46話:別離
夜明け前から、音がしていた。
ルシェンは眠れていなかった。眠れないまま横になって、通りの向こうの音を聞いていた。荷車の軋み。木の箱の角が何かに当たる音。リューバの低い声。ティセラの父の短い答え。
空が白んでくる頃、ルシェンは鍛冶場に入った。
炉に火を入れた。火が点いた。それを見た。それだけをした。今日は何かを打つ気になれなかった。炉の前で、火を見ていた。
炎がぱちりと爆ぜた。
朝日が窓から差し込んできた。
***
戸が開いた。
ティセラだった。両腕に、巻物の束を抱えている。束は厚かった。手持ちのものよりずっと多い。近づいてくる顔が、眠れていない顔だった。ルシェンと同じ顔だった。
「受け取ってほしい」とティセラは言った。
巻物の束を差し出した。ルシェンが受け取った。重かった。
「この村の記録だ。家々の名前。住民の顔。路地の幅。市場の商品の記録。祭りの次第。スポメニックの形。あなたが教えてくれたことも、全部入っている」
「俺が、持っていていいのか」
「あなたが一番、使い方を知っている」
ティセラが言った。ルシェンは巻物の束を作業台に置いた。
***
ティセラが懐に手を入れた。小さなものを取り出した。
銀の髪飾りだった。小さな細工が施された、細い銀の飾り。シンプルだが、丁寧に作られている。ティセラがずっと持っていたものだ。渡すのではなく、ただ見せた。
「覚えている」とティセラは言った。
それだけ言った。
以前の約束の言葉だった。「もし全部がだめになっても。俺たち三人のことは、覚えていてくれるか」というルシェンの問いへの、「覚えている。一字一句。覚えているわ」という返答。その続きだった。今もまだ覚えている、という宣言だった。
ルシェンは口を開いた。
何かを言おうとした。礼でも、返答でも、ティセラへの言葉でも。何かが来かけて、来なかった。形にならなかった。金属の声は聞けるのに、こういう場所での言葉の声は、いつも来るのが遅かった。
「ティセラ」と声を出した。名前だけ出た。
外から、父の声がした。「ティセラ。時間だ」
ティセラが巻物の束をルシェンの手に押しつけた。指先が冷たかった。
「元気でいて」と言った。返事を待たなかった。
戸口から出ていった。
***
鍛冶場の入り口に立った。
荷車が動き始めていた。リューバが御者台に座り、ティセラの父が手綱を持っていた。ティセラは荷台の端に座って、前を向いていた。
荷車がゆっくりと交易路に出た。南へ——いや、北へ向かった。北の街道を行く。
ルシェンは入り口に立っていた。
ティセラが一度だけ振り返った。
手は上げなかった。視線だけが来て、視線だけが去った。荷車が通りの角を曲がった。蹄の音が遠くなった。石畳の音が遠くなった。聞こえなくなった。
交易路に、ルシェンだけが立っていた。
どれくらいそうしていたかわからない。炉の火が勢いを増す音がして、鍛冶場の中に戻った。
***
作業台の上に、巻物の束があった。
一番上の巻物を取った。紐をほどいた。広げた。
ティセラの字だった。几帳面で、均整がとれた字。一字一句、正確な字。その字で、最初の一行が書いてあった。
「メシャラ村は、かつて五つの種族が共に生きた場所だった」
過去形だった。
ティセラはまだ村にいた頃に、これを過去形で書いた。出発する前から、終わったこととして書いた。語り部として、すでに歴史として書いた。
ルシェンは巻物を閉じた。紐を結んだ。束の中に戻した。
炉の火が燃えていた。




