表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七つの国境、ひとつの故郷  作者: Jint
第1章:黄金の揺籃

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/80

41話:焼かれた旗

 煙の匂いで目が覚めた。


 夜明け前だった。書室の窓から外を見ると、広場の方に赤みがある。火の色だ。


 ティセラは上着を羽織って階段を駆け下りた。表に出ると、もう数人が広場に向かって走っていた。何があったか聞く間もなく、ティセラも走った。


 広場の中央に、煙が上がっていた。


 連邦旗の旗竿の根元から、旗が燃えていた。いや——燃えかけていた。すでに誰かが水をかけていた。桶を持った男が二人、交互に水を掛けている。火はすぐに消えた。


 消えた後に残ったのは、旗の残骸だった。


 黒ずんだ布の切れ端。金と青の連邦の紋章が辛うじて見えるが、ほとんどが焼け焦げていた。全体の三分の二は灰になっていた。


「誰がやったんだ」


 誰かが言った。答える者がいなかった。集まった人々が旗の残骸を見ている。夜明け前の暗い広場で、焦げた匂いの中で、誰も何も言わなかった。


 ***


 夜明けが来た。


 空が白む前に、ティセラは広場に戻った。


 広場の東側に、旗が立っていた。


 緑と白。樹の紋章。エルフの旗だ。


 広場の西側にも、旗が立っていた。


 金と黒。金槌の紋章。ドワーフの旗だ。


 どちらも、新しい布で作られている。縫い目が綺麗だ。旗竿も新しい。昨日まではなかった。


 これを夜のうちに準備して、夜が明ける前に立てた者がいる——ということだ。


 連邦旗が燃やされることを知って、その後に立てる旗を用意していた者がいる。


 ティセラはその事実を、頭の中で一度繰り返した。繰り返してから、広場を見た。


 東と西に、旗が一本ずつ。


 中央には、焼けた旗竿だけが残っていた。


 ***


 ファトマが出てきた。


 白い頭巾。杖。曲がった背中。いつものファトマだ。ファトマは広場に立ち、東の旗と西の旗を交互に見た。


 何も言わなかった。


 言えないのではない、とティセラには見えた。この状況に、言葉を当てることに意味がないと知っている顔だった。政治でも判断でも怒りでもなく、ただ何かを記憶しようとしているような目で、ファトマは広場に立っていた。


 やがてファトマが踵を返して歩き始めた。ティセラは声をかけなかった。


 東の旗と西の旗が、それぞれの方向に揺れていた。


 ***


 書室に戻り、ティセラは巻物を広げた。


 記録する。語り部は記録する者だから。


 「今日の夜明け前、広場の連邦旗が焼かれた。消火により全焼は免れたが、旗の形は残らなかった。夜が明けると、広場の東側にエルフの民族旗が、西側にドワーフの民族旗が立てられていた。どちらも新しい布で作られており、事前に準備された可能性が高い。放火者の名乗り出はない。ヒューマンの旗はない。オークの旗もない」


 筆を置いた。


 少し考えた。続きを書いた。


 「この日、メシャラ村は事実上、二つになった」


 外に足音がした。


 ルシェンだった。


 書室の戸口に立って、ティセラを見た。二人の目が合った。


「見たか」とルシェンが言った。


「見た」とティセラが答えた。


 それ以上、二人は何も言わなかった。


 広場の方から、二本の旗が風に揺れる音がした。別の方向に揺れる音が、別々に聞こえた。


 ***


 その日の午後、ヒューマンの農夫の家族が荷物をまとめて南に向かった。


 夫婦と子供二人。荷車に積み込んで、交易路を南へ。ルシェンが広場から見ていた。


「どこへ」と声をかけると、農夫が答えた。


「帝都の近くに、親戚がいる。しばらく、そちらに」


「そうですか」


「またこの村に——」


 農夫が言いかけて、止めた。「またいつか」と言いかけて、その言葉を飲み込んだように見えた。


 荷車が動き出した。子供の一人がティセラに手を振った。ティセラが手を振り返した。


 メシャラ村から最初に出た住民だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ