表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七つの国境、ひとつの故郷  作者: Jint
第2章:灰燼の種子

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/80

55話:焼けた橋

 三日目の午前、川に出た。


 橋があるはずの場所に、炭化した杭だけが残っていた。中央の橋桁が折れて水に沈んでいる。岸に焦げた端材が散らばっていた。風雨にさらされた跡は、まだ少ない。いつ焼かれたかは正確にはわからないが、ここ一週間以内だろう。


 川幅は十五歩ほど。流れが早い。腰まで水に入れば渡れなくはないが、子供と老人がいる。負傷した老人は、まだ熱を出していない。だが、水に入れば一気に弱る。


 (次の渡し場まで三日。食糧が持たない)


 ルシェンはルマの地図を確認した。三日分の迂回。残りの食糧では、そこまで届かない計算だ。三十人余りを、三日延長させる余裕は、初日の四日の見積もりにはなかった。


「戻るしかない」と誰かが言った。


「どこへ戻る」と別の声が返った。


「迂回する道が——」「三日かかる。その間の食糧は」


 声が重なった。


 誰も結論を出さなかった。出せなかった。出した者が責任を取る、ということを、皆、感じていた。


「材木はどこにある」とルシェンは言った。


 声が止んだ。


「上流に林が見えた。丸太と縄があれば筏を作れる」


 (前世の文字の海のどこかにあった。工兵の手記か、洪水の記録か。浮かんできたものを声にした。理屈はわかる。実際にできるかは、やってみなければわからない)


「やってみる」


 誰も反対しなかった。反対する材料を、誰も持っていなかった。


 ***


 丸太を三本切り出した。


 ベシムが一番太いものを一人で担いだ。木の幹がベシムの肩に乗ったとき、皆が一度、目を逸らした。重さがどれほどか、ベシムだけが知っていた。誰も、代わるとは言わなかった。代われる体が、列の中になかった。


 カジミル、ヤンコ、ネマニャが縄を出した。各自が荷物の中から、長さの違う縄を集めた。短い縄を結んで長くし、太い縄を裂いて細くした。


 ルシェンが組み方を指示した。「ここで結ぶ。中央の縄は二重にする。一度に乗るのは三人まで」


「本当に渡れるか」


「渡れなかったら作り直す」


 一時間以上かかった。


 手の皮が裂けた者がいた。袖を縛って続けた。木の節で爪が折れた者がいた。口で止めて続けた。誰も、痛みを言葉にしなかった。声にすれば、止まる気がした。


 川に出すと、流れに引かれた。上流側の縄を残った杭に結んで角度を保った。最初に渡ったのはルシェンだった。揺れた。端から水が入った。それでも沈まなかった。対岸に縄を投げた。受け取った者が引いた。


 一回、二回、三回。繰り返した。


 七回目に、ヤンコが落ちた。


 水音がして、叫び声が上がった。ベシムが腕を伸ばしてヤンコの腕をつかみ、引き上げた。引き上げる動作に、迷いがなかった。考えてから動いたのではない。動いてから、考えが追いついた。ヤンコは筏の上で、しばらく息を整えていた。


 筏が川の中で止まった。砂地に乗り上げていた。ルシェンが棒で底を突いた。一度では動かなかった。もう一度突くと動いた。


 全員が渡り終えた。


 最後に渡ったのはベシムだった。ベシムが対岸に着いたとき、誰かが小さく息を吐いた。誰の息か、わからなかった。


 ***


 対岸に着いた。ルシェンは筏をつないだ縄を見た。


「切る」と言った。


「戻れなくなる」とカジミルが言った。


「戻らない。前にしか行かない」


 カジミルが間を置いた。


 しばらくルシェンを見ていた。それから縄を取り出した。切った。


 筏が流れに乗った。回りながら、ゆっくりと下流へ消えた。


 誰も何も言わなかった。


 ルシェンは、消えていく筏を、最後まで見ていた。あの筏は、自分たちが組み立てたものだった。三十人余りを、川の向こうから、こちらへ運んだ。役目を終えて、川下へ流れていった。


 (道具は、役目を終えれば流れる。人はそうはいかない)


 誰のための言葉でもなかった。自分のためですらなかった。ただ、頭の中に来た。


 ***


 川からほど近い廃屋で夜を過ごした。屋根が半分残っていた。床に枯れ草を敷いた。


 炉の跡があった。灰に手を近づけると、かすかに熱が来た。


 (昨日か、一昨日か)


 誰かが最近ここで火を焚いた。今はいない。それだけわかった。


 灰から手を離した。何も言わなかった。


 ベシムが入口の脇に座って、外を向いていた。眠るつもりがない座り方だった。ルシェンは、それを見て、自分も同じ側に座った。二人で、夜の外を見ていた。


 川の音が、遠くから聞こえていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ