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七つの国境、ひとつの故郷  作者: Jint
第2章:灰燼の種子

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91話:ドワーフの独立宣言

 朝、伝令が公式文書の写しを持ってきた。


 西部山岳領、ドワーフ独立軍の正式宣言。マルコ将軍の署名入り。連邦の郵便ではなく、独立軍の旗を掲げた使者によって、各地に配布されていた。シャヘルにも、それが届いた。


 ルシェンは、写しを受け取った。


 ***


 文面は、長くなかった。


「西部山岳領、ドワーフの独立を宣言する。本日をもって、当領内の全権は、ドワーフ評議会と、その指揮下のドワーフ独立軍に属するものとする。連邦との関係は、ドワーフ評議会の判断によって、新たに定めるものとする。マルコ将軍指揮下のドワーフ独立軍は、これより正規軍として行動する」


 ルシェンは、二度読んだ。


 三度目を読まなかった。三度目を読めば、何かが変わる気がした。何が変わるか、明確ではなかった。


 ***


 昼前に、パルチザン全体の集会が開かれた。


 ミラが、文書を読み上げた。読み上げた後、しばらく、何も言わなかった。


 全員が、ミラを見ていた。


 ミラが、ルシェンを見た。


「お前、何か言うか」


 ルシェンは、立ち上がるかどうか、少し迷った。


 立ち上がった。


 ***


「この組織の原則は」とルシェンは始めた。


「種族で扱わないこと。それは、今日も変わらない」


 集会の全員が、ルシェンを見ていた。エルフ、ドワーフ、ヒューマン、オーク、混血——全員が、ルシェンの言葉を、待っていた。


「ドワーフの独立は、ドワーフ評議会の判断です。我々は、それに対して、賛成も反対もしない。判断する立場にない」


「だが、ここにいる、ドワーフ出身の仲間たちには、選択肢があります」


 ルシェンは、ドワーフ出身の兵士たちの方を、見た。約三十人が、そこにいた。


「故郷の独立軍に、戻りたい者は、戻ってもいい。引き止めない。責めない。残りたい者は、残ってもいい。我々の原則は、変わらない。種族で扱わない」


「出るも、残るも、自分で決めろ」とルシェンは結んだ。


「俺の判断を、押し付けない。お前たちの判断を、尊重する」


 ***


 集会の後、ドワーフ出身の兵士たちは、別室に集まった。


 ルシェンは、その議論には加わらなかった。彼らだけで、話す時間が、必要だった。


 ルシェンは、自分の部屋に戻った。


 窓の外で、シャヘルの街が、午後の光に照らされていた。市場が、いつも通り、開いていた。子供たちが、いつも通り、走っていた。


 しかし、街の上の空気は、少し変わっていた。表に出ない緊張が、街全体を覆っていた。


 ***


 夕方、ドワーフ出身の兵士たちが、ルシェンの部屋に来た。


 三十人のうち、十二人が、出ていくことを選んだ。十八人が、残ることを選んだ。


 ルシェンは、出ていく十二人と、一人ずつ、握手をした。


 最後の一人が、ルシェンの手を握って、言った。


「俺たちの選択を、責めなかったな」


「責めません」


「お前みたいな指揮官は、初めて見た」


「俺は指揮官じゃない」


「わかっている。だが、お前みたいな参謀も、初めて見た」


 ルシェンは少し笑った。


 十二人は、夕方のうちに、シャヘルを出た。北西の山岳に向かう。ドワーフ独立軍に合流する道筋だった。


 ***


 残った十八人の中に、老兵がいた。


 ヴラトコの遠縁にあたるドワーフだった。名前はゴルダン。六十代に近い。


 ゴルダンが、ルシェンに言った。


「俺の親族は、向こうにいる。マルコの軍に。ヴラトコは、俺の遠縁だ。何度か会ったことがある」


「そうですか」


「あの男は、立派な兵士だった。今もそうだろう」


「わかります」


「だが」とゴルダンは続けた。「俺の友は、ここにいる。何年も、一緒に戦ってきた。エルフも、ヒューマンも、オークも、混じっている。俺の親族は、あちらにいる。だが、俺の友は、ここにいる。だから、俺は残る」


 ルシェンは頷いた。


「ありがとうございます」


「礼じゃない」とゴルダンは言った。「俺の判断だ」


 ***


 夜、地下の作戦本部で、ルシェンは傍受の網を確認した。


 ドワーフ独立軍の動きが、独立宣言の前後で、明らかに加速していた。部隊の配置換え、補給の前倒し、新しい任命。


 ルシェンは、人事通信を解読した。


 ある行が、目に止まった。


「マルコ将軍指揮下、第三小隊。隊長ドラガン・ボグダンの息子。シャヘル方面への移動、確認」


 ルシェンは、その行を、見た。


 手が、止まった。


 ***


 ドラガンの小隊が、シャヘル方面に動いている。


 いつ、どこに到着するかは、書かれていなかった。だが、移動の方角が、シャヘルに向かっていることは、確かだった。


 ルシェンは、引き出しの底のページを、取り出した。


 ドラガンの名前のあるページ。裏に、ルシェン自身が書き加えた一行。「生きている。ドワーフ独立軍。マルコ将軍指揮下。第三小隊長」。


 ルシェンは、その下に、もう一行を書き加えた。


「シャヘル方面に移動中」


 ***


 書いてから、しばらく、紙を見ていた。


 ドラガンが、シャヘルに来る。


 それが何を意味するか、ルシェンは、考えようとして、考え切れなかった。考え切れないままにしておいた。


 考え切れば、何かを決めなければならない。今夜は、決められない。


 引き出しの底に、紙を戻した。


 ***


 ベシムが、扉を叩いた。


 入ってきた。


「ドワーフが、十二人、出ていったな」とベシムは言った。


「ええ」


「お前は、引き止めなかった」


「引き止めません」


「正しい」とベシムは言った。


 しばらく、二人で黙っていた。


 ベシムが、机の上を、軽く見た。今夜、ルシェンは、机の上を、きれいに整理していた。引き出しの底に入れる前に、机の上に紙を残さなかった。


「ドラガンは」とベシムが聞いた。


「シャヘル方面に動いている」とルシェンが答えた。


 ベシムは、少しの間、何も言わなかった。


「わかった」とだけ言って、出ていった。


 ***


 夜、ルシェンは寝台に座って、ランタンの火を見ていた。


 火が、ゆっくり揺れた。


 ドラガンが、来る。


 ルシェンは、自分が何を望んでいるのか、わからなかった。


 会いたいのか、会いたくないのか。会えば、何を言うのか。何を言われるのか。


 考えるのを、やめた。


 考えても、答えは出なかった。状況の方が、いずれ、答えを連れてくる。


 ルシェンは、ランタンの火を消した。


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