表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

その10

怒りに震えるソアック。

剣を突きつけ、問いかけるロウ。

ソアックがロウに向かって襲いかかろうとしたその時。


「ソアック……私の術を解いてください」


思わぬ声がかかり、二人の動きが止まる。

何を言っているんだ、という表情を浮かべるソアック。


「姫……一体何を」


「もう一度言います……ソアック、私にかかっている術を、解いてください」


アン・トレールは、ソアックに一瞬だけ目配せをして、言った。


「剣士よ、あなたの目的は私を連れ帰ることでしょう? ならば、私は帰ります。それで終わりにして下さい。

これ以上、この山のものを傷付けないで下さい。そう約束していただけるのでしたら、私がソアックを説得します」


ロウは一瞬考えるそぶりを見せると、構えを解かないまま後退する。


「もとより、俺の目的は王女様だけです。竜や異形らを殺すのが目的ではありません。

それに、そこの竜も、その翼では二度と悪さは出来ないでしょうから」


「それならば良いのです。さあ、ソアック、こちらへ」


ソアックはロウを警戒しながらアン・トレールに近づく。

二人はロウに聞こえないように小声で話し始めた。


「私は必ず帰ります……いまは彼を……」


「ですが……危険では……」


「しかし……このままではあなたや皆が……」


「我等……姫様の為なら死など……」


「やめてソアック。私は……!」


「それ以上はいけません。あなたは“我等”の姫なのです」


「……そうね。ごめんなさい。でも、“あなたたち”がいなくなったら、私は」


「……わかりました。仕方ありません……」


すると、ソアックは竜から人へと変身した。

ロウの三倍はあったかと思われた体躯は、みるみるうちに人の大きさへと縮んでいった。


「わかった……姫様の術を解く。そうしたら……姫様を連れて……帰れ!!」


その言葉を聞いたロウは、大きく頷き、刀身を一拭いすると、鞘に収めた。


「うむ。それで良い。本来貴様の罪は死んでも償えるものではないが、

真実の加護と我が名において貴様を赦そう。その翼と腕で償ったことにしてやる」


馬鹿め、とソアックが呟いたが、それはロウに聞こえることは無かった。


「それでは始めます……姫、こちらへ」


そう言うとソアックは足元に文字を書き始めた。

古い言葉であろうか、内容は読み取れない。

文字を書き終わると、その上に血液を垂らしていく。

一言二言ソアックが呟くと、弾けるような音を立てて血液がかき消えた。

すると、文字の周りの地面が血液の色に染まっていた。


「それでは……目を閉じて下さい……っ!」


アン・トレールは首元と背に手を回し、そっとソアックと唇で触れる。

それは一瞬であっただろうか……。


「すぐ、戻ります、ソアック」


「お待ちしております、姫」


言葉が漏れる。

ロウには聞こえないように、僅かな吐息に乗せただけの言葉が。

その様子を見ていたロウが叫ぶ。


「貴様! 竜の分際で、けがれ無き王女様と何をしている!!」


アン・トレールは冷たい視線をロウに向け、吐き捨てるように言う。


「ただの、儀式です。さあ、ソアック、続きを」


身体を文字の上に横たえると、目を閉じ、胸の上で手を組む。

ソアックは、ロウには聞き取ることの出来ない言葉を唱え、懐から取り出した白い粉を振りまく。

その粉は輝き、アン・トレールを包み込む。

ソアックはロウに向き直って言った。


「これで終わりだ……少しすれば目を覚ますだろう。

そうしたら連れて行くが良い。もう貴様の顔は……見たくない」


言って、ソアックは腕をかばいながら扉の向こうへと消えて行った。

ロウはこれ以上ない達成感を全身で味わっていた。

十八年間探し続けた人が目の前にいるのである。

ロウには目を覚ますまでの時間が永遠にも思えた。

初めて城から旅立った日のこと。

凶暴なけものと戦った日のこと。

自然の脅威に打ち負かされそうになった日のこと。

月に映る竜を見つけた日のこと。

今までの十八年間を、思い出していた。


そして、ついにその時は訪れる。

アン・トレールは、ゆっくりと目を開けた。


「助けていただいてありがとうございます、ロウ」


夢にまで見た一言を耳に出来たロウの両眼から、

全ての感情の入り混じった涙が溢れた。

それはとどまることを知らず、体中の水分が流れ尽くしてしまうのではないか……

と思えるほどの量であった。


ロウは両手で顔を覆い、泣いた。ただ泣いた。

言いたいことは言い切れないほどあった。

しかしそれを言葉として伝えることが今のロウには出来なかった。

ただ泣き、ただ叫んだ。


「私は……!! ずっと……!!」


そういった断片的な言葉しか伝えることは出来なかった。

しかし、アン・トレールはそんなロウを見つめ、優しく言った。


「言わずとも解っております。催眠術にかかっている間のことは、覚えております。

ありがとう、ロウ。さあ、帰りましょう」


ロウは泣きながら笑い、また泣いた。

ひとしきり泣き終わると、照れくさそうに鼻をすすり、言った。


「はい……! 王女様、帰りましょう!! あなたのほんとうの場所へ!!」


「ここの仕組みは解っています。山道への出口があります。

案内しましょう。さあ、こちらです」


アン・トレールは歩き出した。

まるで急いででもいるかのような足取りで。

ロウは慌てて後を追う。その顔には眩しいほどの笑みが浮かんでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ