58話:中央盆地領の交易都市
七日目の夜明け前に、一人を埋めた。
矢傷の老人だった。熱が六日目から上がり始めた。最初は微熱だった。夜になると上がり、朝になると少し下がる。それを二日繰り返した。七日目の夜、息が浅くなり、夜半過ぎに止まった。誰も気づかなかった。気づいたのは夜明け前、隣で寝ていた老婆だった——二日目の夕方に合流した一行の中の、傷を見てくれた老婆だった。
名前は聞いていた。メシャラに、最後の年に逃れてきた老人だった。北の村が焼かれて、村に流れてきた。村にいた時間が短く、ルシェンも、名前以上のことを、聞いていなかった。聞く時間がなかった。聞かないまま、死んだ。
街道を外れた土の柔らかい場所をベシムが掘った。深くは掘れなかった。地面が硬い場所だった。ルシェンが荷物の中から刃物を一本取り出して、目印として地面に立てた。誰かが小さく祈った。エルフ語の祈りだった。ルシェンは黙っていた。
列が動き始めた。
誰も振り返らなかった。振り返れば、もう一度埋めた場所を見ることになる。一度見れば足りる。それが、七日間で皆が学んだことだった。
***
午後、城壁が見えた。
石積みが高い。塔が三本ある。門が二つ。通りが街道に吸い込まれていく形をしている。メシャラの柵とは比べものにならない。
城壁の外まで、複数の言語の声が届いてくる。エルフ語の挨拶、ドワーフ語の呼び込み、ヒューマン語の値段交渉。一年前のメシャラのバザールが、十倍に膨らんだような音だった。
(まだ、だ)
ルシェンはその一語を胸にしまって、前を向いた。シャヘル。中央盆地領の最大の交易都市。まだ壊れていない。まだ煙が上がっていない。まだ、人が普通に通りを歩いている。
だが、いつまで「まだ」なのかは、わからない。
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門の前に衛兵が二人いた。ヒューマン語で通行の目的を聞いてきた。
「北から来た難民です。入市の許可を求めます」とルシェンはヒューマン語で答えた。
衛兵が列を見た。ベシムの大きな体が目に入った。
「オークか」
「同行者です」とルシェンは言った。「問題はありません」
衛兵がまだ止まっていた。一人がベシムを見て、もう一人がルシェンを見ていた。判断を保留している姿勢だった。
ルシェンは、一度ベシムの方を向いた。オーク語で短く言った。「お前は答えなくていい。俺が話す」。ベシムが頷いた。
それから衛兵に向き直って、ヒューマン語で続けた。
「彼の名はベシムです。メシャラに難民として身を寄せていた者で、村が襲われたとき、私の一行と一緒に南へ出ました。鍛冶場の手伝いもしてくれていました。武装はしていません。確認していただいて構いません」
衛兵の一人が、かすかに表情を変えた。ルシェンがオーク語をベシムに使ったこと、その上でこちらにはヒューマン語で正確に説明したこと——その手順に、僅かに、納得の色が混じった。
「エルフ語は話せるか」ともう一人の衛兵が聞いた。エルフ語で聞いた。
「話せます」とルシェンはエルフ語で答えた。「集団に危険な者はいません。老人と子供がいます。長老が怪我をしています。医療が必要です」
二人の衛兵が視線を交わした。短い視線だった。何かを判断するというより、互いの判断が一致していることを確認するための視線だった。
「通れ」
扉が開いた。
***
城内に入ると、バザールがあった。
広かった。複数の種族の屋台が並んでいる。複数の言語の呼び声が飛んでいる。様々な種族が石畳の上を行き交っている——一年前のメシャラがこうだったかもしれない、と思う光景だ。
ただ、よく見ると違った。
エルフの商人はエルフの客の前にいる。ドワーフの商人はドワーフの客に向いている。屋台は混在しているが、そこに立っている人間の視線は、自分と同じ種族の顔にしか向いていない。混じっているが、混ざっていない。
屋台の半分ほどは閉まっていた。閉まっている屋台の前を通り過ぎるとき、ルシェンは戸の掛け方を見た。閂が斜めにかかっているものがあった。戸の隙間から、片付け切れなかった布や干物の端が、覗いているものもあった。商売を終えてから整えて閉めたのではない。途中で、慌てて閉めた屋台が、いくつかあった。
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治療師のところへファトマを連れて行った。
バザールの北側の細い路地にある家だった。ドワーフの老人が戸を開けて、ファトマの状態を見て、すぐに中に入れた。何も聞かなかった。傷の場所と、運ばれてきた経緯を、見ただけで判断していた。
「外で待て」
ルシェンは廊下に出た。
石の壁に背中をつけた。目を閉じた。
七日間歩いてきた。一人を埋めた。橋を渡った。男を送り出した。狙撃手から逃れた。その全部が、立ち止まった今になって初めて体の重さになった。疲れというより、重さだ。ずっと動いていたから気づかなかった重さが、止まってから体に来た。
廊下の突き当たりに窓があった。外が見えた。シャヘルの屋根が見えた。まだ燃えていない屋根が、たくさんあった。
中から治療師の声がした。聞き取れなかった。ファトマの声は、何も聞こえてこなかった。それが何を意味するかは、考えないようにした。
ルシェンは壁に頭を預けたまま、動かなかった。
***
夜、一人で街を歩いた。
ファトマは治療師の家で休んでいた。ベシムが交代で付き添うと言ったので、ルシェンは外に出た。歩きたかった。歩きながら、シャヘルの形を、頭に入れたかった。
東区、西区、中央区、南区——地区ごとに建物の様式が変わる。建物が変わると同時に、通りを歩く顔も変わる。東区はエルフが多い。西区はドワーフが多い。中央区はヒューマンが多く、南区にはオークが集まっている。
地区の境界は、はっきりとは引かれていない。だが、歩いていると、いつ越えたかがわかる。建物の高さが変わる。窓の形が変わる。匂いが変わる。
途中で地図を売っている商店に寄った。主人がヒューマンの中年だった。「一年前はこうじゃなかった」と言った。「みんな、もっと混ざっていた。いつの間にか、固まるようになった」
「いつから、ですか」
「いつから、というのが、わからないんだ。気づいたら、こうなっていた」
ルシェンは地図を買った。シャヘルの内部図だった。地区の境界線が書いてあった。境界線の引かれ方が、主人の言葉と一致していた。
***
宿に戻ったのは夜更けだった。
廊下を通ると、隣の部屋から声が聞こえた。壁越しに、複数の声が低く話している。エルフの声とドワーフの声が混じっていた。普通の会話の混じり方ではなかった。打ち合わせの混じり方だった。
「次の集まりは——」
それだけ聞き取れて、あとは聞こえなくなった。声の主たちが、急に声を落とした。気づかれたと察したのかもしれない。
ルシェンは耳をそばだてた。隣の部屋は、もう静かだった。声を落としたのか、話を止めたのか、判断はつかなかった。どちらにしても、続きは聞こえてこなかった。
自分の部屋に入って、扉を閉めた。荷物を床に置いた。窓を見た。シャヘルの夜の街が、わずかな灯りで照らされていた。
ルシェンは、買った地図を広げた。隣の部屋の位置を、頭の中で確認した。




