第二十六話 忍び寄る不穏な影
騎士団との交渉に向かったタクミたちを音輪に残して、一足先に素鴨に戻った私とサブは、囮役を買って出てくれた寅吉と鰐島に酌をしてあげている。
二人のおかげで地下迷宮の監視に見つかることなく、五体満足に調査を終えて帰還できた。
「モリリン姐さん、タクミたちが素鴨に到着したと連絡がきたから、おいらが迎えに行くっす」
「よろしくね、サブ」
「うっす」
寅吉はパアナを出ていくサブに、エールのカップを掲げて見送る。
二人とも派手に暴れたようで、酒場に集まっている大勢の冒険者が代わる代わる酒瓶を片手に、オークとゴブリンを相手に演じた大立ち回りの話を聞きにきた。
ここが日本だったら、自分を恐れず馴れ馴れしく話しかける素人に、彼は気分を害していたでしょうね。
「俺が百五十匹、鰐島が五十匹を倒したんじゃねえかな」
「いやいや、寅ちゃんが五十匹に斬り込んで、俺がガトリン砲で雑魚い百五十匹を仕留めたと思うねえ」
「まあ鰐島の倒したのは小鬼で、俺の倒したのは羽飾り付の豚面だったからなあ。そうかもしんねえ」
「「ぶははは!」」
そんな話を聞いた冒険者は『やっぱり勇者はすげえ』と、エールを注いで感嘆の声を漏らしている。
寅吉やオークブレイカーなんて呼ばれるサブの側にいると、オーク討伐が簡単な仕事に思えるけれど、ここにいる冒険者が単騎で戦える相手じゃないらしいわ。
モンスターには、言葉を理解して魔王軍の兵隊となる人型のモンスターと、ただ魔物の本能に従って人間を襲うだけのモンスターがいる。
前者はリーダー格による群れの統制も取れていれば、戦闘力も高く報奨金も高い。
後者はオオカミやトラなど肉食獣と同じカテゴリで、姿形こそ不定形のスライムや人を好んで襲う食性があっても、群れとしての統率力に欠けており、それに応じて報奨金も低い。
「寅吉さんは、池梟の村でもオーク狩りの依頼も単騎でこなしてましたよね。今回の討伐数は非公式だけど、最高討伐記録を更新したんじゃないですか」
酔払った冒険者が、寅吉の登録証を受取って言った。
冒険者の酒場でもらった登録証には、戦利品を換金したモンスター数が記録されている。
陽動作戦で斬り殺したオークとゴブリンは多すぎて、寅吉も鰐島も戦利品を数個しか持ち帰らなかったから、公式記録として記録されていなかった。
「いちいち戦利品を集めてたら、日が暮れちまうからよ」
「拾い集めりゃ600万G以上の戦利品を面倒くせえから戦地に放置するとか、やっぱり勇者はすげえや」
「そうかい? まあ今夜は俺の奢りだから、てめえら好きなだけ飲んでいけや!」
「寅吉さんッ、あざっす!」
「ヒャッハー! 勇者様の奢りだぜ!」
上機嫌の寅吉が調査の成功に店内にいた冒険者に酒を奢ると、私の肩に手を回して引き寄せた。
店内の客が勝手に盛り上がり始めたので、タクミが連れてくる騎士団との会合前に落ち着きたいのでしょう。
私が身体を預けると、彼は『うっ』と小さなうめき声をあげた。
「どうかしたの?」
「いや、何でもねえ……さすがに大軍を相手にして、身体も悲鳴をあげるぜ」
「回復薬で体力は全快してるんでしょう? 寅吉、ちょっと上着を脱いで」
「何でもねえよ」
私が脇腹を押さえた寅吉のワイシャツを捲ると、ゴブリンの矢を受けた腹部が赤黒く腫れ上がっていた。
「寅吉、毒消し草は?」
「飲んでるよ」
シャツを直した寅吉は、酒を一気に飲み干した。
体力は全快、毒消し草は飲んでいる。
それでも矢傷が痛みを伴って腫れ上がっているのなら、毒消し草で完治出来ない類の毒のせいでしょう。
心配している私を見兼ねた鰐島が『ドクターが向かっている』と、魔物の森を取り戻す作戦前に騒ぎ立てるなと言った。
「モリリン、俺は先に寝るぜ」
寅吉は、私と鰐島を残して酒場の二階に借りた部屋に戻った。
彼の症状と写真をワニパットで受取ったシマ髭は、破傷風菌に似た病原菌に侵されていると診断したようだ。
「寅ちゃんの症状は、化物の攻撃によるもんじゃねえ。土ん中の細菌による感染症で、潜伏期間や神経毒素も破傷風の数倍で進行する厄介な病気なんだわ」
「鰐島さん、寅吉は助かるの?」
「ああ。幸いなことに、ドクターが即効性のある特効薬を開発してっから、明後日までに到着すれば命に別条はねえとさ」
「それを過ぎたら?」
「五日は問題ねえらしい」
「その特効薬は、素鴨で手に入らないの?」
「モリリンちゃんの気持ちはわかんけど、異世界エチカの医療では不治の病なんだわ……ここは大人しく、ドクターの到着をまつしかねえだろう」
なんで鰐島は冷静でいられるのか、あなたは寅吉の親友じゃないのかしら。
そう食ってかかりたい気持ちを堪えた私は、不安を押し殺して頷くしかなかった。
「あんな身体なのに、なんで寅吉は酒を飲んで騒いでいたのよ」
「酒場の連中は、先日の陽動作戦で戦った寅ちゃんの強さを目の当たりにして、勇者様と一緒なら魔物の森を取り戻せると士気が高まってんだ。勇者様が病に伏せているなんて知られたら、ババンボが募集かけても冒険者が集まらねえかもしれねえんだよ」
「だからって……病気なのにバカじゃないのさ」
「寅ちゃんは、この酒と博打と女の街が気に入っているのさ。魔王を倒そうってババンボが、素鴨で組織を立ち上げてくれるなら、命を賭しても尽力してやりてえんだ」
「なんで、異世界の街のために命を張るのよ」
鰐島は『守銭奴の俺にもわかんねえ』と、ソファに深く腰掛けてため息を吐いた。
そもそも何の縁も所縁もない異世界エチカのために、魔王を倒してやる義理だってない。
わけがわからないままナキコに殺されて、無理やり連れてこられた異世界なのだから、寅吉も勇者なんて気取らないで、モンスターでも狩りながら面白おかしく生きれば良いのよ。
鰐島も守銭奴を自覚してるなら、陽動作戦で殺した魔物の戦利品を掻き集めて大金をせしめたら良かったんだわ。
寅吉は柄にもなく善人ぶってるし、シマ髭は金も取らずに医者やってるし、サブもタクミも真面目になっちゃって、鰐島も金より仲間の命を優先している。
みんな転生してから、頭がおかしくなったんじゃない。
「みんなバカね、どうかしてるわ」
「まあまあ、男なんてバカなもんだよ」
「赤の他人のために命を張るなんて、寅吉は大バカだわ」
私が不貞腐れてエールのカップを一気に空けると、それを見ていた鰐島が、
「でもよ、それが寅ちゃんの任侠道なんじゃね?」
と、分かりきったことを抜かした。
そんなの当たり前じゃないのさ。
私は、寅吉の大バカなところに惚れてるんだからね。




