67話:父の涙
マルコが言ったことは正しかった。
二週間後の次の作戦では、遺体を見て足が止まらなかった。止まらなかったことについて、ドラガンは特に何も考えなかった。
慣れた、というのが、正確な言葉だった。だが、その「慣れた」という言葉を、自分の中で使うかどうかも、ドラガンは決めなかった。決めずに済ませるのが、ちょうどよかった。
それが何かを意味するのかどうか——考えることを、しなかった。
考えれば、いくつかの答えが出るはずだった。だが、出た答えを、どう扱えばいいか、わからなかった。出さない方が、楽だった。「楽」という言葉を、最近、自分の中で、よく使うようになっていた。それも、自覚しないようにしていた。
***
その夜、ボグダンの部屋を訪ねた。
扉を叩くと、声がした。「入れ」と短く言った。声の調子に、わずかな滲みがあった。普段のボグダンの声ではなかった。
入ると、ボグダンがテーブルに座っていた。
杯があった。
ドラガンはボグダンが杯を持っているところを、見たことがなかった。酒の類を飲むのを見たことがなかった。鍛冶師として、それは理由があることだと聞いていた。手が狂うから。火を扱う仕事だから。判断が鈍ると、刃の出来が落ちる。落ちた刃で、誰かが死ぬかもしれない。
その父が、今、杯を持っている。
ドラガンは何も言わずに、向かいに座った。
ボグダンの杯には、半分ほどの量が残っていた。瓶が、テーブルの脇に置いてあった。瓶も、半分ほどに減っていた。一晩で、これだけを飲んでいた。
***
ボグダンがしばらく経ってから話し始めた。
「守護精霊祭のことを覚えているか」
「覚えています」
ドラガンは覚えていた。十二歳の年の祭りだった。村全体が広場に集まって、五つの種族の踊りが、順番に披露された。屋台が並び、子供たちが走り回り、ボグダンがその年は珍しく、火を離れて、広場の隅で椅子に座っていた。
「あのとき、ヒューマンの子が石畳で転んだ」
ドラガンはそれも覚えていた。八歳くらいの男の子だった。膝を擦りむいて、泣き出した。母親がすぐに来て、抱き上げた。
「ルシェンも転んでいた。同じ場所で」とボグダンが言った。「あいつはすぐ立ち上がった。転んだまま笑っていた。膝を見て『血が出てる』と言って、それから笑った。痛い、と言わなかった。——今頃どこにいるんだろうな」
ドラガンは答えなかった。
ルシェンが今どこにいるか、ドラガンも知らなかった。考えたこともなかった、と言えば嘘になる。考えないようにしていた、というのが正しい。考えれば、何かを、確認しなければならなくなる。考えなければ、確認しなくて済む。
ボグダンが、また杯を傾けた。
「あの村は良かった」とボグダンは続けた。「うるさくて、種族がごちゃごちゃしていた。朝になれば誰かの料理の匂いがして、夜になれば誰かの笑い声がして。どこに行っても知った顔がいた。バザールでは、エルフの店主と、ドワーフの店主と、ヒューマンの店主が、隣り合って、お互いの値段を、笑いながら見ていた」
ボグダンの目が、テーブルの上の杯ではなく、もっと遠いところを、見ていた。
「俺は、エルフ語が話せなかった。だが、隣の店のエルフの店主は、ドワーフ語を覚えてくれた。下手な発音だった。だが、それで足りた。お互いに、相手の言葉を、少しずつ、覚えていった。何年もかけて」
杯を、少しだけ、傾けた。
「でも良かった。いろんなものが混ざっていた。匂いも、言葉も、顔の形も、料理も、祭りも。混ざっていることが、当たり前だった。——もう良い時代は終わった」
その言葉が、部屋の中に残った。
ドラガンは何も言えなかった。
慰めの言葉がない。否定することもできない。同意することも、したくなかった。同意すれば、自分も「良い時代は終わった」と認めることになる。認めれば、終わりの一部に、自分が立っていることを、認めることになる。だから、何も言わなかった。
ボグダンは、ドラガンの沈黙を、責めなかった。期待もしていなかった、というのが、正しいかもしれなかった。話したいことを、話している。ドラガンが答えるかどうかは、ボグダンにとって、副次的なことだった。
***
ボグダンが、もうひとつ、言った。
「お前の槌の音が、変わった」
ドラガンは少し顔を上げた。
「最近、お前の音を、聞いている。隣で打っているから、聞こえる。前と、違う」
「どう違いますか」
「迷いがなくなった」とボグダンは言った。「速い。正確だ。きれいに打てている」
ボグダンが、少しの間を置いた。
「だが、その『迷いのなさ』が、俺の知っている『迷いのなさ』とは、違う」
ドラガンは、答えなかった。
「迷いのなさには、二種類ある。考え切った後の迷いのなさと、考えるのをやめた後の迷いのなさだ。前者は、長く保つ。後者は——いずれ、別のところで、崩れる」
ボグダンは、ドラガンの目を、見なかった。テーブルの上を、見ていた。
「俺の音も、メシャラの頃と違う」とボグダンは続けた。「俺も、迷いのなさを、選んでいる。考えるのを、やめている。だから、お前を、責めることはできない」
ドラガンは、何も言えなかった。
***
立ち上がって、出ようとした。
戸口でボグダンが言った。
「変わるな」
ドラガンは足を止めた。
「何があっても、お前はお前でいろ」
振り返れなかった。
何と言えばいいか、わからなかった。「わかりました」は嘘になる気がした。「変わりません」も、言えなかった。すでに、変わっている、ということを、ボグダンも、自分も、知っていた。ボグダン自身が、その夜、それを言ったばかりだった。
言えるのは、「変わるな、と言ってくださって、ありがとうございます」だったかもしれなかった。だが、その言葉も、出てこなかった。出せば、嘘ではないが、何かが、終わるような気がした。
廊下に出た。
扉を、ゆっくり閉めた。閉まる音が、できるだけ小さくなるように、手で支えた。
暗かった。ランタンが遠い。壁に手を当てて歩いた。手の平に、砦の冷たい岩の感触があった。岩は、冬に向かって、少しずつ、温度を失い始めていた。
(俺はまだ、お前でいるか)
答えは出なかった。
答えが出ないこと自体が、答えの一部かもしれなかった。
ドラガンは廊下を歩いた。歩きながら、ボグダンの「迷いのなさには、二種類ある」という言葉を、頭の中で、繰り返した。繰り返しながら、自分が、どちらの種類の迷いのなさを、選んでいるのか——確認するのが、怖かった。
確認しないまま、廊下の角を、曲がった。




