41話:焼かれた旗
煙の匂いで目が覚めた。
夜明け前だった。書室の窓から外を見ると、広場の方に赤みがある。火の色だ。
ティセラは上着を羽織って階段を駆け下りた。表に出ると、もう数人が広場に向かって走っていた。何があったか聞く間もなく、ティセラも走った。
広場の中央に、煙が上がっていた。
連邦旗の旗竿の根元から、旗が燃えていた。いや——燃えかけていた。すでに誰かが水をかけていた。桶を持った男が二人、交互に水を掛けている。火はすぐに消えた。
消えた後に残ったのは、旗の残骸だった。
黒ずんだ布の切れ端。金と青の連邦の紋章が辛うじて見えるが、ほとんどが焼け焦げていた。全体の三分の二は灰になっていた。
「誰がやったんだ」
誰かが言った。答える者がいなかった。集まった人々が旗の残骸を見ている。夜明け前の暗い広場で、焦げた匂いの中で、誰も何も言わなかった。
***
夜明けが来た。
空が白む前に、ティセラは広場に戻った。
広場の東側に、旗が立っていた。
緑と白。樹の紋章。エルフの旗だ。
広場の西側にも、旗が立っていた。
金と黒。金槌の紋章。ドワーフの旗だ。
どちらも、新しい布で作られている。縫い目が綺麗だ。旗竿も新しい。昨日まではなかった。
これを夜のうちに準備して、夜が明ける前に立てた者がいる——ということだ。
連邦旗が燃やされることを知って、その後に立てる旗を用意していた者がいる。
ティセラはその事実を、頭の中で一度繰り返した。繰り返してから、広場を見た。
東と西に、旗が一本ずつ。
中央には、焼けた旗竿だけが残っていた。
***
ファトマが出てきた。
白い頭巾。杖。曲がった背中。いつものファトマだ。ファトマは広場に立ち、東の旗と西の旗を交互に見た。
何も言わなかった。
言えないのではない、とティセラには見えた。この状況に、言葉を当てることに意味がないと知っている顔だった。政治でも判断でも怒りでもなく、ただ何かを記憶しようとしているような目で、ファトマは広場に立っていた。
やがてファトマが踵を返して歩き始めた。ティセラは声をかけなかった。
東の旗と西の旗が、それぞれの方向に揺れていた。
***
書室に戻り、ティセラは巻物を広げた。
記録する。語り部は記録する者だから。
「今日の夜明け前、広場の連邦旗が焼かれた。消火により全焼は免れたが、旗の形は残らなかった。夜が明けると、広場の東側にエルフの民族旗が、西側にドワーフの民族旗が立てられていた。どちらも新しい布で作られており、事前に準備された可能性が高い。放火者の名乗り出はない。ヒューマンの旗はない。オークの旗もない」
筆を置いた。
少し考えた。続きを書いた。
「この日、メシャラ村は事実上、二つになった」
外に足音がした。
ルシェンだった。
書室の戸口に立って、ティセラを見た。二人の目が合った。
「見たか」とルシェンが言った。
「見た」とティセラが答えた。
それ以上、二人は何も言わなかった。
広場の方から、二本の旗が風に揺れる音がした。別の方向に揺れる音が、別々に聞こえた。
***
その日の午後、ヒューマンの農夫の家族が荷物をまとめて南に向かった。
夫婦と子供二人。荷車に積み込んで、交易路を南へ。ルシェンが広場から見ていた。
「どこへ」と声をかけると、農夫が答えた。
「帝都の近くに、親戚がいる。しばらく、そちらに」
「そうですか」
「またこの村に——」
農夫が言いかけて、止めた。「またいつか」と言いかけて、その言葉を飲み込んだように見えた。
荷車が動き出した。子供の一人がティセラに手を振った。ティセラが手を振り返した。
メシャラ村から最初に出た住民だった。




