20話:南の難民
朝靄の中に、影が見えた。
ルシェンが鍛冶場の戸を開けたとき、交易路の南の端に人の列が見えた。まだ日が昇りきっておらず、霧が交易路を覆っている。その白い幕の向こうに、灰褐色の肌をした人々が歩いてきていた。
十数人。老人が二人、女性が五人、子供が六人。男は三人だけで、いずれも痩せている。荷物はわずかだった。背中に括りつけた布の包みと、手に提げた革袋。それがすべてだった。
先頭を歩いているのは、見覚えのある男だった。がっしりした体つき、琥珀色の瞳、下顎の犬歯。ベシムの父だった。
ルシェンは鍛冶場を飛び出した。
***
広場にファトマが出てきたのは、それから間もなくだった。杖をつき、白い頭巾を被り、痩せた体を揺らしながら。アーリアが隣にいた。ボグダンも鍛冶場から出てきた。
ベシムの父——名はハリルと言った——が広場の中央でファトマの前に立った。背筋を伸ばそうとしているが、疲労で体が揺れている。足元の靴は底がすり減り、外套は汚れと埃で元の色がわからなかった。
「メシャラ村の長老殿に、お目通り願います」
ハリルの声は低く、乾いていた。長い旅の疲れが声に染みついている。
「ファトマと申します。事情をお聞かせください」
「南部荒野領から参りました。オークの一族、ベシモヴィッチ家の者です」
ハリルが語り始めた。
南部荒野領のエルフ自治領政府が、オーク語の使用を全面禁止した。公の場だけでなく、私的な場でもオーク語を話すことが処罰の対象とされた。三人以上のオークが集まることは「違法集会」と見なされ、発覚すれば拘束される。
「私たちの村では、毎月の集会で先祖の歌を歌っていました。オーク語の古い歌です。子供に伝えるための歌です」
ハリルの声が震えた。
「エルフの兵士が来て、集会所を壊しました。歌うなと言いました。オーク語で歌うなと。共通語で話せ、エルフ語を学べと」
広場に集まり始めた村人たちが、息を詰めて聞いていた。
「抗議した者は投獄されました。私の兄もその一人です。家を焼くと脅された者もいます。私たちは——逃げるしかなかった」
ハリルが膝をついた。
「メシャラは安全だと聞きました。エルフもドワーフもヒューマンも、一緒に暮らしている場所があると。どうか——私たちを、受け入れてください」
広場が静まり返った。
ファトマがゆっくりと前に出た。痩せた手でハリルの肩に触れ、立ち上がらせた。
「立ちなさい。膝をつく必要はない」
ファトマの声は小さかったが、広場全体に届いた。
「この村は交易路の村です。旅人を拒んだことは一度もない。まずは休みなさい。食事と寝床を用意します」
村人たちが動き始めた。ヤスミンがパンと水を運び、ヒューマンの農夫が空き家の掃除を始め、ドワーフの職人が薪をかき集めた。オークの難民たちが導かれるように広場から村の中へ入っていく。
ルシェンは広場の端に立って、その光景を見ていた。
メシャラ村はまだ動いている。異なる種族が、困っている者のために手を差し伸べている。それがこの村の在り方だ。交易路の村。すべての民のための場所。
だが——
アーリアの表情を見た。
長老は広場の隅に立ち、オークの難民が村に入っていくのを見つめていた。翠の瞳に浮かんでいるのは、悲しみとも苦しみともつかない、複雑な光だった。
エルフの自治領政府がオークを弾圧した。
その事実が、アーリアの肩にのしかかっている。同胞の行いを、目の前の難民に対して、何と言えばいいのか。エルフとして謝罪すべきなのか。だが、アーリア個人が弾圧に関わったわけではない。同じ種族であるというだけで、責任を負うべきなのか。
アーリアは何も言わなかった。ただ立っていた。
***
午後になって、難民たちが落ち着いた頃、ルシェンは村の東端を歩いていた。
声が聞こえた。
エルフの住民——フローラではない、別のエルフの女性——が、隣のヒューマンの主婦と話していた。井戸端。声を潜めているつもりだろうが、ルシェンの耳には届いた。
「また受け入れるの? この前のオークの家族に加えて、今度は十何人?」
「困っている人たちなのよ。追い返すわけにはいかないでしょう」
「わかってるわ。でも——オークを受け入れすぎると、この村がオークの村になってしまわないかしら」
ヒューマンの主婦が眉をひそめた。
「そんなことにはならないわよ。十数人じゃないの」
「今は十数人よ。でも、南部の状況が悪化すれば、もっと来るわ。この村の人口は二百人足らずよ? 五十人、百人と増えたら——バランスが崩れる」
「バランス?」
「種族のバランスよ。今はヒューマンとエルフとドワーフがほぼ均等でしょう。そこにオークが大量に入ってきたら——」
会話が途切れた。ルシェンの足音に気づいたのだろう。二人が口をつぐみ、井戸の水を汲むふりをした。
ルシェンは何食わぬ顔で通り過ぎた。
種族のバランス。その言葉が頭の中で回っている。
この村には今まで「バランス」という概念はなかった。誰が何人いるかを数えたことなどなかった。隣に住んでいるのがエルフかドワーフかヒューマンかを、意識する必要がなかった。
それが——数え始めている。
***
夕方、ルシェンは広場の外れで足を止めた。
難民たちが割り当てられた空き家の前で荷を解いている。子供たちが新しい環境に怯えた顔で母親にしがみつき、老人が疲れた体を壁にもたせかけている。
その中に、見覚えのある灰褐色の顔があった。
「ルシェン」
ベシムだった。
駆け寄ってきた。以前より背が伸びていた。肩幅も広くなり、顎の犬歯がはっきりと見えるようになっている。半年見ない間に、少年から青年へと変わりかけていた。
「また会えた」
ベシムの声は嬉しそうだった。だが、ルシェンは気づいた。あの日——裏山で栗を拾い、競争をし、犬歯を見せて笑ったあの日の少年の無邪気さは、ベシムの瞳から消えていた。
琥珀色の瞳の奥に、見てはいけないものを見た者の影があった。
「大丈夫か?」
「ああ。大丈夫だ。——もう大丈夫だ」
ベシムは笑った。だが、その笑顔は唇だけで作られていて、目には届いていなかった。
「ドラガンは? あいつ元気か?」
「元気だよ。相変わらず力自慢で、飯ばかり食ってる」
「そうか。よかった」
ベシムがルシェンの肩に手を置いた。オークの手は大きく、厚く、温かかった。
「ルシェン。お前の村は——本当にいいところだな」
「ああ」
「ここなら、また歌が歌える」
ベシムの声がかすれた。ルシェンは何も言えなかった。ただ頷いた。
背後で、アーリアが静かに集会所に入っていくのが見えた。長老の背中が、いつもより小さく見えた。




