70話:ドラガンの昇進
昇進の発表は、簡素だった。
訓練の朝礼で、マルコが何人かの名前を呼んだ。ドラガンの名前も呼ばれた。「小隊長として正式に任じる」とマルコが言った。それだけだった。式典らしいものはなかった。拍手があった。それも長くはなかった。
拍手の音は、整っていた。誰かが先に手を叩き、皆がそれに合わせた。リズムが揃った。揃ったまま、止まった。儀礼の音だった。
ドラガンは整列の中で、拳を一度握って、開いた。手のひらに、汗が、少しだけあった。
***
その日のうちから、呼ばれ方が変わった。
「小隊長」
訓練の合間に、新兵が声をかけてきた。十八歳くらいの男だった。砦に来て、まだ二週間だった。
「明日の山岳行軍の装備について、聞いていいですか」
ドラガンは答えた。技術的な質問だった。装備の重さの配分、水筒の位置、寝具の畳み方——どれも、ドラガン自身が、最初の頃に教わったことだった。答えるのは難しくなかった。
「ありがとうございます、小隊長」
その「小隊長」という三文字が、耳に少し長く残った。
鍛冶師の息子ではない。ボグダンの弟子でもない。ルシェンより腕が劣る者でもない。これらの肩書きから、自分は、外れていた。代わりに、新しい肩書きが、付いていた。
(ここでは、俺はそのどれでもない)
その感覚が、悪くなかった。悪くないと感じる自分が、少しだけ、奇妙だった。奇妙さの中に、心地よさが、含まれていた。その心地よさを、責めるべきかどうか、ドラガンには判断がつかなかった。判断しなかった。
***
昼の食堂で、同期だった兵士のグルコが寄ってきた。
「お前、昇進が早いな」
「マルコ将軍がそう決めた」
「他のやつにはわからないことが、お前にはわかるんだろう」とグルコは言った。「腕も立つし、判断も早い。前哨基地のときも、お前の指示で建物の確保が早かった、と聞いた」
「指示というほどのことはしていない」
「謙遜するな」
グルコは笑った。悪気のない笑い方だった。ドラガンも少し笑った。
笑える、ということに、自分で気づいた。三週間前、あの集落の撤収の道で、笑えなかった。あれから三週間で、笑えるようになっていた。仕方ない、と頭の中で言うことが、習慣になっていた。習慣になると、震えも、出なくなった。
(鍛冶場では、ルシェンの方が先に褒められた。腕も、発想も、繊細さで負けた。——ここでは違う。ここでは俺の方が先頭にいる)
その喜びが本物かどうか、自分でも判断がつかなかった。
しかし、判断する必要があるかも、わからなかった。喜びが本物かどうかを、判断するために、何が要るのか——わからなかった。本物の喜びと、本物でない喜びの違いを、自分の中で、どう測ればいいのか、知らなかった。
知らないまま、ドラガンは食事を続けた。グルコが、別の話を始めた。ドラガンは頷いた。グルコが話している間、ドラガンの中の何かが、少し、軽くなっていた。
***
夜、ボグダンの部屋に行った。
報告というほどのことではない。だが、言わずに済ますわけにもいかなかった。父に言わずに済ませることが、できなかった。なぜできないか——も、考えなかった。
扉を叩いて、入った。ボグダンはいつもの位置に座っていた。最近は杯がそこにある。今夜もあった。瓶は、半分以下になっていた。
「小隊長になった」とドラガンは言った。
ボグダンが杯を置いた。
杯が机に当たる音が、わずかにした。それから、しばらく何も言わなかった。沈黙の長さは、いつもより少し長かった。
「そうか」
三文字だった。
ドラガンはその三文字を聞いた。声の調子は、平らだった。喜びでも、落胆でもなかった。何が含まれていたか、ドラガンにはわからなかった。わからなかったというより、わかることが、いくつもあって、どれを選ぶか、決められなかった。
もしかしたら、ボグダンは、誇らしいと思っているかもしれなかった。
もしかしたら、もう、何も思わなくなっているのかもしれなかった。
もしかしたら、息子を失った、と感じているのかもしれなかった。
どれもあり得た。どれも、確定できなかった。
ボグダンはまた杯を取った。
ドラガンはしばらく立っていた。次の言葉を待っていた気がする。来なかった。
「失礼します」と言って、部屋を出た。
扉を閉めるとき、ボグダンがまだ杯を見ているのがわかった。ボグダンは、ドラガンを、見送らなかった。杯から目を離さなかった。
扉を閉めた。閉めた音は、できるだけ静かに、と意識した。
***
その夜、ドラガンは夢を見た。
メシャラ村の鍛冶場だった。
炉の前に、ルシェンがいた。隣に自分がいた。二人で並んで、金床を打っていた。リズムが合っていた。ボグダンが奥で、自分の仕事をしていた。ボグダンの背中は、まっすぐだった。今の砦のボグダンとは、違っていた。
ルシェンが何かを言った。ドラガンが何かを答えた。具体的な言葉は、夢の中で聞こえなかった。ただ、二人とも笑っていた。笑い声も、聞こえなかった。だが、笑っている、ということは、感覚として、確かにあった。
夢の中で、ドラガンは自分の手元を見た。
金槌を持っていた。
その金槌の頭が、ない。
柄だけだった。
金床を、柄だけで打っていた。音は、しなかった。柄が金床に当たる、にぶい音すら、しなかった。
夢の中の自分は、それに気づいていないようだった。隣のルシェンは、頭のついた金槌を持っていた。普通の金槌だ。ルシェンの金槌は、金床に当たるたびに、しっかりとした音を出していた。
***
目が覚めた。
外はまだ暗かった。窓の外で、夜風が松を揺らしていた。松の葉が擦れる音が、規則的に聞こえていた。
ドラガンは天井を見ていた。しばらく動かなかった。
夢の最後の感覚——金槌の頭がない、柄だけの感覚——が、まだ手に残っていた。手のひらに、柄の重さの記憶があった。実際には、何も握っていない手だったが、何かを握った後の感覚が、残っていた。
ドラガンは右手を、ゆっくりと開いた。閉じた。また開いた。
頭のない金槌。柄だけの金槌。
その意味を、ドラガンは、考えそうになった。考えそうになって、止めた。最近、ドラガンは、よく止めていた。考えることを、止めることが、得意になっていた。
夜風の音が、続いていた。
松の葉の音は、メシャラには、なかった音だった。




