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七つの国境、ひとつの故郷  作者: Jint
第1章:黄金の揺籃

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27話:境界線

 石が並んでいた。


 村の東外れの農地。エルフとドワーフの耕作地が隣り合う一帯に、拳ほどの大きさの石が一列に並べられていた。真っ直ぐ、丁寧に。誰かが時間をかけて置いたものだ。先週まではなかった列だ。


 その列を挟んで、両側に人が立っていた。


 東側はエルフの自警団。農夫が六人、若い男が二人。手に持っているのは農具だが、握り方が農作業のそれではない。西側はドワーフの自警団。鉱夫が五人、鍛冶職人が三人。ツルハシと槌。これも農具ではない使い方をしている。


 正式な組織ではない。どちらも。先月あたりから自然に集まり始めた見張り組だとルシェンは聞いていた。理由は「治安のため」だと言う者もいれば「境界を守るため」だと言う者もいた。だが何を守るための境界なのかを、誰も正確には言わなかった。


 ルシェンは農地の入り口で立ち止まっていた。鍛冶場への帰り道にここを通りかかったのは偶然だった。だが、二十人近い男が石の列を挟んで睨み合っている光景は、通り過ぎられるものではなかった。


 ***


「失礼します」


 ルシェンは石の列に近づいた。


「事情を聞かせてもらえますか。何があったんですか」


 エルフの自警団長——名はレムコという、四十代の農夫だ——が振り向いた。ルシェンを一瞥する。ヒューマン。村の鍛冶場で働いている若い男。長老との縁もない、どの種族の評議会にも属さない男。その認識が顔に浮かんで、消えた。


「ヒューマンは引っ込んでいろ。これはエルフとドワーフの問題だ」


 ドワーフの自警団長——鉱夫のヴォイカという男——も振り返った。


「お前には関係ない」


 両方から言われた。


 ルシェンは一度引いた。だが、引いた先でもう一度考えた。


(俺に関係があるかどうかは、俺が決める)


 もう一歩前に出た。


「ボグダン師匠の工房で働いています。ルシェンと言います。双方のお話を聞くだけでいい。何があったかを、両方の言葉で聞かせてください」


 レムコが眉を動かした。ボグダンの名前が効いたのかもしれない。しかし言葉は出てこなかった。ヴォイカが先に口を開いた。


「お前には教えない。帰れ」


 声が低かった。怒鳴っているわけではない。それだけに、「これ以上は動くな」という意味が明確だった。


 ルシェンはまた一歩引いた。今度は引いたまま、動けなかった。どちら側にも立てない。どちらの言葉も持っていない。石の列の外に、居場所があるとすれば、そこしかない。


 ***


「ちょっとよろしいですか」


 声が後ろから来た。


 白い頭巾。杖。曲がった背中。ファトマだった。


 ファトマは誰にも断らずに石の列に近づいた。両側の男たちが道を開ける。押しのけたわけではない。自然に開いた。小柄な老女の前で、二十人近い男が左右に割れた。


「レムコ。ヴォイカ」


 ファトマは二人の名前を呼んだ。親の声のような呼び方だった。


「話があるなら、長老会議に申し出なさい。今日中に受け付けます。この場では何も決まらない。解決するなら会議の席で。そうでなければ、今夜はここで何もするな」


 しばらく沈黙が続いた。


 先に動いたのはドワーフ側だった。ヴォイカが槌を肩に担ぎ直し、仲間に顎をしゃくった。エルフ側も、しばらくしてから散り始めた。石の列だけが残った。


 ルシェンはその一部始終を見ていた。


 ファトマにできたことが、自分にはできなかった。なぜか。年齢か。立場か。それとも——


(俺が何者でもないから、か)


 ***


 帰り道、ドラガンと一緒になった。


 どこで見ていたのか、少し離れた場所からドラガンも農地の方を見ていたらしかった。何も言わずに並んで歩く。路上の石畳が夕暮れの光を受けて赤く染まっている。


「俺は入れなかった」


 ルシェンが言った。


「俺もだ」


 ドラガンが静かに答えた。


「エルフとドワーフの話には、ドワーフの俺も入れない。ドワーフの側には立てる。でも——」


「でも?」


「立ちたくなかった。今は、まだ」


 今は、という言葉がルシェンの耳に引っかかった。今はまだ、ということは、いつかは立つかもしれない、ということだ。聞き返そうとして、やめた。


 交易路まで出たところで、ファトマが後から来た。


「ルシェン」


 杖の音が石畳に響く。ドラガンは一歩引いた。


「少しいいか」


 ファトマがルシェンの隣に並んだ。歩きながら、小さな声で言った。


「お前には才能がある」


「でも、俺には何もできなかった」


「そうだ。今のお前には何もできない。だが——それは、お前の才能が足りないからではない」


 ファトマが立ち止まった。白い頭巾の下から、深い皺の刻まれた顔が夕暮れに浮かんでいる。


「その才能が使える場所が、今、消えていっている。才能は正しい場所があって初めて使える。場所が消えれば、才能も消える。お前の問題は才能ではない。時間だ。使える場所がなくなる前に——考えておけ」


 言い終えて、ファトマは先に行った。杖の音が遠ざかる。


 ルシェンは夕暮れの交易路に立ったまま、しばらく動けなかった。


 ***


 翌朝。


 東外れの農地を通ったとき、昨日の石の列に木の杭が打ち込まれていた。一メートル間隔で、地面にしっかりと打ち込まれた杭。昨晩の間に、誰かがそれだけの時間と労力をかけた。


 境界線は、石の列から杭の列になった。


 ルシェンは通り過ぎた。振り返らなかった。


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