返さなかった。
「わかりました」とだけ言った。
ヤヴェルが頷いた。
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その夜、ルシェンは、地図の前に座っていた。
ヴークの名前を、頭の中で繰り返した。
北部で、ルシェンを知っている者——。ヴーク本人ではないだろう。ヴークなら、ヤヴェルが「言わない」と言わない。ヴークなら、敵だ。敵が知っているなら、伝えればいい。
言わない、というのは、味方だ。あるいは、味方になり得る誰か。
ルシェンは、引き出しの底のページを、取り出さなかった。今夜は、ドラガンのページではなかった。別の何かが、頭の中にあった。
別の何かは、確定しないまま、ルシェンの中に置かれた。
***
翌朝、城壁の見張りから、報告が来た。
「北の地平線に、エルフ軍の旗が、確認されました」
「西の地平線にも、ドワーフ軍の旗が、確認されました」
ルシェンは、城壁に上がった。
ベシムが先に来ていた。ミラも、見張り台にいた。
北の地平線、遠く、緑と銀のエルフの旗が、風に揺れていた。
西の地平線、遠く、緑と金のドワーフの旗が、風に揺れていた。
ルシェンは、両方を見た。
両方を見ながら、内心、ひとつの言葉が来た。
(包囲が、始まる)
***
ミラが、ルシェンに言った。
「始まったな」
「始まりました」
「これから、長くなる」
「長くなります」
ミラは、それ以上、言わなかった。
ルシェンも、それ以上、言わなかった。
城壁の上で、しばらく、三人は、地平線を見ていた。
***
午後、ルシェンは、自室に戻った。
手帳を開いた。
新しいページに、書いた。
「包囲、開始」
日付を、その横に書いた。
日付の下に、書いた。
「これは、長くなる。覚悟して書く」
手帳を閉じた。




