第71話 強まる絆
柔らかく笑っているような雅美を見て、希子と健吾と望は驚いている。
「お母さん…。」
希子の目に、また涙が滲み出してくる。しかし、健吾はこれを認めようとせず、懐疑的な見解を示す。
「有り得へん。雅美はずっと意識が無いんや。たまたま光の加減で笑ってるように見えてるだけや。」
「お父さん!何でそんな事ばっかり言うの!?お母さんに声は届いてるかもしれへんやんか!」
健吾の言葉に、希子が感情的になって言い返す。そこへ、にょんにょんを止めた乱子が割って入る。
「希子の言う通りや!うちの最強ギャグで笑ったに決まってるやろうが!」
「にょんにょんでお母さんが笑ったって認めたくはないけど!それにそのギャグは乱子のじゃない!大場君のゴミみたいな持ちネタをパクっただけやん!」
関係の無い大場が、何故か言われたい放題されていて可哀想だ。
「もう良い…。私と乱子はもう行くわ。」
そう言うと、希子は乱子の手を引いて病室を出ようとした。そして、望の横を通り過ぎる時に希子が声を掛ける。
「望。お母さんの荷物棚の所にケーキ置いてるから、後で食べてな。」
「うん。分かった。」
それだけ伝え、望の小さな声の返事を聞いた希子と乱子は、健吾との争いを避けるために足早に病院を後にした。
「おいおい希子。あんな感じで終わったままでええんか?」
「今はええねん。どっちにしろ芸人として結果を出さなお父さんは認めてくれへんし、お母さんとの約束も守る事でけへん。」
二人が後ろ髪を引かれるような気持ちで会話をしていると、後ろから希子を呼ぶ望の声が聞こえる。
「お姉ちゃん!」
その声に反応した希子が振り向くと、そこには寂しげな表情を浮かべる望が立っている。
「お姉ちゃんは…まだこっちに帰ってこーへんの?」
「うん。まだまだ帰ってこーへん…。望を一人にして…ごめんな…。」
「私は大丈夫。お父さんも今は落ち着いてるし…。」
そこで、望が乱子に視線を移す。
「お姉ちゃんの相方さん、あのギャグ面白かったです!」
たぶん、大場のギャグを面白いと言ったこの世で初めての人間だろう。
「ガハハ!せやろ!?あのギャグあげるから学校で使ってええで!」
「ちょっと!カスみたいなギャグを妹にあげんといて!しかもあのギャグ大場君のやつやし!」
「なんでやねん!ゆくゆくは〝にょんにょん望〟として芸人デビューさせるんちゃうんか!」
「させるか!悍ましい芸名を可愛い妹に付けるな!」
乱子が希子のツッコミをスルーしながら、望に近付いて頭にポンッと手を優しく乗せる。
「にょんにょんももうちょい大きくなったらこっちに出ておいでな。うちが必ず有名にさせたる!」
「すでににょんにょん呼びすんの止めろや!望が困った顔してるやろ!」
しかし、希子の心配をよそに、望は大きく笑い声を上げる。
「あはははは!お姉ちゃん達漫才みたい!初めてお姉ちゃんがツッコんでるとこ見たけど面白いな!」
「望…。」
希子は思う。地元に一人残された望はきっと辛く寂しい思いをしているだろう。しかし、そんな所を欠片も希子に見せまいと明るく振る舞う彼女をどうにか早く救いたいと…。
「お姉ちゃんが!早く売れて望を楽にさせたるからな!それまでに辛い事があったらお姉ちゃんにすぐ相談するんやで!」
「うん、分かってる!私もお母さんと一緒に応援してるな!お父さんは…。」
「お父さんは私が芸人で結果出して認めさせるから大丈夫!いつかお姉ちゃんのネタで大笑いしてるお父さんを望に見せてあげるわ!」
「そうやんな!分かった!楽しみに待ってるな!」
良い感じに終わりそうなのに、乱子が姉妹の別れに水を差す。
「それまでににょんにょん練習しとくんやで!」
「え?は!分かりました!えっと〜…にょ~んにょ~んにょ~ん!望のオモローメーター…」
「させんな!私の純粋で可愛い妹に!望も今すぐその気持ち悪い動き止めなさい!」
『あはははは!』という3人の笑い声と共に、今回の希子の地元への帰省は無事終わった。だが、らんきりゅうとして裏切る事の出来ない大事な約束がまた一つ増えた事は確かだった。
そして、乱子と希子はミナミの街へと帰ってきた。着いた頃には日は沈み、街のネオンが煌々と街全体を照らしている。
この場で別れて帰ろうかとした時、南海難波駅の駅前広場のど真ん中で、乱子が改めて希子に、これからのらんきりゅうの未来について宣言をする。
「希子!あんたの夢や目標は分かった!うちが必ずその場所まで連れていったるからな!」
「乱子…ありがとう…。」
街の光に照らされて高々と宣言する乱子は、希子からすれば自分を救いに来てくれたヒーローの様に見えた。華がどん底にいた時に見た乱子と、同じ様に見えていた事だろう。これが乱子の人を惹きつける才能だと、本人は全く気付いていないのだが…。
「でもな!」
希子が一つだけ乱子に釘を差すため大声で言う。
「これから一切にょんにょん禁止!そもそも人のネタやし!」
「えーー!!あんなおもろいギャグを封印せなあかんのか…。」
「いやおもんないわ!今度大場君に会った時ちゃんと謝っときや!」
こうして、らんきりゅうは新たな目標を胸に歩き出すのだが、未来への歯車は、小さく―しかし確実に狂いだしていくのであった…。




