38話:最後の市場
月の初めの大市は、夜明け前から始まる。
露台を組む音。幌を張る音。荷車の軋み。夜露に濡れた石畳を踏む靴の音。これがいつもの大市の音だった。ルシェンが早朝に広場に着いたとき、その音が半分しかなかった。
立っている露台の数を数えた。確保してある場所の半分しか使われていない。空の台が並んでいる。幌もない。木の枠だけが、骨のように立っている。
(いつもの半分も来ていない)
エルフの薬草商の常連の台が空だった。ドワーフの工具商の場所も空だった。代わりに、その隣のヒューマンの農夫が来ていて、穀物の袋を並べていたが、両隣が空では場違いな感じがした。
「北の方は路が不安定らしい」と農夫が言った。聞いてもいないのに。「仕方ないよ。今は」
仕方ない。その言葉が、今の村でいちばんよく使われる言葉になっていた。
***
昼前になっても、空の台は埋まらなかった。
ルシェンが広場を一周したとき、ファトマが市場の端を歩いているのを見た。白い頭巾。杖。曲がった背中。いつもより足取りが遅い気がした。
「ファトマさん」
振り返った。「ああ、ルシェン。手伝いか」
「少し。でも、客が少なくて」
ファトマがゆっくりと空の露台の列を見渡した。見ながら歩く。ルシェンが並んで歩いた。
「五十年」とファトマが言った。「この市場は五十年続いた」
「はい」
「エルフの香辛料が並んでいた。ドワーフの工具が並んでいた。ヒューマンの穀物が並んでいた。オークの皮細工も、たまに来た。みんな違うものを持ってきて、みんなが欲しいものを交換して帰った。それが市場だった」
ルシェンは黙って聞いた。
ファトマが足を止めた。空の台の前だった。
「市場が死ぬとき、町も死ぬ」
「なぜですか」
ファトマが少し間を置いた。
「市場が生きているとき、人は交わる。交わるとき、人は同じ人間だと思える。市場がなくなると——交わる理由がなくなる。理由がなくなると、違いだけが残る」
ルシェンは空の台を見た。
違いだけが残る。旗が立ち、登録書類が来て、使者が行き交う村に、今は違いの方が多かった。
***
正午前、残っていた商人たちも早々に片付けを始めた。
買う客が少なかった。商人は売れなければ帰る。今日は帰るのがいつもより二時間早かった。幌が外され、荷車に積まれ、一台ずつ広場から離れていく。
ルシェンはその片付けを手伝いながら、広場が空いていくのを見ていた。
最後の荷車が出ていった。
広場が静かになった。
ルシェンは一人で広場の中央に立った。足元を見た。
野菜の葉が一枚落ちていた。
先月の大市のあとは、葉が踏み散らかされて泥だらけになるほど落ちていた。売り買いの熱気で人がぶつかり合い、子供が走り、老人が押し合う市場のあとの地面だった。
今日は一枚だった。
一枚だけ、広場の石畳の上に残っていた。
同じ場所なのに、先月と同じ場所には見えなかった。




