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その13

アン・トレールが部屋へと戻った後のこと。

ロウは、マートゥを呼び止め、


「マートゥ殿。王女様は、ほんとうに催眠術の影響下にあるのか?

わたしと城へ戻る道中、何一つおかしいことは無かったが……」


「先程の魔方陣を見たであろう。あれこそが何よりの証。

残念だとは思うが、未だに、異形の術に侵されておるのであろう。あわれな王女様……」


ふと魔方陣を見やるロウ。

その陣は、誰が行ったものだろうか、いつの間にか綺麗に掃除されてしまっていた。


「異形ども……許せん……! しかしなぜ奴等は術を解かなかった?

もしかしたらまた王女様をさらいに来る手はずかもしれん……そうとしか考えられん!!」


マートゥは俯き、黙りこくっている。その視線はとても冷たかった。


「マートゥ殿。王女様にかけられた術、解く方法はあるのだろうか?」


「わからぬ……。異形どもの術には謎が多くての……」


かぶりを振って答える。


「術の解き方は二つ……一つは、術式を持って術を打ち破ること」


そしてもう一つは、とロウは続ける。


「術者を殺すこと。そうであったな、マートゥ殿」


ぴくり、とマートゥの眉が上がる。


「その通りだ……ロウ殿、まさか」


「異形の親玉に術を解く意思が無いのならば、もう殺して無理やり術式を解くほか無い。

もし術者を殺したことにより強化されてしまう術であれば、わたしが一生を賭して解く方法を見つけ出す。

放っておいたら、王女様はずっと催眠術にかかったままだ。もう、やるしかない」


「しかし、もし術が強化されてしまったら」


「ならば!!」


声を荒げるロウ。


「マートゥ殿が! 今すぐ! 王女様をお救いしてみせよ!

それが出来るのならば、私はわざわざ異形を殺しになど行かぬ!

それが出来ないからこそ、私は賭けに出るのだ!!」


その場にいた全員がロウの方を見る。

一度大きく息をついて、


「すまぬ……取り乱してしまった……。許されよ」


私は、王女様を、一刻も早く解放して差し上げたいだけなのだ。

小さな声でロウはそう続けた。


「さすがは勇者殿。その意気や、さすがですな」


そこには、デュモフとヘクセンが立っていた。


「並の男であれば決断することすら難しい問題を、

王女様のことを案ずる一心で即断する。その決断力こそ、勇者たる証」


「行きなされ、ロウ殿。万が一のことがあっても、我々も術を解くことに協力は惜しみませぬ。

今やるべきは、一刻も早く王女様を解放して差し上げること。それが出来るのは、あなただけです」


ロウとマートゥは、二人を交互に見やる。

デュモフとヘクセンは、これ以上ない笑顔を浮かべていた。


「分かりました……! お二人の言葉、このロウを奮い立たせるに十二分!

しからば、すぐにでも発とうと思います。ご協力、お願い致します」


「任されよ。最も疾き馬、最も堅き鎧、最も鋭き剣を用意させましょう。

ロウ殿は手荷物などをまとめられよ」


「かたじけない……ご両人!」


そう言うと、ロウは自らの兵舎へと走っていった。

ロウの背中を見ながら、マートゥが二人に問いかける。


「大丈夫……なのですかな?」


「ああ、大丈夫だ。どうなろうとも……な」


「計画は今夜、私の部屋で話そう。また協力してもらいますぞ、マートゥ殿」



その頃、アン・トレールの部屋。

彼女は、横になっていた。


「催眠術なんて……嘘でしょう? ソアック……。

私は何も変わっていない……私には何も、かかっていない……。

なのにどうして? どうして、あの魔方陣は、赤く……?」


あとは、言葉にならない呟きを繰り返す。

その様子を伺っていた付き人が、王に告げる。


「大分憔悴されているようです。もしかしたら術の影響かもしれません……」


「そうか……先程までは何もおかしい所など無かったのにのう……。

解けるものなのかのう……異形の術というものは……」


「先程耳にしたのですが……ロウ殿が、術をかけたとおぼしき異形の親玉を討伐に向かったとか。

もし討伐することで術が強まってしまう可能性もある、とのことですが……」


ふーむ、と一息付いた王が、


「強まってしまったら……それは仕方ないのう……」


「仕方ない……ですか……?」


「解けないのであれば……アン・トレールが真に王女かもわからなくなるであろう……。

そうすれば、儂は、何も遠慮せず王子に全てを継がせることが出来る……」


唾を飲み込む、アン・トレールの付き人。


「これから言うことを、誰にも他言しないと誓ってくれるか? ロゼルよ」


ロゼルと呼ばれた付き人は、一息おいて頷く。


「儂は……アン・トレールを王女だと思うことが出来ぬ……。

十八年前にさらわれた本当の娘であったとしても、今まで何一つ情を交わしてこなかった者を、

どうしてすぐさま愛することが出来ようか……。

いや、本当の娘であったとするならば、年月が隙間を埋めてくれるかもしれぬ。

しかし、今となっては本当の娘かどうかもわからぬ……。

仮に術が解けなかったとしたら……あれを、王女として扱うことが、儂には出来ぬであろう……。

だが、王女として存在する限り、無下には出来ぬ」


無言で直立するロゼル。


「なぜ、今になって……なのだろうな」


ため息と共に言葉を吐き出す。

王宮に夕日が差し込んでいた。

ロゼルは、王の端正な、彫りの深い顔に落ちる影をじっと見ていた。



陽が落ちて、月が王宮を照らしている。

暗い部屋で話をしている、三人組をも。

言うまでもない、デュモフ、ヘクセン、マートゥである。

マートゥが不安そうな声で、


「お二方……大丈夫なのですか? もしロウ殿が異形を連れ帰り、術を解かせようとしたら……」


「何を言っておられる。その時もあなたの出番なのですぞ。また例の魔方陣で……」


「しかし、あんなもので騙し続けられるものなのでしょうか……あの魔方陣は、男女の区別しか」


「しっ……それ以上はいけませぬ。幸い、この城においてああいった魔法術に詳しいのはあなただけ。

一応の知識はある者が多いですが、専門的ともなると、もう、誰も……。

あなたが催眠術にかかっている、といえばそうなるのです」


ヘクセンが頷き、言葉を繋ぐ。


「それに、実のところ誰も王女様の帰還を祝ってなどおりませぬ。

ばか正直に祝っているのは、下男下女、そして兵士共だけ。

我らのような要職にあるものは、大多数が歓迎などしておりませぬから、な」


「せっかく今まで王子様や王女様の寵愛を受けるべく尽力してきたと言うのに、

ぽっと出の『第一王女様』が権力を持ってしまったら……。

悪い方へ転ぶことこそあれ、良い方向へ転ぶことなどありませぬ」


「これは我らの為のみならず、この城の平穏のためなのです」


「もし我らが権力を失えば、マートゥ殿の研究費も削られるかもしれませぬぞ」


矢継ぎ早に言葉を続ける二人。

マートゥは気圧されつつも、


「わ、わかりました……儂としても無駄な権力争いが起こるのは勘弁願いたい。

それに、今まで目をかけてくれた王女様の地位が下がるのは個人的にも、嫌ですから」


ならば、よろしく頼みますぞ。

その言葉と共に、三人はがっちりと手を握り合った。




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