88話:オークのベシム
ベシムが、三か月ぶりに戻ってきた。
山岳のオーク抵抗部隊との連絡係として、派遣されていた。シャヘルから北西、山岳に入って三日の場所にある、別のオーク系の組織との連携。情報の共有、戦術の交換、必要があれば連合作戦の調整。
三か月の予定が、結局、四か月半になっていた。途中、山岳部隊の作戦に巻き込まれて、戻れない期間が、長くなった。
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戻ってきたベシムは、別人のようだった。
痩せていた。日焼けしていた。目つきが変わっていた。
メシャラから一緒に来たときの——丸い顔で、口数が少ない少年——の面影は、今でも残っていた。残っていたが、その上に、別のものが重なっていた。重なった層は、薄くなかった。
ルシェンは、最初の朝、ベシムを見て、しばらく言葉が出なかった。
ベシムも、ルシェンを少し見て、同じように、しばらく何も言わなかった。
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二人は、手を一度、握った。
抱擁はしなかった。それが、二人の流儀だった。メシャラのときから、そうだった。ベシムは抱擁を求めない男だった。ルシェンも、自ら人を抱擁する方ではなかった。
手を握って、放した。それで、再会だった。握った手は、ベシムの方が、わずかに、骨ばっていた。痩せた分が、手にも、出ていた。
「腹は減っているか」とルシェンが聞いた。
「減っている」
「食堂に行こう」
二人で歩いた。
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食堂で、ベシムが訓練の話をした。
山岳のオーク抵抗部隊は、シャヘルのパルチザンとは、別の文化を持っていた。
「あいつらは、笑わない」とベシムは言った。「笑うのを、忘れたのか、捨てたのか、よくわからない。だが、笑わない。戦うときも、休んでいるときも、食うときも、笑わない」
「重いな」
「重い。だが、強い」
ベシムが食べながら、続けた。
「山の中で、二週間、敵に追われた。撤退の作戦だった。最初は、訓練のつもりだった。途中で本当の追跡が混じった。二人死んだ。一人は、俺の隣で寝ていたオークだった」
「名前は」
「タズン。十九歳」
ルシェンは黙って聞いていた。十九歳という年齢が、ルシェンの中で、響いた。カイル・テラエンも、十九歳だった。手帳の最初の名前。
「俺は、その夜、笑わなかった」とベシムは続けた。「次の朝も、笑わなかった。次の日も。気づいたら、二週間、笑っていなかった。シャヘルに戻る道の途中で、ふと笑った。そのときに、初めて、自分が笑えることに、安心した」
ルシェンは、ベシムを見た。
「今は、笑えるか」
「お前を見て、少し笑えた」とベシムは言った。「だから、戻れたんだと、思う」
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ルシェンは、自分の近況を、ベシムに伝えた。
混成部隊が、正式編成になったこと。兵站の体制が、組織全体に広がったこと。情報戦の網が、組み上がってきていること。
「将軍と呼ばれかけている」とルシェンは最後に言った。「断っている」
「断っているのか」
「断っている。だが、いずれ、断り切れなくなるかもしれない」
ベシムは少しの間、何も言わなかった。
「お前のおかげで」とベシムが、別の話を始めた。
「あの村から、逃げられた」
ルシェンは、何を指しているか、わかった。メシャラ陥落の脱出のことだった。
「俺は、何もしていない」とルシェンは言った。「お前が、自分で逃げた」
「逃げる先を、作ったのはお前だ」とベシムは言った。「それは、違いが大きい」
「……」
「お前が、ファトマを連れて、十四人の集団を率いた。あの集団に、俺は加わった。集団がなかったら、俺は一人で逃げて、途中で死んでいた。あの集団があったから、俺はここにいる」
ルシェンは、何も言わなかった。ベシムの言葉を、受け止めるしかなかった。否定することは、ベシムの感謝を、否定することになる。受け止めることは、自分が「集団を作った」ことを、認めることになる。どちらも、ルシェンには、重かった。
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しばらくして、ベシムが、別のことを言った。
「お前は、変わったな」
ルシェンは少し顔を上げた。
「良い変わり方じゃない部分もある」とベシムは続けた。
「わかっている」とルシェンは答えた。
ベシムは、それ以上、その話をしなかった。
ルシェンも、何が変わったのか、自分の中ではっきりさせなかった。はっきりさせれば、何かを認めることになる気がした。認める準備が、今はなかった。
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夜、ベシムが新しい混成ゲリラ部隊の指揮を引き受けることを、了承した。
「お前が組み立てた混成部隊の発展形だ」とミラが説明した。「山岳ゲリラ訓練を受けた者を、混成部隊と組み合わせる。新しい戦術だ」
「わかった」とベシムは言った。
「お前が指揮を取ることに、不満はないか」
「ない」
「兵に対する責任を持つことに、迷いは」
「ある」とベシムは言った。「だが、迷いがない方が、危ない」
ミラは少し笑った。
「お前も、変わったな」
「皆、変わる」とベシムは言った。
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別れ際、地下の通路で、ベシムが、ルシェンに小声で言った。
「ミラに、気をつけろ」
ルシェンは、聞き返さなかった。
ベシムも、繰り返さなかった。
互いに、その一言の意味を、自分で考えると、わかっていた。
ベシムは廊下を歩いて、自分の部屋に向かっていった。歩く速度は、メシャラから来たときと、変わっていなかった。だが、足音の響き方が、少し、低くなっていた。
ルシェンは、しばらくその場に立っていた。
***
夜、自室に戻った。
手帳を開いた。
名前を数えた。二十六になっていた。最後の三人は、ベシムが戻ってくる前の二週間に増えた。
タズンの名前を、手帳に書き加えるべきかどうか、しばらく考えた。
書いた。
「タズン。オーク。十九歳。山岳訓練、撤退作戦中。ベシムの隣で寝ていた」
ベシムから聞いた名前を、自分の手帳に置いた。会ったことのない者の名前を、書いた。書く理由を、自分でも、明確には言えなかった。だが、書いた。
***
手帳を閉じた。
ランタンの火を、消した。
暗闇の中で、ベシムの最後の言葉を、もう一度頭の中で繰り返した。
「ミラに気をつけろ」
ルシェンは、考えるのを、やめた。
考えれば、何かが見えてくる気がした。見たくない、わけではない。だが、今夜、見るには、疲れすぎていた。




