第82話 希子に会いに…
乱子が希子の死を知ってから2週間が経とうとしていた。強気でポジティブ思考の乱子でも、なんとか立ち直るのにこれだけの時間を要したのだ。それほどまでに、希子の死は乱子の心に深い傷を負わせた。
その間、KCSのスペシャルの欄から、静かに『らんきりゅう』の札が外される。さすがに、どこからか漏れた希子の死の噂を止める事が、鉄平には出来なかった。
そして、仕事も休み、ずっと乱子に寄り添ってきたココが、乱子の部屋で帰り支度をしている。
「ほんなら後は大丈夫やな?」
「はい。ココさん…ほんまにありがとうございました。」
「ええよ。あんたまで何かあったらって思うと離れられへんかったわ。とりあえず、もうすぐ鉄平さんが迎えに来るって。」
この日、やっと落ち着いてきた乱子を、鉄平が希子の実家へと連れて行く約束をしていた。
「あの…ココさんはほんまに一緒に行かないんっすか?」
「うん。さすがに仕事も休み過ぎたし、そろそろボブさんとこにも行ったらなあかんからな!」
「そう…すか…。」
不安気に俯いた乱子を、ココが強く抱き締めた。
「乱子、あんたは強い。だからもう大丈夫や。後は希子と向き合ってくるだけ…。しっかりケジメをつけておいで。」
「はい…。分かりました…。」
すると、そこで乱子のスマホが鳴る。着信画面を見ると鉄平からだった。
『もしもし?今下に着いたぞ。用意できたら降りてこいよ。』
「了解や。すぐに降りるわ。」
乱子は電話を切ると、ココと一緒に鉄平の車へと向かった。そして、白い乗用車の横で、こちらに手を振る鉄平の所に着くと、乱子は深々と頭を下げる。
「ありがとうな、鉄平。今日はよろしく頼むわ。」
「何でちょっと俺には偉そうやねん。まぁええわ、車に乗れ。」
鉄平にそう言われ、乱子が助手席に乗り込むと、ココと鉄平が、車から少し離れた場所で話をしている。
「どうや?乱子は落ち着いたんか?」
「そうっすね。たぶんもう大丈夫やと思います。」
「希子が最後に乱子と会った日の事…まだ話さん方がええか?」
「それはしばらく言わん方が良いっすね。乱子の性格上、暴れて揉めて大変な事になると思うんで…。それこそ、最悪のパターンやとカンサイにおられへんようになるかも…。」
「そうか…。しゃあないわな…。それこそ荒木と話してくれたら一番早いんやが…。」
「ほんまそれが一番なんっすけど、いつか時が来たらって感じっすね…。」
「で、ほんまにココは送らんでええんか?近く通るけど。」
「大丈夫っす。ぼちぼちゆっくり帰りますわ。それより、乱子お願いしますね。」
「分かった。後は任せろ。」
そこで二人は会話を終え、鉄平が運転席に乗り込む。そして、乱子がココに挨拶とお礼をするために窓を開けると、それよりも早くココが声を掛けてきた。
「乱子、しっかり挨拶しておいでや。絶対に乗り越えるんやで。ちゃんと受け入れて帰ってくるの…待ってるからな。」
「ココさん、ほんまにありがとうございました!ココさんがおらんかったらうちは今頃…。希子と…希子の家族に会って、うちはしっかりケジメつけてきます!じゃあ…いってきます。」
これ以上ココに心配をかけてはならないと思った乱子は、少し無理をして笑顔を作る。それが分かっているココは、優しく微笑むと、乱子の肩をポンッと叩いてから車から離れた。
そして、鉄平が車を出す。しばらく走ってから高速道路に乗って希子の元へと急ぐ。
車の窓からボーッと景色を眺めている乱子に、鉄平は声を掛ける。
「大丈夫か?後30分もすれば着くけど…。」
「今はなんとか…。でも、希子の事を聞いてからしばらくは全く寝られへんかった…。夢に出てくんねん。恨みのこもった目でうちを睨みつける希子が…。その度に飛び起きて…ほんまにうちは死んだ方がええんやって思った…。そんな時は、傍におってくれたココさんが抱き締めてくれてさ…ほんまココさんには命を救われたわ…。」
「それなら良かったわ…。ほんま…。」
そこで、乱子はある気になった事があり、鉄平にその事について質問する。
「うちは今KCSでどんな扱いなん?」
「クラスの事か?それやったら、お前はまだスペシャルのままや。」
「え…マジか…。下位クラスぐらいまで落ちてるって思ってたわ。どうせ鉄平が動いてくれたんやろ?ありがとうな。」
「ずっと上の位置から喋ってきてるよな?全部終わったらしばくからな。」
「ふふ…。ごめんて…。」
「それにな、動いたんは俺だけやない。」
「え?他に誰が?」
「お前の同期の一部の芸人が、俺の所に来て抗議みたいな事してきたりしたんや。まぁ俺も初めからお前をスペシャルから降ろすつもりは無かったし、それはええんやが、それよりももう一人動いた人間がおったんや。そっちの方が影響がでかかった。」
鉄平の口から語られたその人物の名は、乱子が予想もしていなかった名だった。
「木屋さんが動いた。」
「えっ!?あの激怖社長の!?」
「そうや。俺にも一言残していったわ。」
「なんて?」
「『約束は守らせるように。』ってな。」
その約束とは、あの飯会の日に『木屋に面白いと思わせる』と乱子が豪語した事だろう。
「あの人、覚えてたんや…。」
「お前にはこれからまだまだ守らなあかんもんがある。前だけ向くんや。」
「うん…。」
そこからは、乱子はまた窓の外を眺め、車内は静かになる。そして、とうとう希子の実家に到着する。
青い屋根に白い外壁をした、二階建ての一軒家だった。その道路に面した玄関に、乱子の見覚えのある人物が立っていた。
それは希子の妹の望だった。車の中から見えた望の顔は、乱子の事を悲しそうに睨みつけているように見えた。




