26話:祭りの夜
去年より、出店が少なかった。
初夏の村祭りは、年に一度の全種族合同の催しだ。広場に各種族の屋台が並び、バザールが拡張され、夜には焚き火を囲んで酒を飲む。去年のことをルシェンはよく覚えている。エルフの楽師が笛を吹き、ドワーフの職人が陶器を並べ、ヒューマンの主婦たちが手作りのパンを売り、オークの旅人が通りがかりに輪に加わって、いつの間にか夜中まで踊っていた。
今年は違う。
エルフの行商人の顔がいくつかない。ドワーフの金物商も出店を一つ減らしている。広場は賑わっているが、ルシェンの目には去年より狭く見えた。人が減ったわけではない。広がり方が違う。種族ごとのかたまりが、去年より少しだけ、はっきりしていた。
だが酒は出た。夜が深まるにつれて、声が大きくなった。
***
騒ぎが起きたのは夜の三刻頃だった。
広場の中ほどで、人の輪ができていた。輪の中心に二人いる。エルフの中年男性と、ドワーフの壮年男性。どちらも酒で顔が赤い。
「エルフは高慢だと言っている」
「ドワーフに高慢と言われる筋合いはない」
「俺が言ったんじゃない。お前たちのやっていることが、そう見えると言っている」
「何をやっているというんだ」
最初は酒の席の口論だった。誰かの樽酒の量が足りなかったとか、席の取り方が悪かったとか——そういう些細な発端があったはずだ。だが、気づいたときにはもう、「エルフ」と「ドワーフ」という言葉が飛び交っていた。
周囲に人が集まり始める。野次馬が輪を作る。子供たちも端の方に押しやられていた。
ルシェンは輪の外から見ていた。仲裁に入るべきかどうか、一瞬考えた。
(考えている場合ではない)
前に出た。
「まあまあ、祭りですし。続きは明日にしませんか」
エルフの男がルシェンを見た。一瞬、誰だこいつという顔をして、次の瞬間、ヒューマンだと認識した。その認識の順番が、ルシェンの目には見えた。
「ヒューマンは黙っていろ」
押された。
いきなりだった。エルフの男の手がルシェンの胸を押し、ルシェンは一歩よろめいた。驚きで体が反応する前に、今度はドワーフの男が胸倉を掴んだ。
「お前には関係ない」
両側から言われた。どちらの種族の話でもなく、どちらの側にも立てず、弾き出される形になった。
輪の中の二人が再び向き合う。ルシェンは輪の外に押し出されていた。
***
次の瞬間、声が響いた。
「俺の友達に手ぇ出すな!」
ドラガンだった。
いつの間に来ていたのか。ルシェンの胸倉を掴んでいたドワーフの壮年男性の腕が、横からドラガンに掴まれていた。ドワーフの怪力で捻り上げられた男の腕が悲鳴を上げる。男が身を縮める。その一瞬で、広場が静まり返った。
ドラガンが男の腕を放した。男が後ずさる。エルフの男も、周囲の野次馬も、動けない。
その隙に、杖をついた人影が輪の中に入ってきた。ファトマだった。小柄な体に白い頭巾。声を荒げない。ただ、真ん中に立った。
「祭りです。今夜は飲んで歌う夜でしょう」
ファトマが静かに言った。
「続きを話したいなら、明日の朝に長老会議に申し出てください。ちゃんと聞きます。今夜はもう遅い」
輪が解けた。人が散っていった。
***
広場の隅に、ルシェンとドラガンは並んで石段に座った。焚き火の遠い光が届く場所だ。
「さんきゅ」
「うるさい」
短い会話。ドラガンが石段に足を投げ出し、空を見上げる。夜空に星が出ていた。
「お前、怪我は」
「ない。ちょっとよろめいただけだ」
「そうか」
沈黙。焚き火の方から、誰かの笑い声と楽器の音が聞こえる。祭りはまだ続いている。
ドラガンが石を蹴った。つま先で、路上の小石をころころと転がす。
「でも」
ドラガンが言った。
「あの人の言いたいこと——わからなくはなかった。俺は」
ルシェンが顔を向けた。ドラガンは前を見たままだ。
「どっちのことを言ってる」
「ドワーフの方だ。お前には関係ない、って言ったやつ」
しばらく間があった。
「エルフと俺たちドワーフの話だから、ヒューマンには関係ないって——その気持ち。わからなくはない。そういう気持ちを持つこと自体は、間違いじゃない気がして」
「じゃあ俺が押し出されたのも、間違いじゃないのか」
「そうじゃない」
ドラガンが膝に肘をつき、顔を伏せた。
「うまく言えない。ただ——あの人の怒りが全部おかしいとは言い切れない。そういう感じだ。俺も、自分が何かを言われたら怒る。ドワーフとして、ドラガンとして。お前にも怒る権利がある。あの人にも怒る権利がある。ただ——お前に手を出したのは、それとは別の話だ」
ルシェンは石段の石を一つ手に取り、重さを確かめた。
「お前が来てくれてよかった」
「まあな」
「でも、お前も俺に関係ないって言わなかったか? あいつらに」
「言わなかった」
「なぜ」
ドラガンが顔を上げ、ルシェンを見た。そばかすのある顔に、焚き火の光が当たっている。
「お前が俺の友達だから。それだけだ」
それだけだ、と言い切った。言い切った後で、ドラガンが少し目を伏せた。何かを付け足すような、何かを飲み込むような、わずかな間があった。
だが、何も言わなかった。
二人は並んで空を見た。祭りの喧騒が遠く、星が近く見える夜だった。
***
翌朝、ルシェンは騒ぎの発端を知った。
エルフの農夫の羊が、ドワーフの麦畑に入り込んだのだ。前の日の昼のことだった。羊が一頭、柵を越えて麦を踏み荒らした。エルフの農夫が謝りに行き、ドワーフの農夫は受け入れた。それで終わったと思っていたが、夜に酒が入り、「あの羊の件」という話が別の者の口から蒸し返された。それが昨夜の口論になった。
羊一頭。
それだけのことが、「エルフ」と「ドワーフ」の話になった。
ルシェンは交易路を歩きながら、去年の秋のことを思い出していた。収穫祭の夜、種族ごとに帰っていく人々の背中を見た夜のことを。あのとき「去年は一緒に帰っていたのに」と思った。
変化は、羊一頭より小さなところから始まっていた。もっとずっと前から、見えないところで。




