その12
翌日。
ロウは、王と王妃に、王女奪還の様子を語るべく、広間へ招かれた。
そこには王と王妃、王子や(第二)王女、アン・トレールだけではなく、大臣など、役職に就いている人間が大勢集まっていた。
先ずは大仰にロウの功績が称えられ、その後、ロウの話が始まった。
皆が、信じられない……という表情で話を聞いている。
そして、催眠術を竜に解かせ、アン・トレールを救い出し、城にたどり着くまでの、全ての話が終わった。
拍手が上がり、広間は歓声に包まれた。
英雄伝記を好むことで有名な大臣などは、興奮して涙まで流している。
その大臣が顔をぐしゃぐしゃにしながら叫んだ。
「この者は兵士などではない! 勇者だ!!」
勇者、勇者とそこかしこから声があがる。
ロウはその歓声を一身に浴びながら今までの冒険を思い返していた。
その時、ふと、彼の心に空白が芽生えた。
しかしその空白は次の瞬間には歓声によって埋め尽くされた。
皆が拍手をしている中、笑顔さえ浮かべていない人物がいた。
先日、深夜まで話し合いをしていた二人の男(服装から、大臣だということが解る)。そして、城の賢者と呼ばれている老人。
そして……アン・トレール。
拍手が少しづつ収まり、広間に静寂が戻ろうとしていた。
その時、声が上がる。
「お待ちください!!」
声を上げたのは、先日、夜遅くまで語り合っていた人物の一人である。
頭は禿げ上がっているが、立派な髭を蓄えている。
「只今、ロウ殿は竜が催眠術を解いた、と言われた。
しかし本当に催眠術は解かれたのでありましょうか?
二重に催眠術をかけられたのかもしれません。
もし、それが王様や王妃様に害なす類のものであったら、大変ですぞ!!」
「大臣殿! 口を慎まれい!」
ロウが声を荒げる。
しかしロウは叫んでから気付いた。
(確かに、竜が催眠術をほんとうに解いたのかどうか、私にはわからん……。
しかし、わざわざそんなことをするだろうか?)
「私に催眠術などかかっていないはずですが……そうでしょう? ロウ?」
アン・トレールは緊張した面持ちで、ロウに視線を送る。
「私の催眠術に対する知識はそれほどでもありませんが……先ほども話しました通り、
王女様が文字の上に横になった後、竜が輝く粉を振りまきました。話に聞いた催眠術の解き方と同じでした」
唇を合わせた、という点は省略してロウは話す。
うむ、確かに催眠術を解くための儀式に相違ない、と声が上がる。
「しかし、解いたと思わせるためのワナかもしれませぬ。
失礼を承知でお願い致します。ぜひこの城の賢者、マートゥ殿に診てもらって頂きたい!
どうかお願いします! 他意はございませぬ! もし、私の考えすぎでありましたら、どのような償いでも致します!」
周囲がざわめく。
しかし比例を恐れてか、誰一人として声を上げようとはしない。
ただ一人を除いて。
「デュモフ殿の言うとおりでございます! デュモフ殿は、ただ国を思っているだけでございます!
その気持ち、分かっていただけないでしょうか!?」
声の主は、デュモフと呼ばれた大臣と語り合っていた、もう一人である。
「デュモフ殿だけではありません! このヘクセンもまた、同じ思いでございます!
ただ一つ、その万に一つを案じているだけなのであります!
もし異形共の術がまだ残っておられるとすれば、いつ誰に何が起こるかわかりませぬ!
もちろん考え過ぎであるのが最良であることは重々承知しております!
それだけに、ぜひ、マートゥ殿に診ていただきたい!」
その表情は険しく、真に国を憂いているように見えた。
沈黙が場を包む。
その様子をじっと見ていた王が、ゆっくりと口を開く。
「のう……診るだけなら……別に良いのではないか?」
ぱっと顔を上げる、デュモフとヘクセン。
「まあ……アン・トレールがどうしても嫌だと言うなら……無理にとは言わんが……」
そう言いながら王は、アン・トレールに視線を投げる。
「いえ、私としては断ることもありません。むしろ、案ずることなど無いという事をそちらのの両名ならび、ここにいる全員に知っていただく好機。
ぜひお願いしたいと思います」
「そうか。それは良かった。では、マートゥ、よきに」
デュモフとヘクセンは顔を伏せたまま、誰にも気付かれないほど小さく、口の端を吊り上げる。
マートゥと呼ばれた老人は、アン・トレールの前に跪き、言った。
「それでは失礼します……どうか、こちらへ……」
マートゥは、アン・トレールを、少し広い場所へと誘った。
懐から白墨のようなものを取り出し、陣を描いていく。
描き終わると、陣の上に黒い粉を振りまいた。
「さて……この陣でございますが、精神に何らかの影響を受けている者……例えば、催眠術の影響下のある者。
そういった者が足を踏み入れると、陣は赤く輝きます。そうでない者が踏み入れると、青く輝きます」
例えばこの通り、とマートゥが陣に足を踏み入れる。
すると、白かった陣の文字は、青く輝き出した。
おお、とざわめきが上がる。
マートゥが陣から出た後、どれ、と言いながら大臣の一人が陣の中へと入る。
すると、同じように陣は青く輝いた。
マートゥはこほん、と咳払いをし、
「さあ、王女様。どうぞ中へ」
アン・トレールは緊張した面持ちで陣に足を踏み入れる。
だが、実のところ彼女は緊張などしていなかった。
しかし、彼女は次の瞬間、驚愕の表情を浮かべることになる。
「赤だ……赤く輝いたぞ!!」
魔法陣は血のような赤い輝きをもってアン・トレールを迎え入れた。
その場に居た全員が、驚きの声を上げる。
「そんな……なんで……どうして!? まさか……本当に……!?」
赤く輝く魔方陣とは対照的に、青ざめた表情のアン・トレール。
思わずへたりこんでしまうが、デュモフとヘクセンが脇を抱えた。
「王女様……申し訳ありませんが、未だに異形の術に侵されておいでのご様子。
ここはひとまず部屋にお戻りなされい。後ほど、マートゥ殿に診てもらうことにしましょう。
誰ぞ! 王女様を部屋へお連れして差し上げろ!」
「そんなわけ……そんなわけないわ……」
うわ言のように繰り返す。扉から出ていく際に漏らした
(ソアック……)
という囁きを、誰も聞き取ることは出来なかった。




