その11
アン・トレールを山中から救い出したロウは、路銀をはたいて馬車と使用人を調達し、
全速力で帰路についた(もちろん、旅に不慣れであろうアン・トレールを気遣いながらの全速力、であったが)。
人の足であれば一月はかかるであろう道のりであったが、
ロウたちは十日足らずで駆け抜けた。
旅としては短い日数であったが、アン・トレールは日ごとに表情が優れなくなっていった。
ロウは、
(旅に不慣れなのでは、お疲れなのもしかたがない。今だけは、我慢していただくしかない)
と、考えていた。
もちろん、常に甲斐甲斐しく世話をするロウなのであった。
果たして、アン・トレールの不調は旅の疲れだけであっただろうか……
ともかく、馬車はデバル国王の居城まで無事に辿り着いた。
使用人を宿に待たせ、アン・トレールを乗せた馬車を引く馬に跨り、ロウは城門へと向かった。
城門に近づくと、警備の兵士がふたり、近づいてきた。
「なんだ貴様。このような場所に薄汚い馬車で乗り付けおって」
若い兵士がロウに乱暴な言葉を浴びせる。
もう一人は年かさの、ロウよりもかなり年上に見える兵士であった。
その老兵士が訝しそうにロウの顔を見つめ……
「おおっ……お前さん、ロウじゃないか!? どうしたというのだ?」
老兵士が驚いたのも無理は無い。
ロウが城に帰ってくる時といったら、一年ごとの捜索報告をする時くらいであった。
その時も、馬になど乗らず、使い古した道具入れと剣だけを携えた恰好がほとんどであった。
このように馬に乗り、あまつさえ馬車を引いて帰ってくることなど無かった。
「私が城に帰る時……それは定例報告の時と……もう一つは」
ロウが口角を吊り上げ、少年のような表情を浮かべる。
そして、馬車の中に視線をやった。
老兵士は一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、唾を飲み込み、まさか、という表情で言う。
「まさか……王女様……か?」
これ以上ないくらい強く頷くロウ。
そして息を大きく吸い込み、大音声を上げる。
「王女様のご帰還だ!! 門を開けい!!!」
そして、城内は騒然となった。
なにしろ、十八年間ものあいだ、行方知れずだった王女が戻ってきたのだ。
王も王妃も、その子である王子や王女も、笑顔を浮かべ、第一王女であるアン・トレールを迎え入れた。
アン・トレールは名前を付けられる前にさらわれてしまったので、アン・トレールという名前をそのまま使う運びとなった。
アン・トレールも父と母に再び巡り会えた喜びを満面に表していた。
しかし、その表情にはやはり疲れが色濃く出ていた。
ロウはアン・トレールを気遣い、
(なるべく早く、お休みになられますよう……)
と、そっと言うのであった。
『王女様、ご帰還!!』
このニュースはその日のうちに城下町へと伝えられた。
後日、城の庭において一大パーティが行われる、ということも同時に。
一般の市民もぜひ盛り上げて欲しい……ということで、
特別に市民の城内への出入りが認められたのであった。
市民は興奮し、口々に国を、王を、王女を、そしてロウを讃えた。
酒場ではロウの冒険を歌う吟遊詩人が現われ、子供たちはロウの真似をして剣を振るった。
とりわけ喜んだのは、王子と(第二)王女の乳母だった人物である。
この乳母、実は、アン・トレールがさらわれた瞬間、まさにその場にいた人物なのである。
竜に対して女ひとりでは何も出来なかったといっても仕方のないことなのだが、
この人物はそれを苦に思い、自ら命を絶とうと思うほど思い詰めていたこともある。
同僚の説得により自害することは無かったものの、ずっと心の底では後悔していたのであろう……
ロウが兵舎へ向かおうとした時、彼に抱きついて号泣しだしたものである。
それをロウは優しくなだめ、王女奪還の喜びをひとしきり喜び合ったあと、
後日、冒険を語る約束をしたのであった。
そして、夜はふけた。
全てのものが眠りにつくはずの深夜……
そんな時間に、未だ明かりの消えない部屋があった。
その部屋では、男が二人、額を付きあわせて何やら話し合っている。
「まさか……王女様が……」
「なぜ、今ごろ……」
「このままでは我等の計画が、すべて……」
「そうだ、こういうのはどうだろうか?」
「! 名案だな……しかし、奴が承諾するだろうか?」
「なに、奴は困窮している。確か奴の娘が大病を患い、金策に困っていると聞いた」
「ならば、少しばかり“はなぐすり”を嗅がせてやれば……」
「多分、な。大体、こうすることが王国のためでもあるのだ」
「そうだな。我等は、物事を“あるべき姿”に戻したいだけだ。皆が平和であるためには、こうするしかないのだ」
「では、明日の朝にでも……」
「うむ。よろしく、たのむぞ」
話し合いは終わったのであろう、片方の人物が部屋を出た。
そして間もなく、部屋の明かりは消えた。
あとは、いつも通りの夜が過ぎていくだけであった。




