60話:出会い——パルチザン
案内されたのは、革なめし職人の作業場だった。
バザールから三本入った路地の突き当たりにある。昼間は職人の働く場所だが、夜は静かだ。革を鞣す匂いが、まだ建物の中に残っていた。古い革と、塩と、わずかな油の匂い。職人がいない時間でも、その匂いだけは、夜の中に残っていた。
若いエルフが扉を特定のリズムで叩いた。短く三回、間を置いて二回、また間を置いて一回。中から鍵の外れる音がして、扉が開いた。
地下へ降りる。石の階段を十二段。降りていく途中で、空気が涼しくなった。地下水の近さを、肌で感じる温度だった。
部屋があった。
十二人ほどがいた。エルフが三人。ドワーフが二人。ヒューマンが四人。オークが二人。もう一人——混血だった。ヒューマンとオークの血が混じった顔をした、小柄な女。顔のあちこちに古い傷の痕があり、その女が、テーブルの奥に座っていた。
部屋の壁に、ランタンが二つ。光は弱いが、顔は見える程度に調整されていた。
***
「ルシェンか」と女は言った。
「そうだ」
「座れ」
ルシェンは座った。テーブルを挟んで、女と向かい合った。他の十二人は、壁際に立ったまま、ルシェンを見ていた。
「メシャラから十四人を連れて、七日でここに着いた。途中で一人亡くなった。矢傷の熱が上がった」
ルシェンは何も言わなかった。女が自分の動向を知っていることに驚いたが、顔に出さなかった。誰から伝わったのか——おそらくシャヘルに入った日、宿を紹介した人物。あるいは門の衛兵か。あるいは、地図を売った商店の主人か。ひとつではない、複数の経路で、この組織は情報を集めている。
「川沿いの橋は全部落ちていた。どうやって渡した」
「筏を作った。上流の林から材木を取った」
「ドワーフの検問所は」
「情報を持っていた人間がいた。別の道を教えてもらった」
女が、その回答の細部を、聞き直さなかった。聞き直さないことが、すでに答えだった——女は、ルシェンが「別の道を教えた人物」を売らないことを、評価していた。
「なるほど」と女は言った。「七日で着いたのか。一人しか亡くなっていない。それは、少ない」
「一人でも多かった」とルシェンは言った。
女が少し間を置いた。それだけだった。否定もしなかった。同意の言葉も出さなかった。だが、ルシェンの言葉を聞いた、ということは、目に出ていた。
「ミラだ」と女は言った。「この組織の長をしている。パルチザンという」
ミラは、少し間を置いてから、別のことを聞いた。
「お前は、なぜ来た」
ルシェンは、その問いを想定していた。だが、用意した答えはなかった。用意した答えなら、ミラは見抜くだろう、と思っていた。
「シャヘルを、何日か歩いて、わかったことがあります。この街は、内側から壊れ始めている。バザールの諍いに、誰も介入しない場面を見ました。一年前と違う、と住民が言いました。観察するだけでは、その流れに、何の作用も及ぼせません」
ミラは聞いていた。
「だが、その先、何をすればいいかが、決まらなかった。決めるための材料が欲しかった。あなたが、それを持っているかもしれないと思いました」
「材料を、貰いに来た、と」
「貰えるなら」
ミラが、しばらくルシェンを見た。何かを、計算する目だった。
「わかった」とミラは言った。
***
「どうやったか聞かせろ。七日で十四人を連れて来た。どうやった」
「本を読んだ」
「どんな本だ」
「いろいろ」
ミラが笑わなかった。「いろいろ」とだけ言った。それ以上は聞かなかった。
ルシェンは少し、安堵した。聞かれれば、答えに困った。前世で読んだ、とは言えない。「いろいろ」で押し通せたのは、ミラがそれを許したからだった。
「うちのことはどこで知った」
「宿の隣部屋から声が聞こえた」
「何を聞いた」
「次の集まりがある、ということだけ」
「それで、ここまでどうやって辿り着いた」
「街で、若いエルフが話しかけてきた。場所と時刻を教えてくれた。お前たちの使いだろう」
「そうだ」とミラは言った。「最初に声を聞いてから、あいつが声をかけるまで、何日空いた」
「二日」
「その二日、お前は何をしていた」
「街を歩いていた。地区ごとに区画を確認していた」
ミラが少し頷いた。観察された二日間、ルシェンも観察していた、ということを、ミラは頭の中で確認していた。隣部屋の声が薄かったのか、宿の構造に問題があったのか——その辺りも、別の系統で、計算しているはずだった。
「この組織の原則を話す」と言った。「種族は問わない。ここにいる者を見ればわかるだろう。エルフ、ドワーフ、ヒューマン、オーク——全部混ざっている。種族で分けるのは奴らの論理だ。俺たちは人で選ぶ。腕があり、義理があり、隣で死ねるなら、何族でも関係ない」
ルシェンは聞いていた。
(正しい。だが——正しい理念が、正しいままでいられた組織の記録を、自分は知らない)
前世の文字の海から何かが来かけた。多民族の理念を掲げながら崩れていった組織の話が、複数ある。崩れるとき、最初に切るのはいつも内側の人間だ。仲間が、敵より先に、仲間を疑う。疑われた者が、自分を守るために、別の者を疑う。連鎖が始まると、組織の理念は、形だけ残って、中身を失う。
しかし、それを今言うことではない。
「わかった」とルシェンは言った。
***
「頼みがある」とミラが続けた。「シャヘルの三つの居住区に、それぞれの言語で警告を届ける必要がある。エルフ語、ドワーフ語、ヒューマン語の三つだ。同じ内容を、それぞれの言葉で。今この街で三つとも話せるのは、お前だけだ」
「警告の内容は」
「南区の市場倉庫に、ドワーフ民兵の武器が隠されている。三日後の夜明けに動く予定だ。各居住区の自警団に知らせれば、対処できる。それぞれの言語で、それぞれの区の連絡先に届ける」
「ドワーフ語で、ドワーフ民兵の動きを知らせる、ということですか」
「そうだ」とミラは言った。「ドワーフの居住区にも、民兵の動きに反対している者がいる。彼らに知らせれば、内側から止められる。種族で分けないというのは、そういうことだ。ドワーフは敵ではない。ドワーフ民兵が敵だ」
ルシェンは少しの間を置いた。
「決める前に、質問してもいいか」
「聞け」とミラは言った。
ルシェンは三つ聞いた。
ひとつ目。この組織は誰の指示も受けないのか。
二つ目。資金と物資はどこから来るのか。
三つ目。失敗した場合に仲間を守る手立てはあるのか。
ミラが三つとも答えた。短く、正確に。指示は受けない、独立した判断で動く。資金は商人からの寄付と、特定の作戦からの押収品。仲間を守る手立ては、保証はできないが、複数の隠れ家と、家族の避難経路は確保している。
答えが完全に満足できるものではなかった。特に三つ目——「保証はできない」という前置きが、現実を語っていた。だが曖昧にはしていなかった。ミラは、自分が答えられる範囲を正確に把握していて、その範囲を超えて言葉を増やさなかった。それは信頼できる態度だった。
ルシェンは立ち上がった。
「明日の朝、返事をする」
「明日の昼までに返事が来なければ、こちらで別の手を探す」とミラは言った。
ルシェンは頷いて、地下を出た。
階段を上がっていく間、ミラの言葉が頭の中で繰り返されていた。「ドワーフは敵ではない。ドワーフ民兵が敵だ」——それは、確かに、正しい言葉だった。




