第77話 崩れ去る
KCSが入っているビルの近くに、関西芸能本社のビルがある。その本社ビルの事務所で、乱子と鉄平が並んで篠田から叱責を受けていた。希子が連絡も無しに姿を見せず、らんきりゅうは今回の仕事をドタキャンしてしまったからだ。
篠田の怒りは相当なもので、さっきから何度もデスクに拳を叩きつけながら怒鳴っている。
今回、らんきりゅうが行く予定であった仕事は、フレッシュハウスで活躍する芸人が、遠方に赴きネタをするというイベントであったため、責任者は篠田となっていたのだ。
「お前らは一体何をしとんねん!!ド新人が仕事に穴を開けるってどういう事か分かってんのか!!」
「申し訳ございません。私の管理不足です。」
鉄平は、怒りが収まらない篠田に対し、深々と頭を下げた。
「スペシャルやからって何でも許されると思ってるんちゃうやろな!!フラッシークラウンが忙し過ぎて手の回らん仕事をせっかく振ったったのに!!こっちはえらい損したわ!!」
「だからうちが一人でも出るって言うたやないっすか…。」
あまりにもしつこい篠田に、乱子が不満気にボソッと反論する。それが火に油を注ぐ結果となり、篠田の怒りはヒートアップしていく。
「お前なんかが一人で出て何になるっていうんじゃ!!反省もしてへんみたいやの!!お前らは二度とフレッシュハウスのライブには出させへんから覚悟しとけよ!!」
「い…いやそれは!こいつらも大事な時期なんです!普段は希子も連絡も無しにこんな事する奴やないんです!連絡が取れ次第謝罪に来させますから!」
乱子のせいで話がこじれだしたのを、鉄平が平謝りをして何とか収めようとする。
「おら!乱子!お前も頭を下げんかい!!」
乱子は、鉄平に後頭部を掴まれて無理矢理頭を下げさせられる。床に向けられた乱子の顔は、怒りと屈辱にまみれた表情をしている。
「すいません…でした…!以後…気を付けますんで…!」
乱子は、頭を下げたまま、絞り出すように謝罪の言葉を口にする。
その後もしばらく篠田の叱責は続き、それに対して
鉄平が必死にらんきりゅうの弁護をした。そして、最終的には鉄平が庇ってくれたおかげで、何とか『フレッシュハウス1ヶ月出禁』というものに落ち着いた。
気付けば時刻は22:00を過ぎ、乱子と鉄平は最後まで頭を下げっぱなしのまま話は終わり、疲れ切った顔で本社ビルの外に出る。
「乱子…希子とは連絡取られへんのか?」
「…うん…。」
今までの努力が水の泡になってしまった乱子は、怒りやショックや焦りなど、様々な負の感情が入り混じり、今自分は何に対してどう思っているのかも不確かな状況であった。
そんな不安定な乱子を、鉄平は心配そうに気遣う。これが最悪の結果に繋がるかもしれないと危惧したからだ。
「おい乱子。とりあえず何か飯でも食いに行くぞ。お前どうせ朝から何も食べてへんやろ。」
「いや…大丈夫っす…。」
「ほなせめてそこまで送っていくわ。」
「それも…大丈夫っす…。ちょっと…一人になりたいから…。」
鉄平の誘いを断り、乱子は黙ったまま歩き出した。今の乱子の様子を見る限り、何を言っても頭に入らないだろうと判断した鉄平は、そのまま乱子の背中を見送る事に決めた。
「おい乱子!何かあったらすぐに連絡してくるんやぞ!分かったか!?」
鉄平が最後に、乱子の後ろ姿に向けてそう叫んだが、乱子は何の反応も示さずそのまま歩いて去っていった。
鉄平と別れた乱子は、フラフラと繁華街を歩いている。憔悴している乱子には、繁華街の眩しさや、人々の喧騒が心底鬱陶しかった。
そして、本社ビルから少し歩いた道端に、黒塗りの乗用車が止まっており、乱子がその横を通り過ぎようとした時だった。助手席のドアが開き、そこから希子が降りてきたのだ。
希子の姿を見た乱子は、思わず大声で名前を叫ぶ。
「希子!!!」
その声に反応して振り向いた希子は、驚いた表情を見せた後、気まずそうに何も言わず、視線を逸らすように俯いてしまった。
そんな希子の態度に、さっきから溜まりに溜まっていた乱子のフラストレーションが爆発する。そして、乱子は勢いのまま、希子の両肩を強く握ると、彼女の身体を激しく揺らしながら問い詰める。
「希子!!一体何があったんや!!何で連絡も寄こさんとこんな所におんねん!!説明せーや!!」
「ら…乱子…い…痛いって…。」
乱子に激しく身体を揺さぶられた希子は、痛みで顔が苦痛に歪む。すると、乱子の乱暴な行動を止める男性が運転席から現れた。
「おい。落ち着いて一回希子から離れろや。」
その男性は荒木であった。荒木は、冷静にそう言うと、希子に組み付いていた乱子を引き剥がした。
力無く希子から離れた乱子は、呆然と二人を見つめている。その目からは、光が薄らいでおり、焦点が合っていないようにも見えた。
すぐに希子は、茫然自失になっている乱子に、言い訳をしようとする。
「乱子!ちゃうねん!これは乱子が思ってるような事じゃないねん!荒木君は私の事を…!」
「もうええって…。」
乱子は、両拳を震えるほど強く握りしめながら、言葉を絞り出した。
「良くないって!乱子!ちゃんと聞いて!ってか何も聞いてないの…!?」
「もうええって言うてるやろが!」
自分に触れようとした希子の手を、乱子は思いっ切り振り払った。
「もう…終わりやな…。」
「え…?」
乱子のこの言葉の続きが何なのか、希子は予想できていた。それは、希子が絶対に聞きたくない言葉であり、最も乱子の口から告げられたくない宣告だった。
「うちら…解散やな…。」
乱子は、希子と目も合わせず、歯を食いしばりながら絞り出すように告げた。
すると、うるさかった街の喧騒が二人の間でだけピタリと静かになり、自分の息づかいと鼓動の音だけが聞こえる空間に変わるのだった。




