第六章(前)・涙
吉川さんを説得するのは、結構骨が折れた。
でも、その気持ちは判る。
仕事を始めてまだ三ヶ月のわたしでも、お客様の情報がいかに大事かは理解している。そうそう安易に漏らすことはできない。増して、吉川さんは以前、予約で直に顧客情報を扱う立場にいたのだから尚更だ。
五年前の七月八日、七一九六号室に宿泊したお客さんの名前と住所を教えてほしい、それがわたしの頼みだった。
何故知りたいの、と尋ねる吉川さんに、わたしは一瞬考え、「自分の知り合いにこういうことを何とかできるかもしれない人がいる、だからもしそれを自分に教えてくれたら、あの部屋をどうにかできるかもしれない。それは結局はホテルにとっても有益なのではないか」と説明した。
吉川さんは本当に心底あそこが怖くてたまらないらしく、「あの部屋が何とかできるかも」という部分に飛びついた。
それは本当か、一体何をする気なのか、それであの部屋が普通の部屋に戻るのか、繰り返し繰り返し尋ねる吉川さんに、わたしは「大丈夫」と空手形に終わるかもしれない約束をした。そうでもしないと、多分教えてはもらえなかったろう。
吉川さんは二日後、彼女の同期入社で今は予約にいるという女性から、その情報をこっそり調べてもらってきた。
その日あの部屋には、二人の人間が宿泊していた。
河瀬明里と、村井涼平。
女性の住所は上京区、男性の住所は長岡京市で、吉川さんによると当時警察や週刊誌の記者がホテルの従業員にもかなり話を聞きに来たらしく、その中でどうやら、村井氏は既婚者、つまり二人は不倫の仲で、別れ話がこじれて自殺に至った、ということが判ったのだそうだ。
わたしはその情報を持って、仕事帰り、シンさんの家に向かった。
次の日、仕事が休みだったわたしはシンさんと二人で彼女の住所に向かってみた。
バスに乗って、千本通をひたすら上がる。
わたしは殆どその辺りには足を踏み入れたことがなかったので、見えるものが何もかももの珍しく感じた。
バスから見た街の風景は「活気のある下町」という雰囲気だ。
烏丸や四条などの通りに比べて道幅は狭く、けれど道の両側にはびっしりと様々な店が立ち並んでいて、人気も多い。
わたしとシンさんは彼女の住所の最寄のバス停でバスを降りた。
地図を見ながら、シンさんは先を歩く。
「ここ、の筈やねんけど」
やがてそう言って足を止めたその場所には、「水口酒店」という看板がかけられていた。運の悪いことに「本日定休日」と書かれた札が下がり、シャッターが閉められている。
「水口酒店は……どう考えても水口さんがやってるお店だよね」
わたしも呟いて、辺りを見回して。
店の左は小さなアパートで、右はクリーニング屋さんだ。
「聞いてみるか」
シンさんはそう言うと、すたすたとそのクリーニング店に入っていく。
わたしは慌てて、後に続いた。
中に入るとカウンターにいた小柄な年配の女性が顔を上げ、ふっくらとした顔に「いらっしゃいませ」とにこやかな笑みを浮かべてみせる。
「あ、すみません、ちょっとお伺いしたいことがあるんですが」
シンさんが声をかけると、洋服の吊るされた奥の方から、ちら、と一瞬、二十代半ばの、髪を殆ど坊主に近いくらいに刈り込んだ若い男性が顔を覗かせるのが見える。
「はい、なんでしょう?」
「お隣なんですけどね、あそこ、河瀬さんって方のお宅やなかったでしょうか」
そうシンさんが言った瞬間、愛想の良い笑みを浮かべていた女性の顔がぎゅっとこわばった。
そして奥にいた男性が、今度は全身を現してこちらを見る。
「はあ……そないでしたかしらねえ」
相変わらず表情の硬い顔つきで言う女性の後ろから、その男性が近寄ってきて彼女を押しのけるようにわたし達の前に立った。目元にどこか似たような雰囲気があって、多分、親子なのだろうと思う。
「河瀬さんちに何の御用ですか」
つっけんどんに言う、その表情はどこか怒ってもいるようで、その真摯さに、ああ、これは当たりなのか、とわたしは思った。
シンさんは相手の態度を全く意に介さず、まるで世間話でもするかのような口調で、
「河瀬明里さんの遺品をお預かりしてます。できればご遺族の方にお渡ししたいんですけども」
と言った。
男性と女性が同時に、ぎょっとした顔でシンさんを見る。
「ちょっと、マサカズ……」
「それ、ほんまですか」
女性が心配そうに声をかけるのを腕を上げて黙らせると、男性は大股にカウンターの外に出てきた。
「はい」
「どういう、品ですか」
疑心暗鬼な顔で尋ねる相手に、シンさんはペンダントの特徴をざっと説明して。
「ちょっと、待っとってください」
男性はシンさんを睨むようにしてそう言うと、ジーパンのベルトに装着したケースから携帯を取り出して、素早い指の動きで何かを操作した。メール、だろうか。
操作を終えて携帯を畳むとかたん、とカウンターの上に置き――と、ものの二分とかからぬ内に、男性の手の下から軽やかなメロディが流れ出した。
さっと取り上げると、ぱちん、と開いて耳に当てる。
「あ、俺。久しぶり……うん、そう、……いや、ちょっと待って」
小声で言いながら、彼はわたし達の脇を大きくまわり込んで店の外に出ていった。
ガラスの扉の向こうに、歩道の端に立って話している姿が見える。
残されたわたし達は特に話すこともなくそれを見つめるしかなく、女性は怯えたような顔でこちらをうかがっている。
それをどうすることもできずにただ待っていると、話し終えた男性が携帯をしまいこみながら店内に戻ってきた。
「お待たせしました」
相変わらず硬い表情で言うと、申し訳程度にわずかに頭を下げる。
「この後、お時間ありますか」
「え? ええ」
「そしたら……この道出てもらってしばらく北に上がって今出川まで出てもらったら、通りの南っ側を西に入ってすぐんところに喫茶店がありますんで、そこにおってください」
そう言いながら、彼はカウンターの隅にあったメモ帳を一枚破って、簡単な地図と喫茶店の店名を書き込んで手渡してきた。
シンさんが顎でうながすので、わたしはそれを受け取って――え、でも。
「あの」
どうしてそこに、と聞こうとすると、
「彼女……河瀬明里さんの弟が、そこに行きますから」
と言われて、わたしとシンさんは顔を見合わせた。
「多分、三、四十分程度で着く、言うてますんで……お手数ですけど、よろしく」
そう言ってまたごくわずかに頭を下げるとカウンターの中に戻り、おろおろしている女性を残して奥へ引っ込もうとしたのに、わたしは慌ててその背に声をかけた。
「すみません、弟さんって、お名前は」
男性が、吊るされた洋服の間から顔だけ覗かせる。
「――カワセ、ユウジ」
そしてそれだけ言うと、さっと頭を引っ込め、姿を消した。
わたしとシンさんは、彼に指定された喫茶店へと向かった。
灰色がかった木枠にすり加工で木や鳥のデザインされたガラスの扉をくぐって中に入ると、昼下がりのシックでこぢんまりとした店内は空いていて、奥の席にひとりだけ年配の老人が座って新聞を読んでいるのが見える。
相手が見つけやすいよう入口に近い席に座ると、わたし達はそれぞれアイスコーヒーとアイスティを頼んだ。
ひんやりとした液体をストローで吸い込むと、少し緊張が抜ける。
「河瀬さん、もうあそこには住んでないのかな」
わたしが聞くとシンさんは、ん、と小さく肩をすくめた。
「そら住みづらいやろ、家族があんなことなったら。昔からおればおるだけ、しんどい思うで」
「まあ、そうか」
ストローの先で氷をぷくん、とつつくと、わたしはため息をついて。
「まあでも、あのお隣さんは味方やろ。奥さん、最初知らんふりしようとしてたしな」
「ああ、そうだよね。うん、良かった」
知らないふりをしようとした彼女と、こちらに対してあくまで頑な態度だった男性のことを思い出してわたしはうなずき、お隣さんがそういう人達で良かった、と見知らぬ河瀬さん家族の為に思った。
新しい客もないまま待っていると、三十分程で勢いよくお店の扉が開いた。
「……あ」
あの人?
わたしはちょっと伸び上がるようにして、相手の方を見た。シンさんよりわずかに高いくらい、ずいぶんと背丈のある、けれど肩の厚みや胸板はかなりしっかりとした、生成りのTシャツの上にオリーブ色のシャツを羽織った男の人が、あちこちを見回しながら中へと入ってくる。
――そして、わたし達の方を見た。
「あ」
向こうもかすかに唇を開くと、慎重な足取りで歩み寄ってくる。
シンさんが立ち上がってわたしの隣に席を移し、どうぞ、という手つきで空いた向かいの椅子を指し示した。
「河瀬、ユウジです」
テーブルの脇に立った相手は硬い顔つきで言うと、ぺこりと頭を下げる。
わたしも慌てて立ち上がり、「篠崎千晴です」と頭を下げ返す。
「森谷竜司、彼女の叔父です。……どうぞ」
もう一度シンさんが手で席を勧めると、河瀬さんは再度頭を下げて腰をおろした。
「あ、コーヒー。全部入りで」
注文を取りに来ようとした店員さんに片手を上げてそう声を上げると、ふう、と肩を落とすようにしてため息をつく。
年の頃は先刻の男性と同じ、二十代半ばに見える。さらさらとした髪は脇が短めに切られていて、しっかりした眉が目にぐっと近い位置にあって、そのまなざしが状況も手伝ってか、ひどく憂鬱で疲れているように見えた。
「……姉の、遺品をお持ちやとうかがったんですが」
そして何の前置きもなくぼそりと口火を切った声は、やはりひどく疲れているようで、けれどその声音は低く柔らかな響きをしていた。
「はい」
シンさんはうなずくと、シャツのポケットの中から、ジッパーで閉じられた透明の小さなポリ袋を取り出した。
その中に見える例のペンダントの姿に、遺族の方が目の前にいると判っていながら、わたしの背中は勝手にぎくりと固くなる。
聞こえるくらいはっきりとした音を立てて、河瀬さんが深く息を吸い込んだ。
そしてそのまま、息を止めてテーブルの上のそれをじいっと食い入るように見つめている。
「……これを、どこで」
たっぷり数十秒はたってから、息を吐き出すのと一緒に言葉がこぼれ出る。
シンさんがちらりとこっちに目を向けるのに、わたしはおずおずと話し出した。
「あの、わたし……勤め先が、あそこで」
ホテルの名を告げると、手も触れずにペンダントを見つめ続けていた河瀬さんが弾かれたように顔を上げ、初めてまともに正面からわたしの方を見た。
柔らかな曲線を描いた二重の下の大きな目が、凍りついたようにこちらを見ている。
その目に射貫かれそうになりながら、わたしは遺族の方に入手先を聞かれたらこう話そう、と決めていた内容を少しずつ話し出した。
「部屋のじゅうたんに大きなシミができてしまって、はがすことになったんです。そうしたらこれが、ナイトテーブルの下の壁際に入り込んでいて。古くからいるフロント係の人に聞いてみたら、見覚えがある、あのお客さんじゃないか、と」
話の途中で、河瀬さんはまたゆっくりとテーブルの上のペンダントに目線を落とした。
いつの間にか全身がぎちぎちにこわばっていたのが、視線が外れて少し力が抜ける。
「よう覚えて……そうですね、あんなことした、ひとですもんね」
相手は呟くように言うと、いきなり手を伸ばして袋を開き、あ、と思う間もなく手の平にざらりとそれを落とし込んだ。
ひゅっ、とわたしの喉が勝手に鳴って――けれど河瀬さんは特段何かを感じた様子もなく、ただ傷ましげなまなざしで手の中のペンダントをなぜている。
大丈夫……なの?
わたしは心臓がどきどき鳴っているのを感じながらちらりとシンさんに目を向けた。シンさんはこちらを見返して小さくうなずく。
「これ、俺……自分が、姉にプレゼントしたもんなんです」
そして河瀬さんは、おもむろにそう話し出した。
もともとあの場所で酒屋を開いていたのは、河瀬さんの一家だったのだという。
河瀬さんの曾祖父の代から営まれていたその酒屋は、小さいながら地元の人に愛され、商売は小振りながらもごく順調だったのだそうだ。
河瀬さん一家はご両親と姉の明里さんと弟であるユウジさん――後で知ったが漢字は「悠治」と書くそうだ――の四人家族だったのだけれど、母親は河瀬さんが高三のはじめに、長患いの末お亡くなりになったのだという。
「自分が高校に入った頃から、入退院を繰り返すようになって……そやからずっと、高校の頃は姉が母親代わりみたいなもんでした」
明里さんと河瀬さんは五つ違いで、母親が寝つくようになってからは学生生活を犠牲にしてよく家族の面倒をみてくれた、と河瀬さんは語った。
「うちの姉は父親が大分年いってから初めての子供やったこともあって、父がものすごい姉贔屓で。子供が喧嘩なんかしてると普通は『お姉ちゃんなんやから』というところを、『お前は下なんやからお姉ちゃんが先や』と怒ってくるようなひとでした。そやから逆に、母親がこっちをフォローしがちになって……そやしずうっと、姉は父親っ子で自分は母親っ子で。そういうの、判ってるもんやから……母親が寝ついて、挙句亡くなって、その間ずうっと、姉はほんまに、自分の面倒、ようみてくれて」
うつむきがちに淡々と語る口調には、どこか後悔のいろが覗く。
「そやから、なんちゅうか……若い女の子の楽しみ、みたいなん、ろくに味おうてなかったんやないかな、と。母が亡くなって、父もすっかり姉を頼るようになっとったし、どっか……甘えられるような先が欲しかったんかなぁ、て」
そう言うとさみしそうに、手の中のペンダントをぶら下げて見つめる。
「これ、自分が二十歳の誕生日の時に、バイト代で姉に買うたんです。姉ちゃんのおかげで無事に成人できたから、ありがとう、て。姉貴、泣いてねえ」
ああ、そうか。
河瀬さんの話を聞いて、判った。それはこの人が触ったところで、何ともない訳だ。あのペンダントから放たれる冷気が悪意や怨みなら、それは決して、この人にだけは向けられることはない。
「あんた自分の誕生日やのにあほなことして、お金が勿体ないやないの、て……そんでも喜んで、何度も何度もありがとう、言うて、毎日のように、嬉しそうに胸につけてね。近所のおばちゃん等にまで『弟がくれてんよ』て誇らしそうにね……もう恥ずかしいから言いふらすんやめてえや、て何回も言うてんけど、聞いてくれませんでしたわ」
低いトーンの声で語られる思い出はあくまで優しいセピア色に満ちていて、その結末が判っているだけにぎゅっと胸が痛む。
「……なんで無かったんやろ、て、不思議で」
不意にそのやわらかだった声のいろが、がらりと変わった。
わたしはどきりとして顔を上げる。
「あれの後……持ちもんとか、そういうの諸々、警察が持ってきて。言うても、鞄も携帯も、もう皆ぼろぼろでどうしようもない状態やったんですけど……壊れて取れた靴の踵まであったのに、これは無かったんです」
――あれ、という短い言葉で表された、いや、そうとしか表すことができない相手の心情が伝わり、こころが震える。
「何度もしつこく聞いたんですけど、そんなもんは無かった、の一点張りで。そやけどもうどうしても、自分ではその場に行って探すゆうことができんくて……ああ、きっと……ほんまに壊れてバラバラになって、どっかいってしもたんや、て、ずっとそう思ってました」
ぐっ、とペンダントの入った手を握りしめると、河瀬さんは顔を上げてわたしを見た。
「見つけて、くださって……本当に、ありがとうございました」
「あ……あ、いえ、そんな」
わたしは慌てて両手を振って。何だかひどく、申し訳ないことをしている気持ちになる。
だって、正直に言って自分の中では「怖くて恐ろしくて気持ちの悪いもの」で、そんなものから早く離れたい、離れてホテルもまともに戻って、レイコさんも何の心配もなくシンさんちに来られるようにしたい、そんな風にしか思っていなかったのだから。
このペンダントにそんな思いを込めていたひとがいたなんて、想像すらしなかったのだから。
「部屋に、あったんやったら……あいつの、せいやと思いますわ」
何とも言えない罪悪感に囚われていると、河瀬さんが不意にぼそりと言った。
その声の低さに、胸がぞくっとする。
わたしは咄嗟に、シンさんと顔を見合わせた。
「……あいつ?」
唇を湿らせシンさんが聞くと、河瀬さんは小さくうなずく。
そして、話し出した。
姉につきあっている相手がいるようだ、ということは、河瀬さんも父親も何となく勘づいてはいたらしい。
突発的に帰りが遅くなったり、やたらに携帯を気にしたり、妙に浮かれている日があったと思うと急に落ち込み気味になったり。
後になって思うと確かにあの時の一週間程前から姉の様子は変だった、と河瀬さんは語った。奇妙に情緒不安定だったし、夜にトイレやお風呂などで偶然に廊下で行き交った時に、泣いていたような雰囲気もあったと。
なんと河瀬さんは、いまだに相手の男の顔も名前も知らないのだという。
完全な自殺であり、たとえその動機になったかもしれないとはいえ相手の男に具体的な罪は何ひとつなく、だから警察も頑として名前すら教えてくれなかったのだそうだ。
けれども京都、という名の通った街で、朝の渋滞の中に飛び降りる、というセンセーショナルな亡くなり方をした為、事件の後に幾つかの週刊誌がそれを記事にして載せたのだという。
「読んだ後すぐ破り捨てて……そやけどいまだに、細かい内容まで全部、頭に残って消えんくて」
苦々しい、自嘲めいた笑みと共に、河瀬さんは呟いた。
勿論、週刊誌でも相手の名は伏せられてはいたけれど、記事によると相手は彼女が仕事で出入りしていた出版社の社員で、年は十二も離れていたそうだ。既婚で、奥さんとの間にひとり息子がおり、けれどもその子は重い障害を持っているらしい。だから家庭がしんどい、安らぎが欲しいと自分も口説かれたことがある、と部下の女性が匿名で語っていたそうだ。
それを聞いて、わたしは心底むっとした。それは勿論、大人なんだし、そんな関係になるのはどっちだって悪いと思う。でもその男は、相当な屑だ。
「姉は弱ってる人、放っとけんタイプやったから……ほんまどうしようもないあほやなあ、と思いますけど、まんまとそうゆうんにひっかかりよったんでしょう」
困ったものだと言うように、けれどひどくさびしげに河瀬さんは眉をひそめた。
あの日はどうやら仕事帰りにそのままホテルにチェックインしたらしく、男によると、それは「別れ話をする為だった」らしい。
二人はホテルのバーで一杯飲み、そこを十二時前に出て、その後部屋に二人で戻り――激しい口論となった挙句に、男は二時頃に彼女を置いて部屋を飛び出し、駅近くの別のビジネスホテルで一夜を明かしたのだそうだ。その時の口論の音が隣の部屋のゲストに聞かれており、部屋を飛び出した時間も大体確定していれば、ビジネスホテルにインして次の日の朝八時にアウトするまで、一切部屋を出ていないことも確認されていて、つまり本当にその男は彼女の死そのものには全く関わっていない、ということなのだそうだ。
そしてその朝の七時半頃、チェックアウトをして出ていった彼女は、あの歩道橋の上から身を投げた。
確かにぼんやりはされていたようでしたが、手続き自体は特に問題なくきちんとなさってました、と当時のフロント担当は警察に話したのだという。まさかあの後にあんなことをされるなんて思いもよらなかった、と。
そして記事には、河瀬さん達遺族には全く教えられなかった情報が書かれていた。
彼女の首筋には、何か細いもので絞められたような跡があったのだという。
状況的に完全に自殺だし、そういう意味では間違いなく男はシロだ。けれども夜の口論で二人はかなりもめ、その結果男が激昂し、彼女の首を絞めるような真似をしたのではないか、それが彼女にはショックだったのではないか、と。
何故なら、彼女のお腹には新しい命が宿っていたから。
その記事に河瀬さんは本当に驚いて、警察に殴り込むように事実を問い詰めに行き――彼女の妊娠が確かに事実であること、それは亡くなった時に既に父親には伝えてあることを聞かされたのだそうだ。そして首の跡については、それ自体はただの痴話喧嘩としか言えず、彼女の自殺が明白である以上特に遺族に伝えるべきことではない、だからそれについては父親にも教えていない、と。
姉の妊娠を自分に内緒にしていたことを、その後どうしても父親には問い質すことができなかった、そう河瀬さんは言った。
「そやけど、遺族の自分等にも教えられんようなことがなんで週刊誌に漏れとんねん、てほんま納得いきませんでしたけどね」
そしてそう苦笑混じりに続けると、ふう、と深いため息をついて。
「多分これで、絞めたんでしょう。で、そん時、切れて飛んだんやと思います」
河瀬さんはそう言って、手の中からざらっと、ペンダントをテーブルに落とした。無惨に切れたそのチェーンに、首筋から背中一面にざわっと鳥肌が立つ。
赤い石がまるで目のように、光ってこちらを見ている。
「そいつ、通夜にも葬式にも顔も出さんくてね」
河瀬さんは言うと、また苦く笑った。
「まあ来たところで、ぶっ飛ばして追い返してますけど……そやけどほんまに、あれから一度かって、線香の一本あげに来たこともなければ、謝罪も一切なしですわ。そいつの会社、全国的な情報誌の関西版担当しとったんですけど、その後そいつ、九州支社に飛ばされたらしくて……今はどこでどうしてんのかも知りません」
やっぱりどうしても気に入らない、その男。
先刻のざわざわが薄れるくらいに、むかむかと腹が立ってくる。
「記事にいわく、姉とはもうずいぶん前から破綻していてその日も別れ話をすることになってた、なのに突然妊娠を打ち明けられ、それをたてに離婚して姉と結婚するよう、自分に迫ったんやと……けど自分には障害のある子供がいて、離婚できんことは承知の上でのつきあいやった筈や、今更家族を捨てることはできんから、て立ち去ったんやそうですわ。こんなことになったのは不幸だったが、自分に責を問われても困る、て」
「……不幸?」
思わず口からむっとした声が出てしまった。だって何だ、その他人事っぷり。
河瀬さんは一瞬、ひどくやさしげな目でわたしを見、それから苦く笑う。
「ほんまにね、どの口が言うんか……もしほんまにそんな前から破綻しとったんやったら、もっと前から様子がおかしかったやろ思いますし。相手の家のこと判っとって、生まして、言うても、離婚して自分と一緒になって、なんて言うひとやないですわ、姉貴は」
そこまで言うと、ふっと河瀬さんの瞳が、暗いいろに翳った。
「……まあでも、姉がやったことは、やっぱりろくでもないですからね……姉は生命保険かけてたんで、そのお金を慰謝料代わりに相手の奥さんに渡そうか、て親父と話し合うて、警察にそう伝えてもらうよう頼んだんですけど、断られてもうて……まあ受け取りたないですよね、旦那奪った相手の金なんか」
自嘲気味に言う言葉が、胸に痛かった。
確かに一番の被害者は奥さんとその子供だ。けれど家族を亡くした河瀬さん親子二人には何の罪も無く、それどころか、こんなにも大きな喪失を受けてしまったというのに。
「あいつの家とか、名前とか……警察は教えてはくれませんでしたけど、実際、そうやって週刊誌の記者とかが取材できてる訳ですから、きっとその気になって調べたら判ったんやろうと思います。けど……父がやめとけ、言うて。相手さんからしたらこっちが加害者や、もし家が判ったかてそれでそいつんとこ乗り込んでどうする、相手の奥さんと子供がますますしんどい思いするだけや。あの子はよそさんの家壊したんやから、相応の報いを受けたんや、て」
ああ、まっすぐなひとなんだなあ、河瀬さんのお父さんって。
そしてその息子であるこのひとも、きっと。
「まあでも、口ではそんなん言うてましたけど、きっと自分なんかより親父の方がずうっと、やりきれん思いやったと思いますわ。あの時からもうみるみる、体なんかも縮むみたいにちいちゃくなっていって……亡くなるまで、ほんまにあっちゅう間でした」
……え?
喉の奥から、かすれた声が出た。
思わずまともに見つめると、河瀬さんは何故かはにかむような、眩しいものでも見るような目でこちらを見てかすかに微笑った。
「もともと弱りがちになってたとこ、肺炎で……三年半くらい、前に。まあもう七十越してましたからね。しゃあないですわ」
じゃあ……母親と姉と父親、三人に逝かれて、今は河瀬さん、ひとりぼっちなんじゃないか。
「亡くなるずいぶん前に、店はもう閉めてたんで……思い切って土地ごと売ってしもて、自分は越しましてん。もう……あそこ住んでんのも、しんどうてね」
そう言うとふうっと、河瀬さんは遠いところを見るような目をした。
「あの家に……ひとりで帰るんが、もう、しんどうて」
心臓がぎゅうっと握りつぶされたように、胸の全体に強いいたみが走った。
テーブルの端に置かれたその大きな手をぎゅっと握ってあげたい、そんな発作的な思いがわいたが、体が動かなかった。
わたしのそんな思いに気づく筈もなく、河瀬さんはテーブルの上のペンダントを手にして、また大事そうにそれを指先でなでた。
あの、冷たく薄暗い部屋が脳裏に甦る。
多分、もし単に別れを告げられただけなら、きっと彼女の絶望はそこまで深くはならなかったし翌日そんなふるまいをすることもなかったんじゃないか、殆ど確信的に思った。
妊娠してしまい、産む、という選択をしたなら、それは別れと同義だ。それくらいは彼女の側は判っていただろう。けれども認知くらいは望んでいたことと思う。何せお腹の子供の実の父親なのだから。
きっと彼女が本気で絶望したのは、相手が彼女の首を絞めたからだ。
彼女だけでなく、彼女のお腹の中の命までも共に、首を絞めたから。
その事実に、きっと彼女は絶望したのだ。
その絶望があのペンダントに乗り移り、あの部屋を暗く染めたのだ。
……やっぱり許せない、その男。いくら不倫はどっちも悪いと言っても、自殺したのは自分自身の選択だと言っても、もうそんな道義的なことは抜きに、感覚的にどうしても納得がいかない。彼女が死んで、彼女の子供が死んで、彼女の父親が死んで、そいつだけが今ものうのうと生きていることに。
テーブルの下でぎゅっと拳を握ると、今まで横で殆ど口をはさまずただ話を聞いていたシンさんが、腕組みをほどいてわずかに身を乗り出した。
「そのペンダント、もう一回お預かりしてええですか」
「えっ?」
手の中に目を落としていた河瀬さんが驚いたように顔を上げた。わたしも同じく、目を丸くして隣のシンさんを見る。一体どうして。
「なんで……」
「十日……一週間で、お返しします。そやし、どうしてもお嫌でなければ、預からしてください」
シンさんはそれだけ言うと口をつぐんで、それ以上の説明をしようとはしない。とまどった顔で河瀬さんがわたしの方を見たけれど、わたしにも全くシンさんの意図が判らなかったので、小さく首を振って返した。
「……判りました」
とまどった顔のまま河瀬さんはうなずいて、片手をシンさんに差し出した。
シンさんはその手から注意深くペンダントをつまみあげ、袋に戻す。
「ご無理言うて、すみません。なるべく早く、お返ししますんで」
「あ、いえ……こんな何年も昔のもん、見つけてくれただけでも有り難いのに、わざわざ届けてまでしてもうて、それだけでもう」
言いながら河瀬さんはわたしの方に顔を向け、また頭を下げて。
「ほんまに、ありがとうございました」
「いえ、あの……ご家族の方にお返しできて、良かったです」
慌てて言うと、河瀬さんはにこ、と笑う。今までで一番、陰のないその笑顔に、ほっとすると同時に何故だか胸の奥がつうんと痛くなった。
「そしたら、じゃ……連絡先、渡しときますんで」
河瀬さんはそう言うと鞄の中から名刺を取り出して、ペンでその裏にさらさらと携帯の番号を書き込む。
差し出されたそれを見ると、名前と共に紙製品を扱っている会社の名前が見えた。
「パッケージデザインとか企画とか、そんなん担当してます。今日はたまたま昼休みが遅なって、外で食事してたらマサカズ……隣のクリーニング屋の息子、同級生で幼なじみなんですけど、そいつからメール来て。読んでびっくりして、上司に頼み込んで早退してすっ飛んできました」
「すみません、平日の昼間に」
河瀬さんの言葉に、わたしは急に申し訳なくなって頭を下げた。自分が基本平日休みだし、シンさんなんて休もうと自分が思えばいつだって休みなものだから、世の一般的なそういうお勤め人の都合に全然気がまわらなかった。
「いや、ええですって。わざわざここまでしてもうて、その上えらい自分ばっかり延々喋ってもうて……でも聞いてもらって、ちょとすっとしました」
河瀬さんは歯を見せて笑って立ち上がった。
「お礼にここ、出しときます。……ほな」
そう言うと止める間もなく、さっとテーブルの上の伝票を取ってレジに向かってしまい――あ、と思った時には、もうレジでお金を払っているところだった。
「じゃ、また」
そしてこちらに向かってもう一度頭を下げると、店を出ていく。
後に残され、わたしは思わず深いため息をついた。
今聞いたばかりの話が、ずしんと重たくこころの底にはりついている。
けれどあれだけの哀しみを背負いながら、河瀬さんというひとは何だかひどく、健全というか、ねじけていないひとだと思った。巨大な辛さをその背に負いながら、背も曲げなければ膝も折らずにまっすぐ立って前を見ている、そんな感じがした。
そしてその姿を見ているのは、とても切なかった。
「ほな、帰ろか」
わたしの思いを断ち切るように横でシンさんがそう言って、名刺とペンダントの入った袋をしまい込むと立ち上がる。
「シンさん、そのペンダントどうするの?」
わたしは我に返って、立ち上がりながら気になっていたことを聞いた。
「……ちょっとな」
シンさんは短く言って、すたすたと歩き出し――ああもう、こうなったら絶対教えてくれないんだよな、シンさんって。
わたしは内心ふくれながら、シンさんの後に続いて歩き出した。
それから数日間、一体シンさんがあのペンダントをどうしているのか、わたしにはまるっきり謎だった。
ただ、休みや早出で帰りが早い日、昼間に家を覗きに行ってみたらいなかった、ということが二度程あった。そしてあの日から数日がたった夕方、仕事を終えて更衣室に入ろうとしていたところをぐい、と後ろから袖を引っ張られる。
「あ、吉川さん」
久しぶりに見たその顔に、どうにも申し訳ない気分になる。あんな情報を教えてもらいながら、あれ以来何の報告もできていないなんて。
「篠崎さん、ありがとう!」
ところが相手から出てきた言葉は、意外なものだった。
「……え?」
わたしがきょとんとしていると、吉川さんはあ、という顔になって廊下を見渡し、くいくい、と袖を引いて更衣室の脇の細い廊下にひとを引っ張り込む。
「今日、七階担当やって、あの部屋入ってんけど……もう全然、まるっきりどうもなくなっててん。ほんまありがとう!」
わたしは一瞬、言葉を失った。それって、一体。
「なあ、何してくれたん?」
どこかうきうきしたような顔で袖を引く吉川さんに、わたしは焦って、小さく咳払いした。ええと、とにかく何かを言わねば。
「あの……えっと、ご遺族にお逢いして……知人の知り合いのお寺の方に、ホテルの前でお経あげてもらいました」
「……それだけ?」
袖から手を離して、拍子抜けだと言わんばかりの顔と声で彼女がわたしを見た。
「はい」
もうどう説明していいのか全く判らなかったので、とにかくこれで押し通そうと決め、力強くうなずいてみせる。
「そうなん……? ああ、でも確かに、あん時は部屋で亡くならはった訳やなかったから、お坊さん呼んでへんかったような……なんや、そしたらウチとこの供養足らず?」
「さあ……そうだったのかも、しれないですね」
適当に同意しておくと、吉川さんは完全になあんだ、といった顔で全身から力を抜いた。
「なんやもう、そんなんでこんな長いこと怖い怖い思いさせられて……ほんまできん奴やったわ、あん時の宿泊部長」
吉川さんの声は完全に呆れ返っていて、けれどわずかに、瞳に涙が浮いている。
「ああ、良かった、ほんまそんなことで良かったんや……なんか悪いことしたよなぁ、そのお客さんにも。ずっと縛りつけとったみたいで」
「……そうですね」
彼女の言葉に、思わず深くうなずく。確かにそうだ。あの部屋にあり続けることで、あのペンダントはずっと不幸なままでいた気がする。
「ほんまにほんまに、ありがとうね。今度ご飯かなんか奢るわ。……ほなね、お疲れ」
吉川さんは小さく手を振ると、小走りに立ち去っていって。
残されたわたしは、思わずふう、と息をついた。
しかし……一体シンさん、何をしたんだ?
それとも弟さんに手渡した、あの時点でホテルの部屋の方は関係なくなってたのか?
あれこれ疑問に思いつつ、わたしは職場を出て、シンさんの家に向かい――あ、いない。
「どこ行ってんだろ……」
わたしはぼやきつつ、仕方なく自宅へと帰った。
そして次の日。
今日こそは、と思い仕事の後にシンさんの家に向かってみる。
からりと扉を開けると、机に向かっていたシンさんがぱっと弾かれたように顔を上げたと思うと、わたしの姿に落胆したように肩を落とした。
「なんや、お前か」
「なんやって何よ。失礼だなあ」
「ああ……」
頬ふくらませて抗議したのに、シンさんは全く取り合わずにいらいらと壁の時計を見上げて、ふと、あ、という顔でこちらを見る。
「そうや……ええとこ来た、お前」
「え?」
「悪いけど頼まれて。今日あの兄ちゃんと会うねん」
「兄ちゃんって……河瀬さん?」
「そう、あいつ」
言いながらシンさんは立ち上がると、家の側の引き戸に向かう。
「え、頼むって、何?」
「代わりに行ってきてほしいねん」
「ええ?」
わたしは仰天してその後を追った。
開いた引き戸から中をうかがうと、シンさんが部屋の小机の引き出しから何かを取り出している。
「シンさん、行かないの?」
「今荷物待ち。昼に来る筈やったんが、トラックが事故しよったらしくて。手配し直して今から持ってくる、て連絡あって……その材料今日中に届かんとまずいねん」
そう言いながらシンさんはこちらに戻ってきて、ぽん、といきなり、ひとの手の上にあのペンダントの入った小さなジップ付きの袋と、先日河瀬さんが出した名刺を置いた。
ぎくん、と背が固くなり――あ、れ?
「どうもないやろ」
わたしの顔を覗き込むようにしてシンさんがにやりと笑うと、横を通り抜けて机に戻ってしまう。
「シ、シンさん、これ、なんで」
わたしは混乱しつつ、手の上のそれとシンさんとを交互に見ながら尋ねる。
「ちょっとすっきりさせてきたったわ。もう全然どうもないやろ」
わたしは毒気を抜かれた思いで立ち尽くした。ああ、じゃもしかして。
「……部屋、何ともなくなってた」
「え?」
わたしの呟きに、作業に戻ろうとしていたシンさんが顔を上げる。
「あの部屋……何ともなくなってた、って、昨日ハウスのひとが言ってた」
「……ほうか」
どことなく満足気な笑みを浮かべて、シンさんがうなずく。
「そら良かった。これでお前も安心して働けるやろ」
「シンさん、一体、何したの?」
「んー?」
生返事しながら、シンさんは作業を再開して。
「まあ、それはおいおい……また今度話したるわ。ちょっと急な仕事で今日ほんま忙しいて。すっきりさせてからそれクリーニングしよ思っててんけど、そんな間もなかったわ。で、悪いけどそれ、頼んだ。タワー下のコーヒー屋に七時な」
「えっ?」
わたしは壁の時計を見て――六時前。
まだ時間にかなりの余裕はあったが、どう見てもシンさんは今日はそれ以上の説明をしてくれそうになく、仕方なくわたしは鞄に袋と名刺を入れるとシンさんの家を出た。
歩きながら、ペンダントの入った袋を取り出してじっくりと眺めてみる。
チェーンは切れたままだし、黒ずんだ汚れもそのままで、なのにそのペンダントは確かに前とは明らかに変わっていた。禍々しさというものがすっきりと拭い去られていて、ただの古ぼけたペンダントにしか見えない。
あれ程いやな感じのした赤い宝石も、こうして見るとただの可愛らしいアクセントにしか見えなかった。
ほんとに一体、何やったんだ、シンさん?
ひとりごちながら、袋の中からペンダントを取り出し、手の平に出して眺め――しかしこうなってみると、この汚れや鎖の切れが急にひどく気の毒に思えてくる。
せっかく女性の胸をかわいく飾る為につくられ贈られたものなのに、こんな姿で弟さんの元に帰るなんて、どうにも可哀相だ。
――まだ時間は、充分ある。
わたしは足の向きを変え百貨店の宝飾店に立ち寄り、この切れ方ならチェーンの直しは時間も費用もさほどかからない、と言われて迷わずお願いした。
椅子に座って待っていると、ほんとにすぐに店員さんに名前を呼ばれた。柔らかなピンクの薄紙にくるまれたぴかぴかのペンダントを渡され、思わず笑みが浮く。
白い封筒に入れてもらったそれを、肩掛けの鞄に入れて店を出る。
何だか胸がほこほことして、あたたかい。
足取りが弾むような思いで、わたしは待ち合わせ場所に向かった。




