第76話 自分が一番輝ける場所
「で?何があったん?」
ココが、乱子の頼んだミックスジュースを出しながら聞く。それに対し、乱子は先にジュースを一口飲み、しかめっ面で話し始める。
「なんかね、希子と上手い事いってないんです…。」
「どういう風に?」
「二人でおる時間はめっきり減ったし、今日だって大事なライブで希子がめっちゃミスして…。」
「あー、今日登竜門やったっけ?ってか凄いやん。KCS在学中に登竜門に出るやなんて。ここ最近でそんなん聞いた事無かったで。ほんで、結果は?」
「分からんっす。今日のあの漫才で良い結果なんて出るわけないから、出番終わりで帰ってきました。」
「希子のミスでって事?」
「はい…。」
ココは、ここまで落ち込んでいる乱子を見た事が無かった。
「ふーん。らんきりゅう解散すんの?」
「ちゃいます!そんな事は考えてないっす!でも…このままやったら…。」
このまま話していても、散らかった乱子の心の内を聞けないと思ったココは、一度話を変える。
「あ、そうそう。私な、芸人辞める事にしてん。」
「えーー!?何でっすか!?ココさんめちゃめちゃおもろいやないっすか!」
「そうやねん。私はおもろいねん。けどな、時代がまだ私に追いついてなかったみたいでな。舞台で『チンコ』とか連呼してたらお客さんドン引きしよんねん。」
「あー…。それは…一生ココさんに時代は追いつかないっす…。」
そこでココは、空に向けて指差すようにポーズを決めて、キラキラした顔を作る。
「だから、私は私だけの〝下ネタキングダム〟を建国するって決めてん!」
「おぉ!!絶対すぐに革命が起きて崩壊しそうな王国や!何て名前にするんっすか!?」
「〝Tin Tin〟や。」
「え、何て言いました?」
「〝Tin Tin〟。」
「てぃんてぃん…。それってもしかして…。」
「みなまで言わすなや、恥ずかしいやろ。」
「いや…さっきまで普通にチンコとか言うてましたやん…。やっぱココさんって頭バグってんすね!でも、ココさんが芸人辞めるんは寂しいっすわ…。」
カウンターに伏せて拗ねたようになる乱子に、ココがボブを引っ張って目の前に連れてくる。
「私はな、この〝下ネタのファンタジスタ〟とまで言われるボブさんの弟子になって、BARの経営とか、下ネタを学ばせてもらうんや。」
すると、まんざらでもなさそうな感じでボブがそれに応える。
「ココの下ネタに対する才能は天下一品やからな!それを制御する力さえ身につければ…想像しただけでゾクゾクするで!」
二人で盛り上がりだしたココとボブに、乱子は呆れた様子である。
「聞いてるこっちは何もゾクゾクせーへんねんけど…。ってかボブってお笑いの事分かってんの?」
「アホか!俺はマンハッタンのブロードウェイでコメディアンとしてバリバリやってたんやぞ!」
「えっ!?そうなん!?ボブ凄いやん!」
「嘘嘘。俺は大阪生まれ下ネタ育ち、地黒の奴は大体友達や。」
「嘘かい!ほんで自分らの事を地黒とか言うな!コンプラ的に笑ってええとこか分からんねん!」
ボブの陽気なジョークに、コンプラを気にしてツッコむ乱子だが、将来黒人の方をイジりまくったボケを、華にかます事になるとはこの時夢にも思っていなかっただろう。
そして、乱子の肩の力が抜けた所で、ココが改めて大事な事を乱子に聞く。
「ふうー…。私らの事はここまでやな。で、乱子はどないすんの?ってかどないしたいんや?」
「どないしたいって言われてもね…。」
「私はな、私のやりたい道を選んだ。芸人はずっと夢やったけど、それよりも私が輝ける道が見えたからや。乱子はどうや?自分が一番輝くにはどうしたらええ?」
ココの言葉に、乱子は少しだけ悩んでから答えを出した。
「うちが一番輝いてる時は、希子と漫才してる時っす。この道だけはブレる事はないっす。」
「それやったら、希子とちゃんと話をせなあかんやろ。」
「分かってますよ!でも、今日だって誘ったけど…来られへんって…。」
希子の来れない原因が何か、乱子の顔を見てココはすぐに察した。
「荒木か。」
「たぶん…。」
「たぶん?それやったらほんまか分かれへんやんか。乱子がただ決めつけてるだけかもせーへんやろ。
あのな、人間って誰でもスランプってあんねん。それは中々自分では抜け出そうと思っても抜け出されへん。そんな時に、相方のあんたがもっと寄り添ったれや。」
「うちは寄り添ってます!希子の夢も一緒に叶えてあげたいし!それに…何より…あの希子の天才的なツッコミがうちには必要やから!また…二人で楽しく漫才したいっすもん…。」
胸の内をさらけ出し、普通の人ならここで涙が流れるのかもしれないが、芸に関する事では絶対に泣かないと決めている乱子は、涙が流れないように必死で我慢しているようだった。
「ほな希子とちゃんと話をしなさい。手遅れになる前にな。」
「はい…。」
「ってかあれちゃうん?彼氏がおる希子に嫉妬してるだけちゃうんか?」
「ちゃいますよ!」
「しゃーないな。この世で一番ええ男を紹介したろ。」
ココの振りに間髪入れずにボブが乱入する。
「フフフ。俺の出番のようやな。君の純白の心を、俺の漆黒のナニで…」
「キモいキモい!何を急に自信満々で出てきてんねんな!女子に向かって漆黒のナニとか言う奴にうちが惚れるわけないやろ!」
こうして、乱子はココに相談したおかげで、落ちかけていた気持ちが持ち直した。
次に希子と会った時、お互いの腹に抱えているものを全部話し合おうと決めたのだ。また、らんきりゅうとして笑いの嵐を巻き起こすために…。
そして、登竜門での失敗から二日後、乱子はイベントで漫才をする仕事が入っていたため、関西芸能の事務所の前で希子を待っていた。年末も控えた寒空の下で、らんきりゅうの未来について考えながら…。
だがその日、希子が乱子の前に姿を現す事は無かった。




