32話:皇帝崩御
夜明け前に炉に火を入れていた。
鍛冶場の戸が薄く開いている。夏の終わりの朝は、まだ薄暗くても空気に温みがある。外の石畳に、夜露が光っている。
蹄の音が聞こえたのは、その光が白んでくるかどうかという頃だった。
馬一頭。速い。通常の旅人や商人の速さではない。急使の走り方だ。ルシェンは炉から手を離し、戸口に立った。
交易路を駆けてくる馬が見えた。騎手は赤と金。帝都の紋章。
馬はファトマの家の前で止まった。騎手が降り、戸を叩いた。
ルシェンは炉の前に戻った。火を見つめた。
(来た)
確信だった。驚きではなかった。この日が来ることを、ルシェンはずっと前から知っていた。名前のある恐怖として知っていた。知っていながら、来るなと祈っていた。しかし祈りが叶わないことも知っていた。
しばらくして、鐘楼の方から音が聞こえた。
一度。
二度。
三度。
そこで止まるかと思った。三の鐘は重病の知らせだ。
四度、鳴った。
鍛冶場の中で、金槌が作業台から転がり落ちた。ルシェンが手を離したからだ。炉の火が揺れた。四つ目の鐘の音が鍛冶場の石壁に染み込むように消えた後、村全体が静まり返った。
***
広場に人が集まった。
各家の戸が開き、人々が出てきた。老人も子供も、まだ寝間着のままの者もいた。誰が呼んだわけでもない。四つの鐘が、それぞれの家に「出てこい」と告げた。
ルシェンが広場に着いたとき、すでに百人近くが集まっていた。
無言で立っている。
ルシェンは広場を見渡した。
エルフは広場の左側に集まっていた。自然に。指示されたわけではなく、気づいたら同じ側に立っていた。ドワーフは右側だった。ヒューマンは中央。オークは、少し迷うように端の方に立っている。
これまでの村の集会では、そういう分かれ方はしなかった。少なくとも、こんなにはっきりとは。年に一度の全種族の追悼——その最初の瞬間から、村はすでに三つに分かれていた。
ファトマが広場の中央に立った。白い頭巾、杖、曲がった背中。手に紙を持っている。急使が持ってきた文書だろう。
広場が静まり返った。
「皆さんに、お知らせがあります」
ファトマの声は小さかったが、広場全体に届いた。
「連邦の父、種族なき皇帝ゼノヴァルは、今朝未明、帝都にて崩御されました」
鐘の音で知っていた。分かっていた。それでも、言葉になると違った。
広場の誰かが息を飲んだ。どの種族の誰かは見えなかった。
「陛下は七十三年の御生涯を全うされました。連邦の礎を築かれ、兄弟愛と統一の理念のもとに、五つの種族が共に歩む道を示されました。謹んでご冥福をお祈りします」
ファトマが頭を下げた。広場の人々が頭を下げた。スポメニックの方角を向いている者が多かった。
沈黙が落ちた。
ルシェンは頭を下げながら、広場を見た。
エルフの老人が静かに泣いていた。音もなく、肩を揺らして。ゼノヴァルの時代を生きた世代だ。連邦が生まれる前の時代も知っている。その老人にとって、皇帝の死は何十年かの信頼の終わりだろう。
ドワーフの男たちは顔を前に向けていた。泣いてはいない。表情がない。顎が微妙に上がっている。頭を垂れているが、完全には垂れていない。
ヒューマンの主婦が隣の者の手を握っていた。握り返されていた。
ルシェンはどちら側でもない場所に立っていた。
***
その日の夜、村の空気が変わった。
エルフの家々の灯りが早く消えた。戸が閉じられ、窓の布が降りた。密かに話し合いをしているのだと、ルシェンには分かった。何を話し合っているのかは、推測できた。
ドワーフの男たちは逆だった。夜が深まっても声がした。囁き声ではなく、低く抑えた声で、だが複数が集まって話している声だ。通りを一人の男が早足で歩いていくのを、ルシェンは窓から見た。伝令のような足取りだった。
ヒューマンの家は静かだった。静かすぎた。何かを待っているような静けさだった。
嵐の前の静けさとは、こういうものだろう。昨日まではなかった息を詰めたような重さが、村の空気に満ちている。
***
夜遅く、ルシェンは鍛冶場の裏手に出た。
炉の火は落ちている。昼に入れた火が、今は灰になっている。余熱だけが残っていた。手をかざすと、石の隙間から微かな温みが返ってくる。それだけだ。
月が出ていた。夏の終わりの月が、鍛冶場の屋根の向こうから白く照らしている。
遠くにスポメニックが見えた。幾何学的な黒い輪郭が、月光の中に浮かんでいる。抽象的な形。どの種族の名前も刻まれていない碑。誰のものでもない碑。
前世の記憶が、静かに浮かんできた。
押し寄せるのではなく、漂うように。
カリスマの指導者が逝き、強権で抑え込まれていた対立が解放された——
いくつもの民族、いくつもの境界線——
男が死んだ後に、国が壊れた——
その後、国は七年かけて崩壊した。七年。
七年という数字が頭の中に浮かんだ。この世界の連邦も同じ速度で壊れるとは限らない。もっと早いかもしれない。もっと遅いかもしれない。だが方向は——同じだ。
(知っていた)
丸括弧の中の声が、誰のものかわからない形でそこにあった。
(ずっと知っていた。名前も知っていた。仕組みも知っていた。なのに——これからどうする)
答えは来なかった。
月が雲に入った。スポメニックが暗くなった。ルシェンは手を鍛冶場の石壁に当てた。冷たい。余熱はもう届かない。炉は完全に冷えていた。
ファトマの言葉が蘇った。才能が使える場所が消えていっている。使える場所がなくなる前に——考えておけ。
なにを考えれば、いいのか。
ルシェンは空を見上げた。月が雲から出た。スポメニックがまた白く浮かんだ。誰のものでもない碑が、誰も答えをくれない夜に、静かに立っていた。
***
翌朝。
交易路に馬の足音が増えた。
北から南へ。南から北へ。旅人の馬ではない。商人の馬でもない。急いでいる。紋章をつけている。各自治領の紋章。帝都の紋章。見たことのない紋章もあった。
使者たちが行き来している。何かを伝えている。何かが動き始めている。
ルシェンは鍛冶場の戸口に立って、交易路を見ていた。
炉にはまだ火が入っていない。今日もまた火を入れる。今日も、まだ火を入れられる——そのことに、ルシェンは昨日と同じように気づいていた。
だが昨日と一つだけ違うことがあった。
昨日は「それがまだ、できるうちは」と思った。今日は、「あとどれだけできるのか」と思っていた。




