24話:鍛冶師の誇り
男たちが来たのは、夕方だった。
鍛冶場の片付けを終えて戸口から出たところで、ルシェンは路上に立つ二人の影に気づいた。見知らぬ顔だった。体格はドワーフだが、メシャラ村の住人ではない。上等な革の外套、胸元に留め金で留めた紋章——金槌と星を組み合わせた意匠。村のドワーフが使う仕事着とは別物だった。
二人は鍛冶場の戸口を見ていた。ルシェンではなく、建物を。
「ボグダン師匠はご在宅でしょうか」
丁寧な口調だった。共通語が少し硬い。西部訛りだ。
ルシェンが返事をする前に、ボグダンが背後から現れた。鍛冶場の戸を片手で押さえ、来客を一瞥する。顔の筋肉が何も動かない。
「誰だ」
「西部山岳領ドワーフ鍛冶師同盟の使者です。少々よろしいでしょうか」
ボグダンが無言で二人を中に招いた。ルシェンに目をやり、顎をしゃくる。外で待っていろ、という意味だった。
***
夕暮れの路上で、ルシェンは薪割り台の上に腰を下ろした。
鍛冶場の壁は石積みで厚い。話し声は漏れてこない。中で何が話されているか、推測するほかない。
ドラガンが西の畑仕事から帰ってきた。外套に土がついている。使者二人の馬を見て、眉をひそめた。
「あれ、誰の馬」
「西部の使者らしい。鍛冶師同盟とか言ってた」
ドラガンの表情が変わった。変わったのを、ルシェンは見た。一瞬だけ、何か知っているような顔をした。すぐに戻る。
「用件、聞いたか」
「聞いてない。外に出された」
「そうか」
ドラガンが馬に近づき、手綱を確認した。何かを確かめるような手つきで、蹄鉄を覗き込む。必要のない確認だ。
中から声が漏れた。厚い石壁を通してくる、くぐもった低い声。ドワーフ語だった。ルシェンには聞き取れない。ドラガンは聞こえているはずだ。表情が読めない。
しばらくして、戸が開いた。
使者二人が出てきた。先ほどと変わらず、礼儀正しい顔をしていた。
「ご検討のほど、よろしくお願いします」
ボグダンは戸口に立ったまま、何も言わなかった。使者が去り、馬の足音が遠ざかる。夕暮れの埃が路上に漂い、消えた。
「師匠」
ルシェンが声をかけた。ボグダンが向き直る。
「明日も来い」
それだけ言って、鍛冶場に戻った。
***
翌日の昼、事情を知った。
村の井戸で水を汲んでいるとき、ドワーフの職人ヴェリコが隣に来た。ドラガンの父の古い知り合いだ。ヴェリコはルシェンの顔を見て、少し言いにくそうに口を開いた。
「昨日の使者の話、知ってるか」
「いいえ」
「西部の鍛冶師同盟が方針を出したんだ。ドワーフの技術はドワーフの民だけが担うべき——そういう方針だ。他の種族に鍛冶の秘伝を教えることを禁じる、と」
ルシェンは桶を持ったまま、立っていた。
「で——師匠に言いに来たわけですか。俺への指導をやめろと」
「まあ、そういうことだ」
ヴェリコが水を汲み始めた。わざとらしく作業に集中する。
「ボグダンはどう答えたんでしょう」
「断った。一言で」
「そうですか」
「ただ」
ヴェリコが水桶を上げた。水が縁からこぼれ、石畳を濡らす。
「村のドワーフの間では——賛否がある。ボグダンの判断を尊重するって言う奴もいるが、同盟の言い分もわかる、って奴もいる。まあ、俺がどっちかは言わんが」
言い終えて、ヴェリコは立ち去った。
ルシェンは水桶を持ったまま、しばらくその場に立っていた。
***
午後、鍛冶場でルシェンは蝶番を打っていた。
作業は変わらない。炉の温度も、金槌の重さも、鉄を打つ音も。昨日と同じだ。だが、手の中の金槌が、今日は少し違う重さに感じられた。
(俺はここで、許されている)
今まで考えたことのなかった言葉が、頭の中に滑り込んできた。
この鍛冶場に来たのは、師匠が招いたからではない。偶然と、師匠の気まぐれと、ドラガンとの縁が重なって、気づいたらここにいた。教えてもらえたのは、師匠の意志があったからだ。その意志が今、外から圧力をかけられている。
許容。権利ではなく、許容。
許容は、失われることがある。
「ルシェン」
ドラガンが作業台の向こうから声をかけた。
「少しいいか」
ルシェンは金槌を置いた。ドラガンが炉の前に来て、火を見つめる。背中を向けたまま話す。
「昨日の使者の話」
「ヴェリコさんから聞いた」
「そうか」
沈黙。炎がぱちりと爆ぜた。
「俺は、お前にここで働いてほしい。それは本当だ」
ドラガンが振り向かない。
「でも——同盟の連中が言いたいことも、わからなくはない気がして」
「ドワーフの技術は、ドワーフのためにある、か」
「そうじゃなくて——」
ドラガンが言葉を止めた。炉の口から赤い光が揺れている。
「うまく言えない。ただ——あいつらの怒りが、全部間違いだとは言い切れない。そういう感じだ」
ルシェンはドラガンの横顔を見た。そばかすのある丸顔。子供の頃から変わっていない顔。だが、今日のその顔には何かが滲んでいて——ルシェンにはそれの名前がわからなかった。
「お前がここにいてほしいのは、本当だ」
ドラガンがもう一度言った。今度は少し強く。自分に言い聞かせるような声だった。
ルシェンは頷いた。
「わかった」
金槌を拾い上げ、蝶番の続きを打った。鉄の音が鍛冶場に響く。ドラガンも作業に戻る。二人の間に言葉はなかった。
夕方、片付けを終えて外に出ると、向かいの家のドワーフの子供たちが遊んでいた。いつもなら声をかけてくる。「ルシェン、剣の練習相手になれ」「荷物持ちを手伝え」。そういう子供たちだった。
今日は、誰もこちらを見なかった。
ルシェンは交易路の端まで歩き、そのまま村の外れまで行った。暮れかけた空の下で、スポメニックが遠くに黒い輪郭を見せていた。誰のためでもない碑。どの種族の名前も刻まれていない碑。
その碑が、今日初めて——孤独なものに見えた。




