56話:同じ顔の敵
四日目の夕方、別の廃屋に着いた。
廃屋の中に、七人がいた。
全員ヒューマンだった。老人が二人、夫婦が一組、若い男が三人。全員が痩せていた。食糧の底が近い顔をしていた。
ルシェンが入ったとき、七人は壁際に固まって動かなかった。武器を持っていない。逃げる体力もなさそうだった。一番手前の老婆が、震えながら、両手を上げかけた。
「北から来た」とルシェンは言った。「同じ方向に向かう。食糧を少し分ける。一緒に動けるか」
七人が頷いた。
老婆が、上げかけた手を下ろした。下ろすときに、わずかに笑った。安堵の笑いではなかった。笑いの形に顔が動いた、というだけだった。
荷物を下ろし始めた。分配の準備をしようとした。ルシェンが乾し肉の包みを開いた。
そのとき、カジミルが止まった。
七人の中の一人の男を見ていた。三十代ほどのヒューマンの男。カジミルの目が向いた瞬間、男が顔を少し背けた。
「こいつだ」
カジミルの声が変わっていた。
***
「村でエルフの家に火をつけた。俺はこの顔を見た。間違いない」
カジミルが男の前に立った。首元をつかんだ。男は振り払わなかった。硬直していた。
周囲に輪ができた。ベシムも、ヤンコも、ネマニャも動かなかった。輪が男を囲んでいた。
他の六人の中の一人——男の連れらしき老人——が、何か言おうとして、口を閉じた。言える立場ではないことを、すぐに理解していた。
「待て」とルシェンは言った。
「放せ」とカジミルが言った。
「待て」
「なんで——」
「この男を殺しても、死んだ者は戻らない」
言葉が来た。
言いながら、ルシェンは自分がどちらの理由で言っているのかわからなかった。正義として言っているのか。あるいは——殺した場合の問題が先に来ていたのか。血が出る。音が出る。七人がどう動くかわからない。一緒の道を行くと言ったばかりの集団が、夜営の前に一人を殺す。残りの六人が、明日からこちらをどう見るか。子供が、初めて人の死を、こんな形で見ることになる。集団が動揺する。そういう計算が、正義の言葉の下にあったのかもしれない。
わからなかった。わからないまま、続けた。
「今夜は俺がこの男と話す。明朝、どうするか決める」
カジミルが手を離した。力が抜けた、という感じだった。
男が床に座り込んだ。顔を上げなかった。
ルシェンはカジミルを見た。カジミルは何も言わなかった。だが、その目には「お前が決めるなら、決めろ」という色があった。決めた結果が間違っていたら、それを問う色も、混じっていた。
***
夜更け、廊下に出た。
男はすでにそこにいた。壁にもたれて座っていた。逃げてもいない。逃げる場所がなかった、というのもある。だが、それ以上に、逃げる気がない座り方だった。
ルシェンが向かいに立った。しばらく、どちらも黙っていた。
月明かりが、廊下の床に細く落ちていた。
「否定しないのか」とルシェンはやがて聞いた。
「——できない」と男は言った。
「なぜやった」
「あのときは——」男が言いかけた。止まった。しばらく考えてから、もう一度始めた。「みんなが動いていた。俺も、気がついたら動いていた」
「みんな、というのは」
「村の、ヒューマンの。普段、隣のエルフの家と挨拶を交わしていた。十年以上だ。ある日、誰かが声を上げた。それで動き出した。動き出したら、止まらなかった」
ルシェンは聞いていた。
(気がついたら動いていた。理由が人を動かして、動いた先に死が生まれる。それはわかる。だが理由は、やったことを消さない)
「家の中に、人がいたのか」
「いた」
「逃げたか」
「わからない」
男は、それ以上、何も言わなかった。聞かれなかったことは、自わから言わなかった。
ルシェンは、しばらく黙っていた。
「明朝、お前は別の道へ行け」とルシェンは言った。「同じ道に来るな」
「南の道は——」
「別の道だ。お前は東へ行け。あるいは西へ。南は、俺たちが行く」
男が黙って頷いた。
ルシェンが戻ろうとした。男が低い声で言った。
「三日ほど南に、ドワーフの検問所がある。昨日通ってきた。気をつけろ」
ルシェンは足を止めた。振り返らなかった。
「わかった」と言って、中に入った。
***
夜明けに男はいなかった。
残った荷物の脇に、男の分の食糧が、わずかに減っていた。多くは取らなかった。一日分にも満たない量だった。それで足りるかどうか、ルシェンにはわからなかった。
誰も見送らなかった。見送るべきかどうかを、誰も考えなかった。
カジミルは一晩眠れなかった顔をしていた。ルシェンも同じだった。
出発の準備が始まった。ルシェンはカジミルの隣に立った。何も言わなかった。カジミルも言わなかった。二人でしばらく、朝の街道を見ていた。
カジミルが小さく言った。
「お前が決めたなら、それでいい」
「決めたわけではない」
「お前が決めたんだ。決めなかったことにするな」
ルシェンは何も言わなかった。
カジミルの言うことが正しい、と思った。決めないことも、決めた、ということだった。あの男を殺さないことを、自分は決めた。決めて、生かして、東か西の道へ送り出した。男がその先で何をするか、それは自分の手の届かない場所にある。だが、生かしたことの責任の一端は、自分にある。
それから歩き始めた。
頬の傷が、朝の冷たい風で、少しだけ痛んだ。




