第二十七話 騎士団の基本戦術は、数の暴力にある
素鴨の壁外でオーク三体の首を討ち取った私は、戦利品である中指を切り落として革袋に収めると、勇者一行とともに通用門を潜り抜ける。
最後の砦を自治する村や街は、国王直轄の騎士団が自治権に介入するのを執拗に嫌がり、ギルドによる防衛を主体にしていた。
南にある王都から遠い楕円の北側にある街は、そもそも都市部の経済的な恩恵が少なく、とくに素鴨は街の成り立ちから騎士団の来訪を嫌っている。
この街の発展に国が、何も関与してこなかったからだ。
「騎士団が、巣鴨に何しに来やがった」
槍を担いだ門番は、私の着ている白銀の重装備に明らかな敵意を向ける。
しかし門番は後ろにいるタクミを見て、私が勇者一行の連れだとわかり態度を一変させた。
「寅吉さんのご友人なら、そう言ってくださいよ。あの人なら、冒険者の酒場『パアナ』で戦勝会の真最中です」
タクミたちが馬を降りると、手綱を預かった門番が脇にある木に繋ぎ止めるので、私も愛馬の手綱を彼に渡した。
そこに勇者一行の銃士を名乗る若者サブが、騎士団の隊長である私を出迎えてくれる。
「へえ、異世界に転生してから小汚い身なりの冒険者しか見てねえから、あんたみたいなベタな甲冑を着てるやつあ初めて見たっす」
「騎士団の甲冑は階級により、鉄、青銅、白銀、金と区別されている。隊長である私の甲冑は、白銀の装飾が施された物だ。この国でも纏っている者は、そうそういないだろうね」
「まあ、興味ねえけど」
「あ、そう」
「そんなことよりタクミ、鰐島さんが飯がてら打合せしてえらしい。酒場近くの飯屋に個室を手配するから、サンザさんたちを案内するように頼まれたんだわ」
サブという銃士は、騎士団の私を蔑ろにしてタクミと話し始めている。
タクミといい、サブといい、異世界人は客人のもてなしがなっていないのではないか。
まあ騎士団の権威を知らぬ異世界人の無作法は、寛大な心で大目に見てやるがな。
「ギルバート隊長、到着して早々ですが、このまま作戦会議のようです。ご足労おかけしますが、よろしくお願いします」
「サンザくん、私はそのために素鴨まで赴いたのだ。戦闘経験が豊富な騎士団の防衛戦術、食前会議での披露で問題ない」
さすがに国が認可したギルドの構成員サンザは、私に対する礼節を弁えているようだ。
脱いだ兜を脇に抱えた私は、彼らの案内で食堂『一休さん』の二階個室に向かった。
「おう、先に食ってるぞ」
私が部屋に入ると、長テーブルの向こう側で焼いたチキンを片手に、カップに注がれたエールを飲んでいる酔払いがいた。
平服を着た猫背の大男は商人の鰐島と名乗り、勇者一行ではパーティーのまとめ役だと言う。
飯がてらとは文字通り、会食しながらの作戦会議のようだ。
王塚奪還という大事業を飯がてら打ち合わせるとか、無礼を通り越して不謹慎極まりない。
こいつら異世界人にとっては他人事、王塚を取り戻せなくても構わないのだろう。
しかし我らエチカに住む人間には、モンスターから街を取り戻すことが悲願であれば、こんなふざけた連中と騎士団の共同作戦など成功するものか。
「あなたが、騎士団のギルバート隊長さんね。こちらの椅子にかけてください」
美しい女性が、私の名前を呼んで隣席を叩いている。
艷やかな髪、白磁のように透き通る白い肌、小首を傾げて見上げる瞳に吸い込まれそうな清楚で可憐な女性だった。
彼女に椅子を引かれた私は、赤面した自分を誤魔化すように咳払いをして腰掛ける。
「失礼ですが、ご婦人のお名前は?」
「踊り子モリリンと申しますわ」
「モリリンさんは、踊り子なのですか!?」
「あら、踊り子が珍しいのかしら」
「私は若い頃から騎士団に入団して、俗世のことは明るくないのですが、踊り子というものは、みな貴女のように美しい女性なのでしょうか」
「人によるんじゃありませんか……気になるのであれば、素鴨にはショーパブがあるので後で案内しますよ」
「い、いえ、それには及びません。騎士である私は、盛り場に出入りすることを自重しております」
「ふふふ、ギルバート隊長さん、なんだか純情で可愛いわ」
「わ、私が純情で可愛い!? そ、そんなことは、言われたことがありません」
鰐島が『おい、遊びにきたんか?』と、モリリンと談笑している私を咎める。
いやいや、酒を片手に作戦会議とか、ふざけているのは、お前たちだろう。
「鰐島殿、この席には勇者が見当たらないようだが、いったい彼は重要な会議にどうして不参加なのか」
「まあ寅ちゃんは連日の飲み会で疲れてっから、今夜は先に寝てもらったんだがよ。何か問題か、鎧の旦那?」
「鎧の旦那? それは私のことかな」
「騎士団は、この国の警察なんだろう。俺も寅ちゃんも、あっちの世界では警察に目の敵にされてきたかんね。本来ならよ、あんたらの力は借りたくねえわけよ」
やはり冒険者は、何処の世界でも無法者の集まりということか。
無法に振舞う利己主義者が、国家の体裁を重んじる騎士団と相見えれば、こうなることはわかっていたさ。
それでも私は、この国のために大人になろうじゃないか。
「奇遇だね。私も、街の連中に目の敵にされている。できることならば、君のような奴と手を組むことには不同意なのだよ」
「あれま、俺と同じときたよ」
「そもそも騎士団の本隊がノコハマ奪還に邁進する中、私の部隊は音輪の防衛に徹していれば、モンスターが魔物の森から進軍してこようと、傍観した私にお咎めはないのだ。しかし――」
私は椅子に浅く座り直すと、テーブルに手をかけて対面する鰐島を睨みつけた。
「――というのは建前だ。この国が危機に瀕しているとき、傍観できるほど私は厚顔無恥ではない。頼む、鰐島殿……私を王塚奪還作戦に加えてほしい」
私は恥も外聞もなく、テーブルに額を擦り付けて異世界からきた鰐島に頭を下げる。
組織人の私は日々、部下と上司の板挟みで頭を下げることに慣れている。
騎士団の隊長会では、土下座王のギルバートとして有名だ。
主流派がノコハマ奪還に赴く中、土下座王が最後の砦だった王塚奪還を成し遂げれば、騎士団での評価も高まるというものだ。
上司へのご機嫌取りと土下座で、隊長まで上り詰めた私が掴んだ実力でのし上がるチャンスなのだ。
土下座王の土下座は大安売り、けして高くないぞ!
「わかったよっ、ガキみてえなこと言って俺が悪かった! ギルバート隊長だっけ、お偉いさんに、こんなんされたら立つ瀬がねえわ」
鰐島は気不味そうに鼻頭を指で掻くと、私の背中に手を置いて頭を上げるように言った。
ちょろい男だ。
「では鰐島殿、こたびの作戦は騎士団と勇者一行の共同作戦で構わないね」
「ああ……そもそも、こっちが言い出したことだ。漢に頭を下げさせて、すまなかったな」
私の行動が意外だったのか、サンザやババンボまで気不味い顔になった。
だったら考えなしに、やたらめったら喧嘩を売るんじゃないよ。
と、言いたいところだが、ここは私が大人になろうじゃないか。
私は『それで何か良い策はあるのか?』と、話題を変えるために切り出した。
「今のところは森の外周に火を放って、適当に焼き殺そうかと思ってんだけどよ」
「かなり残酷だし、大雑把な戦術だな」
「ギルバート隊長には、良いアイディアがあるのかい?」
私は人差し指を立てると、衆目を集めて胸を張った。
「ああ。私には、一つだけ試してみたい戦術がある」
「そいつは、いったい」
今から披露する戦術は長年、音輪の街から森を監視していた私が考えていた王塚奪還作戦である。




