14話:秋の収穫
メシャラ村の収穫祭は、秋の最初の満月の日に行われる。
今年は豊作だった。ルシェンが春に提案した輪作——小麦の畑に豆を植え替える試み——は、ハサンの予想を超える成果を出していた。豆そのものの収穫も悪くなかったが、何より周囲の小麦畑の実りが目に見えて良くなった。「土が息を吹き返した」とハサンは言った。
収穫祭の市場は、いつものバザールが三倍に膨れ上がったような賑わいだった。
村の広場だけでは足りず、交易路の両脇に天幕が延々と連なっている。メシャラ村の住人だけでなく、北部森林領、西部山岳領、南部荒野領からの商人たちが、秋の実りを求めて集まってくる。一年のうちで最も人が多く、最も金が動く日だ。
ルシェンはゴランの金物台を手伝っていた。
「おい小僧、そっちの鑢を五本束ねて、ドワーフ語で値札をつけろ。あと共通語もだ。北部のエルフの客が多いから、エルフ語の札も出しとけ」
「三ヶ国語の値札ですか」
「お前にしかできねえだろ」
ゴランが顎で指図し、ルシェンは手早く三つの言語で値札を書いた。商品の横に並べると、エルフの客が翠の目を丸くして値札を読み、ドワーフの客がにやりと笑った。
「気が利くドワーフの店だな」
「ドワーフの弟子がヒューマンなだけだ」
ゴランが太い声で笑い返した。
市場全体が活気に満ちていた。ヤスミンのパン屋は行列ができ、フローラの薬草商は秋の干し薬草の束が飛ぶように売れている。ドワーフの鍛冶物、エルフの細工品、ヒューマンの織物。交易路が運んでくるあらゆるものが、この小さな広場に集約されている。
だが、ルシェンの耳は喧騒の中から、別の音を拾い始めていた。
***
昼過ぎのことだった。
ゴランの店の真向かいに、北部森林領から来たエルフの商人が店を構えていた。銀細工を専門とする中年のエルフで、名はオレグ。品のいい灰色の旅装に身を包み、細い指で銀の装飾品を並べている。
そのオレグの店の前で、ルシェンは足を止めた。
オレグが隣のヒューマンの織物商と話していた。声は抑えているつもりだろうが、市場の隙間風に乗って聞こえてきた。
「今年の上納税が引き上げられましてね。帝都への輸送費も含めると、利益の三割が消える計算です」
「うちも似たようなものですよ。中央盆地領の農産物は上納が重い。帝都が潤って、こっちが干上がる」
「帝都は何に使っているんでしょうね、集めた税を」
「宮廷の維持と軍ですよ。皇帝陛下のご病気で宮廷の出費が嵩んでいるという噂もある」
オレグが肩をすくめた。
「皇帝陛下には感謝していますが——我々が払った税で、何が買われているのか、そろそろ知る権利があるのではないかと」
そこに、西部山岳領から来たドワーフの鉱物商が割り込んだ。赤っぽい髭の太い男で、名前は聞き取れなかった。
「鉱物の輸出税もきつい。西部で掘った鉄鉱石を帝都に送り、帝都が加工して売る。利益は帝都が取る。掘ったのは俺たちなのにな」
「同じ構造ですよ」とオレグが頷いた。「北部の木材も同じです。エルフが育てた森の木を帝都が伐採権を管理している。利益は帝都に流れる」
二人の種族は違った。エルフとドワーフ。本来なら利害が一致するはずもない二つの種族が、帝都への不満という一点で共鳴している。
ルシェンは金物台の裏で鑢を束ねながら、その会話を聞いていた。富の偏在。中央への集中。辺境の疲弊。そういう構造が、この連邦の底にあることを、ルシェンは今初めて——いや、初めてではない。どこかで知っていた。この構造を知っている。名前をつけられないが、頭の奥にある本の頁に、同じような図式が描かれていた気がする。
だが、その既視感に浸っている暇はなかった。
「それはそっちの問題だろう。こっちに八つ当たりするな」
ドワーフの鉱物商がエルフのオレグに向き直った。声の色が変わっていた。
「北部のエルフは、南部でオークの集会を弾圧しているそうじゃないか。税の不満を言う前に、自分たちのやっていることを省みたらどうだ」
オレグの表情が硬くなった。
「あれは自治領政府の判断であって、私個人とは関係がない」
「そう言って逃げるのがエルフだ。都合のいいときだけ個人で、都合の悪いときは組織のせいにする」
空気が張り詰めた。
先ほどまで帝都への不満で共感していた二人が、一瞬で種族の壁に分かれた。ルシェンはその転換の速さに、背筋が冷たくなるのを感じた。
幸い、この日は口論で終わった。ヒューマンの織物商が間に入り、「祭りの日ですから」と場を収めた。オレグは唇を引き結んで天幕の奥に消え、ドワーフの鉱物商は舌打ちをして立ち去った。
***
夜。
収穫祭の夜宴が広場で開かれた。
焚き火を中心に、長い卓が放射状に並べられている。各種族の料理が所狭しと並び、酒が注がれ、笑い声が夜空に上がっていく。表面上は和やかだった。
ルシェンは卓の端に座り、蜂蜜酒を舐めながら宴を眺めていた。ドラガンは向かいの席でドワーフの職人たちと麦酒を酌み交わしている。ティセラは母リューバの隣で、エルフの薬草師メリマと穏やかに話している。
見渡した。
去年の収穫祭を思い出した。去年もこうして卓を並べて宴をした。だが——何かが違う。
席の配置だ。
去年は、種族がまばらに混ざっていた。エルフの隣にドワーフが座り、ヒューマンの向かいにオークがいた。席順など誰も気にしなかった。
今年は違う。微妙に、しかし確実に、種族ごとに固まり始めている。ドワーフの卓にはドワーフが集まり、エルフの卓にはエルフが多い。ヒューマンは散らばっているが、それは「どこにでも座れる」からではなく、「どこにも属さない」からだ。
意図的ではないのだろう。誰かが席を決めたわけではない。自然に、無意識に、同じ種族の隣に座ることを選んでいる。
ルシェンは杯を置いた。
見なければよかったかもしれない。気づかなければ、ただの楽しい宴だった。だが、一度気づいてしまうと、その微妙な線がくっきりと見えてしまう。
宴が終わった。人々が家路につく。
ルシェンは広場の端に立ち、何気なく振り返った。
帰っていく人々の流れが、交易路の分岐で分かれていた。エルフの住民は東に、ドワーフの住民は西に、ヒューマンは南に。それぞれの集住地区に向かって歩いている。
去年は、もっと混ざっていたはずだ。エルフとドワーフの夫婦が一緒に帰り、ヒューマンの農夫がドワーフの職人と肩を組んで酔っ払い歩きをしていた。
今年は、そうではなかった。
同じ種族同士で連れ立ち、別の種族の集団とは少し間を空けて歩いている。
誰も喧嘩をしていない。誰も怒っていない。誰も悪意を持ってはいない。ただ、足が自然に同じ方向に向かう仲間を選んでいる。
それだけのことだった。
それだけのことが、ルシェンの胸の底に、小さな氷の欠片のように刺さった。




