47話:ノームの十日間
最初に聞いたのは、商人からだった。
「北の方でノームと連邦の兵がやり合ったらしい」
ファトマの宿に立ち寄った行商人が、飯を食いながら言った。確認した話ではないと断ってから言ったので、ルシェンも黙って聞いた。ポケットの奥に、折りたたまれた紙の感触がある。ルマが渡した地図だ。
その日は、それだけだった。
***
三日後、別の話が来た。
今度は急使ではなく、荷車を引いてきた夫婦が宿で話した。「連邦の兵が動いた。ノームの国境に向かった。でも、すぐに止まったらしい」。止まった理由は、夫婦も知らなかった。
二日後、また来た。「ノームが連邦に正式な離脱通知を出した。連邦議会は拒否した。だが、兵を動かすだけの余力があるかどうか」。
三日後、最後の話が来た。
「十日で終わった。連邦軍が引いた。ノームが独立を宣言した」
それだけだった。
十日間。どこかで戦いがあって、どこかで人が死んで、十日で終わった。連邦の一部が切り離された。
ルシェンはその話を宿のカウンター越しに聞きながら、何も言わなかった。
ただ、腹の底で何かが静かに落ちた感覚があった。驚きではなかった。来ると知っていたものが、来た感覚だった。
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その夜、一人で鍛冶場の裏手に出た。
月が出ていた。
数字が頭の中にある。ルマが言った数字。「三年以内だ」。前世の記憶の中にある数字。「七年かけて崩壊した」。
どちらが正しいかではない——と、以前も思った。
だが今夜は、別の問いが来た。
(最初の一つが外れた。次は何が外れる)
ノームが独立した。最初の一つだ。小さいが、確かな一つだ。一つが外れると——次も外れやすくなる。それが連鎖というものだ。夢の中で見た、砕けていく地図のように。一つの色が細く裂け、別の色が侵食し、境界線が増殖していく。
あの地図は夢だった。だが今夜、ノームの独立は夢ではない。
月が雲に入った。スポメニックの黒い輪郭が、暗くなって見えなくなった。
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翌日、ファトマに報告した。
「ノームが連邦から出た」
「知っている」
「次は、どこだと思いますか」
ファトマが少し間を置いた。
「エルフか、ドワーフか」と言った。「どちらが先かは分からない。だが、どちらかが出れば、もう一方も続く。そういう流れになっている」
「この村は、どうなりますか」
「交差点にある村は——」ファトマが杖の先を床に当てた。「どちらの側からも、必要とされるか。どちらの側からも、邪魔にされるか。そのどちらかだ」
「どちらの場合の方が多いですか」
ファトマは答えなかった。
答えないことが、答えだった。
***
二日後、通りかかった使者の荷物の中に、新しい地図が入っているのを村人の一人が見た。使者が水を飲んでいる間に、少しだけ見せてもらえた。
ルシェンも見た。
見知った地図の形だ。交易路の走り方、山の配置、河川の流路——知っているものだ。だが境界線が違った。ノームの自治区を示す線が、前に見た地図では点線だった。今日の地図では、実線になっていた。
点線は「予定」だ。実線は「決定」だ。
それだけの違いだ。線の種類が変わっただけだ。だが線が変わった後の世界は、前の世界とは違う。
使者が水を飲み終えて、地図を荷物に戻した。馬に乗り、交易路を北へ向かった。
ルシェンは地図が去った後の、何もない空間を見ていた。
***
翌朝、村の北の入り口から、馬蹄の音が聞こえた。
二頭。
ルシェンが鍛冶場の窓から見ると、武装した騎馬が二人、村の中央の通りをゆっくりと進んでいた。止まらない。話しかけない。ただゆっくりと、村を通り抜けていく。
緑と白の紋章。エルフの民兵の記章だった。
二人が村を通り抜けて、南の街道へ消えた。
蹄の音が遠くなり、消えた。
鍛冶場の中が、また静かになった。ルシェンは窓から離れ、炉の前に戻った。火は燃えていた。金床が作業台の横に、重く、黙って、置かれていた。




