91話:ドワーフの独立宣言
朝、伝令が公式文書の写しを持ってきた。
西部山岳領、ドワーフ独立軍の正式宣言。マルコ将軍の署名入り。連邦の郵便ではなく、独立軍の旗を掲げた使者によって、各地に配布されていた。シャヘルにも、それが届いた。
ルシェンは、写しを受け取った。
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文面は、長くなかった。
「西部山岳領、ドワーフの独立を宣言する。本日をもって、当領内の全権は、ドワーフ評議会と、その指揮下のドワーフ独立軍に属するものとする。連邦との関係は、ドワーフ評議会の判断によって、新たに定めるものとする。マルコ将軍指揮下のドワーフ独立軍は、これより正規軍として行動する」
ルシェンは、二度読んだ。
三度目を読まなかった。三度目を読めば、何かが変わる気がした。何が変わるか、明確ではなかった。
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昼前に、パルチザン全体の集会が開かれた。
ミラが、文書を読み上げた。読み上げた後、しばらく、何も言わなかった。
全員が、ミラを見ていた。
ミラが、ルシェンを見た。
「お前、何か言うか」
ルシェンは、立ち上がるかどうか、少し迷った。
立ち上がった。
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「この組織の原則は」とルシェンは始めた。
「種族で扱わないこと。それは、今日も変わらない」
集会の全員が、ルシェンを見ていた。エルフ、ドワーフ、ヒューマン、オーク、混血——全員が、ルシェンの言葉を、待っていた。
「ドワーフの独立は、ドワーフ評議会の判断です。我々は、それに対して、賛成も反対もしない。判断する立場にない」
「だが、ここにいる、ドワーフ出身の仲間たちには、選択肢があります」
ルシェンは、ドワーフ出身の兵士たちの方を、見た。約三十人が、そこにいた。
「故郷の独立軍に、戻りたい者は、戻ってもいい。引き止めない。責めない。残りたい者は、残ってもいい。我々の原則は、変わらない。種族で扱わない」
「出るも、残るも、自分で決めろ」とルシェンは結んだ。
「俺の判断を、押し付けない。お前たちの判断を、尊重する」
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集会の後、ドワーフ出身の兵士たちは、別室に集まった。
ルシェンは、その議論には加わらなかった。彼らだけで、話す時間が、必要だった。
ルシェンは、自分の部屋に戻った。
窓の外で、シャヘルの街が、午後の光に照らされていた。市場が、いつも通り、開いていた。子供たちが、いつも通り、走っていた。
しかし、街の上の空気は、少し変わっていた。表に出ない緊張が、街全体を覆っていた。
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夕方、ドワーフ出身の兵士たちが、ルシェンの部屋に来た。
三十人のうち、十二人が、出ていくことを選んだ。十八人が、残ることを選んだ。
ルシェンは、出ていく十二人と、一人ずつ、握手をした。
最後の一人が、ルシェンの手を握って、言った。
「俺たちの選択を、責めなかったな」
「責めません」
「お前みたいな指揮官は、初めて見た」
「俺は指揮官じゃない」
「わかっている。だが、お前みたいな参謀も、初めて見た」
ルシェンは少し笑った。
十二人は、夕方のうちに、シャヘルを出た。北西の山岳に向かう。ドワーフ独立軍に合流する道筋だった。
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残った十八人の中に、老兵がいた。
ヴラトコの遠縁にあたるドワーフだった。名前はゴルダン。六十代に近い。
ゴルダンが、ルシェンに言った。
「俺の親族は、向こうにいる。マルコの軍に。ヴラトコは、俺の遠縁だ。何度か会ったことがある」
「そうですか」
「あの男は、立派な兵士だった。今もそうだろう」
「わかります」
「だが」とゴルダンは続けた。「俺の友は、ここにいる。何年も、一緒に戦ってきた。エルフも、ヒューマンも、オークも、混じっている。俺の親族は、あちらにいる。だが、俺の友は、ここにいる。だから、俺は残る」
ルシェンは頷いた。
「ありがとうございます」
「礼じゃない」とゴルダンは言った。「俺の判断だ」
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夜、地下の作戦本部で、ルシェンは傍受の網を確認した。
ドワーフ独立軍の動きが、独立宣言の前後で、明らかに加速していた。部隊の配置換え、補給の前倒し、新しい任命。
ルシェンは、人事通信を解読した。
ある行が、目に止まった。
「マルコ将軍指揮下、第三小隊。隊長ドラガン・ボグダンの息子。シャヘル方面への移動、確認」
ルシェンは、その行を、見た。
手が、止まった。
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ドラガンの小隊が、シャヘル方面に動いている。
いつ、どこに到着するかは、書かれていなかった。だが、移動の方角が、シャヘルに向かっていることは、確かだった。
ルシェンは、引き出しの底のページを、取り出した。
ドラガンの名前のあるページ。裏に、ルシェン自身が書き加えた一行。「生きている。ドワーフ独立軍。マルコ将軍指揮下。第三小隊長」。
ルシェンは、その下に、もう一行を書き加えた。
「シャヘル方面に移動中」
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書いてから、しばらく、紙を見ていた。
ドラガンが、シャヘルに来る。
それが何を意味するか、ルシェンは、考えようとして、考え切れなかった。考え切れないままにしておいた。
考え切れば、何かを決めなければならない。今夜は、決められない。
引き出しの底に、紙を戻した。
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ベシムが、扉を叩いた。
入ってきた。
「ドワーフが、十二人、出ていったな」とベシムは言った。
「ええ」
「お前は、引き止めなかった」
「引き止めません」
「正しい」とベシムは言った。
しばらく、二人で黙っていた。
ベシムが、机の上を、軽く見た。今夜、ルシェンは、机の上を、きれいに整理していた。引き出しの底に入れる前に、机の上に紙を残さなかった。
「ドラガンは」とベシムが聞いた。
「シャヘル方面に動いている」とルシェンが答えた。
ベシムは、少しの間、何も言わなかった。
「わかった」とだけ言って、出ていった。
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夜、ルシェンは寝台に座って、ランタンの火を見ていた。
火が、ゆっくり揺れた。
ドラガンが、来る。
ルシェンは、自分が何を望んでいるのか、わからなかった。
会いたいのか、会いたくないのか。会えば、何を言うのか。何を言われるのか。
考えるのを、やめた。
考えても、答えは出なかった。状況の方が、いずれ、答えを連れてくる。
ルシェンは、ランタンの火を消した。




