100話:ルシェンの昇進
包囲六か月目。
ミラが負傷した。
包囲線の一部を突破する作戦の途中だった。北西の橋を確保しようとした作戦。ミラ自身が現場の指揮を執っていた。
計画ではミラは現場の指揮を取らないことになっていた。だが、当日の朝、ミラが「俺が行く」と自分で決めた。理由はルシェンには最後まで説明されなかった。
***
負傷の報告は午後遅くに来た。
「ミラ、太ももを射られた。動脈の近く。出血、多量。担架で後方の医療所に運び込まれた」
ルシェンは報告を聞いた瞬間、立ち上がった。
医療所に向かった。
***
医療所の中央の部屋にミラがいた。
治療師が傷口を押さえていた。出血は止まりかけていた。だが、ミラの顔は青白かった。意識はあった。だが、何かを考える状態にはなかった。
ルシェンは扉の前に立った。中には入らなかった。
治療師がルシェンに目を向けた。
「動脈は外れている」と治療師が言った。「だが、出血が多かった。数日、安静が必要だ」
「死ぬか」とルシェンが聞いた。
「死なない」と治療師が答えた。「だが、しばらく動けない」
ルシェンは頷いた。
ミラの方を見た。ミラは目を閉じていた。
ルシェンは医療所を出た。
***
その夜、組織の幹部会議が開かれた。
革なめし職人の地下の長卓。十二人が座っていた。
「ミラがしばらく動けない」とリアンが最初に言った。「指揮系統を維持する必要がある」
「ミラの判断を待つというのでは駄目か」とベシムが言った。
「明日からの作戦がいくつか進行中だ。判断を出せる者が必要だ」
幹部たちがルシェンを見た。
ルシェンは何も言わなかった。
リアンが続けた。
「ルシェン、お前が臨時の指揮を取れ」
ルシェンは答えなかった。
***
翌朝、ルシェンは医療所に行った。
ミラが意識を取り戻していた。まだ声は弱かった。だが、話せた。
「ルシェン」とミラが言った。
「はい」
「俺の代わりにお前がやれ」
「拒否します」
ミラはしばらくルシェンを見ていた。
「お前」と言った。「指揮系統を維持しないと、明日からの作戦が崩れる。お前が今断れば、何人死ぬか、わかるか」
ルシェンは何も言えなかった。
「臨時だ」とミラは続けた。「俺が戻るまで。それでいい」
ルシェンはしばらく目を伏せた。
目を上げた。
「わかりました」
ミラが頷いた。
***
午後、ルシェンが組織の全員に通達を出した。
通達は短かった。
「ミラが負傷した。回復までしばらくの時間が要る。その間、私が臨時に指揮を引き受ける。原則は変わらない。種族で扱わない。質問があれば、来い」
通達を文書にした。各拠点に配った。
通達にはルシェンの名前を書いた。「ルシェン」とだけ書いた。肩書きは付けなかった。
***
夜、自室に戻った。
手帳を開いた。
書いた。
「指揮、臨時。今日から」
その下に書いた。
「俺はなりたくないものになっていく。なりたくないと思いながら、断れない理由を自分で作っている」
手帳を閉じた。
***
扉が叩かれた。
ベシムだった。
「お前が指揮を取るのは初めから決まっていた気がする」とベシムが言った。
ルシェンは答えなかった。
答えれば、何かを認めることになる。
「俺はミラの判断を尊重した」とベシムは続けた。「ミラがお前に指揮を引き継ぐと決めた。俺はそれに従う。だが、ミラの判断が正しいかどうかは別の話だ」
「ベシム、お前は」
「俺はお前を知っている」とベシムは言った。「メシャラからずっと知っている。お前は指揮を取りたい人間じゃない。だが、断れない場面では取る。今日、お前は断れなかった」
「断れなかった」
「お前が断れば、何人か死ぬとミラに言われたんだろう」
「言われた」
「ミラがお前を追い込んだ」
「追い込まれたとも思っていない」
「お前は思っていなくても追い込まれたんだ」とベシムは言った。「気をつけろ」
ルシェンは何も言わなかった。
ベシムは扉を閉めた。
***
ルシェンはしばらく机の前に座っていた。
ベシムの言葉が頭の中に残っていた。
「ミラがお前を追い込んだ」
ルシェンはその言葉を考えようとして、考え切れなかった。
ミラの判断は正しかった。指揮系統を維持する必要があった。誰かがミラの代わりをしなければならなかった。ルシェンが最も適任だった。それは客観的に正しかった。
しかし、ベシムの言うことも別の意味で正しかった。
ミラはルシェンが断れない理由を提示した。「断れば、何人死ぬか」——その言葉はルシェンの中の書く者の責任に訴えた。手帳に名前を書き続けてきた者として、これ以上名前を増やすことには強い抵抗があった。
その抵抗をミラは知っていた。
***
ルシェンはランタンの火を見ていた。
火が揺れた。
ベシムがいつか言ったことを思い出した。「ミラに気をつけろ」。
今その意味のもう一段が見えた気がした。
ミラは種族で扱わないという原則を生まれの結論として持っている。それは信頼できる。
しかし、ミラは組織を維持するために人を追い込むことができる。原則と組織の維持は別の話だった。原則を守るために組織を維持する。組織を維持するために人を追い込む。それはミラの中で矛盾しない。
ルシェンは追い込まれた側だった。
追い込まれた側になって、初めてミラの「特権」発言の意味がもう少し深くわかった。ルシェンの「種族で扱わない」は思想だった。ミラの「種族で扱わない」は生まれだった。
思想はある場面で人を追い込むための道具になり得る。生まれは道具にはなれない。
ミラはルシェンの思想を道具として使った。今日。
***
ルシェンはランタンを消した。
暗闇の中でしばらく目を開けていた。
ミラを責める気はなかった。ミラは組織のために最善を選んだ。それは正しかった。
ただ、ルシェン自身が自分の中で何かを確認した。
(俺は思想を組み立てる。組み立てた思想は他人にも自分にも道具になる)
(道具として使われるとき、俺はそれに気づくべきだ)
(今日、俺は気づいた)
***
その夜は眠れなかった。
しかし、眠れない夜はこれまでもいくつもあった。眠れないことに慣れていた。
ルシェンは暗闇の中で明日からの作戦のことを考えていた。
考えながら、自分がもう参謀の頭ではなく、指揮官の頭で考えていることに気づいた。
気づいて、少しだけ悲しかった。
悲しさを頭の片隅に置いた。
考えを続けた。




