第79話 虚無の中で…
乱子が、らんきりゅうの解散を鉄平に報告してから1週間が経った。
KCSでその事を知るのは鉄平と荒木のみで、荒木に関しては、大場にすらその事を伝えていなかった。
鉄平は、乱子から送られてきた『らんきりゅうの解散』を正式には認めておらず、KCSの誰にも報告はせずに、乱子と希子から詳しい事情を聞くために保留しているのだ。
しかし、乱子も希子も、この1週間KCSに一切顔を出さず、他の生徒達からもそれについていらぬ噂が立ち始めていた。
「ほな今日の授業はここまでや。お疲れさん。」
鉄平が、上位クラスのネタ見せの授業が終わり、いつも通り教室の机で作業をしていると、プリッツーの中島がやって来た。
「鉄平先生、お疲れ様です。最近変な噂を聞くんですけど…。」
「噂?何のや?」
神妙な面持ちの中島を見て、彼が何を聞きたいのか、鉄平はすぐに察した。だが、鉄平は中島に悟られないよう、噂など知らないといった態度をしている。『らんきりゅうの解散』など起こっていない出来事と思わせるためだろう。
「らんきりゅうが…全然KCSにも、ライブにも顔を出さへんって聞いたんで…。みんながらんきりゅうは解散したんちゃうかって噂してるんです…。」
「アホか、それやったらすぐにでもあそこの名札を剥がしとるわ。」
鉄平がそう言いながら指差した先には、35期生のクラス分けされた表が貼り付けてあり、その一番上の欄のスペシャルの所に、フラッシークラウンとらんきりゅうの名札が貼られていた。
「そう…ですよね。もし、あの二人に会ったら伝えておいて下さい!たぶん、僕らが次にあの子らと共演するんは『KCS35期卒業ライブ』やと思うんで。その時は楽しみにしてるって!」
「おう!分かった!あいつらに言うとくわ!」
中島は、鉄平にそれだけ伝えると教室を出ていった。その後、教室に誰も居ない事を確認した鉄平は、とても大きな溜め息をついた。
「はぁ〜〜〜…。ほんまあいつら何をしとんねん…。希子は連絡返してこーへんし、乱子なんかスマホの電源すら入れとらへん…。荒木に聞きたい所やが、今は東京で大事な仕事しとるしな…。どうなってまうんや…ほんま…。」
らんきりゅうに大いに期待していただけに、鉄平の落胆は酷いものとなっていた。
そこに、関西芸能の事務仕事をしている男性の社員が鉄平を訪ねてきた。
「あの…お疲れ様です。今ちょっと良いですか…?」
「お疲れさん。構へんで、どうした?」
その社員は、かなり気まずそうに目を泳がせ、中々話をしようとしない。しびれを切らした鉄平が、少し苛つきながら、彼に早く話すよう催促をする。
「何や?なんかあるから来たんちゃうんか?」
「あ…!はい…そうです…。あの…らんきりゅうってどうなってるんですか?ちょっと噂を聞いてしまいまして…。」
また、らんきりゅうの噂についての質問に、鉄平はうんざりした顔で答える。
「どんな噂か知らんけどな、あいつらに関しての噂はデマばっかりや!鵜呑みにすんな!」
「そうなんですか…?それなら良いんですけど…。」
何か隠していそうな態度をする社員を、鉄平は怪しみ、深くその事について問いただしてみた。
「何かまだ言いたい事あるんやったら言え。」
「だ…大丈夫です!噂が嘘ならそれで良いんです!じゃあ僕はこれで!」
焦った様子で教室を飛び出していった社員を、鉄平は怪しんだ様子で見ていたが、今はそんなものに構っている暇は無かった。
そして、そのまま何も出来ず、無情にも時間は過ぎていくのであった。
――そのまま、乱子も希子も姿を現さないまま年は明け、いつの間にか1月を迎えていた。
乱子は、一人暮らしをしているアパートの散らかった一室で寝転びながら、生気の無い目で天井をぼーっと見つめている。
(あ…、そろそろKCSに顔出さなあかんか…。なんか…おもろいネタ考えんとな…。)
KCSに行く事を考えると、乱子の顔は微かに苦痛に歪む。
(でもな…行ったら希子と顔合わせなあかんし…。それはまだ…ちょっとな…。)
乱子は怠い身体を無理矢理起こすと、冷蔵庫に向かう。何か食べようと冷蔵庫のドアを開けると、何かが腐ったような嫌な匂いが鼻に入ってくる。
「くっさ…。そういえばもう1週間ちょいぐらい外に出てへんかったな…。」
カップ麺などを大量に買い置きしていた棚を見ると、そこには食べ物と言えるものは何一つ残っていなかった。
風呂も3日に一度ぐらいしか入らず、綺麗だった黒い髪の毛はボサボサになっている。
こうなるほど、乱子はあの出来事に酷く心を傷付けられたのだ。何のやる気もでず、ただただ日が過ぎるのを待ち、時が全てを解決してくれる事だけにすがっていた。
誰とも話をしたくないという思いが強過ぎて、あれから一度もスマホの電源すら入れていない。何度か誰かが家のドアを叩く音がしたが、心ここにあらずの乱子は、無意識にそれをずっと無視し続けていた。
「あーあ…面倒臭いけど…買い物にでもいくか…。」
乱子が買い物に行くため、財布を取り、ドアノブに手をかけた時だった。
突然、ドアから『ドンッ!ドンッ!ドンッ!』という音がして、乱子は後ろに飛び退くほど驚いた。
このまま居留守を使おうと乱子は思ったが、飛び退いた時に軽く音がしてしまい、それが聞こえていたドアの向こうにいる人が大声で乱子を呼ぶ。
「おい!乱子!おるんやろ!?すぐにドア開けろ!」
それは、ココの声であった。緊急事態を思わせる切羽詰まった声に、乱子は渋々ドアを開けた。
すると、そこには黒いスーツ姿のココと鉄平が立っている。
乱子は、二人の服装が喪服であるとすぐに気付く事が出来なかった…。




