第7話 偶像の怪物
新メンバーが加入してから1回目のワンマンライブ、箱はいつもピンキースカイがワンマンをしている中規模の劇場である。
SNSで告知をした際、紫音が中心となった画像を添付しており、それによって、リプ欄はファンによる様々な憶測が飛び交い、軽く炎上してしまう事態になっていた。
この事について、古参メンバーは追い風に感じており、このままファンの反感が強まれば運営も考えを改めるだろうと考えていたのだ。
そんなある日、ダンスのレッスンの合間に、1人のメンバーが華に話し掛けてきた。
「公式のSNS見た?これで紫音達への風当たりが強くなったら、あの子達も大人しくなるんちゃうかな!そしたら華奈ちゃんがセンターに戻れるやん!」
「う…うん…。」
楽観的な他のメンバーとは違い、この件についてはもっと深く、黒い闇のようなものを感じていた華は、周りと同じように素直に喜ぶ事はできなかった。
すると、レッスン場の壁際で、華が座りながら水を飲み、汗を拭いていると、ツインテールのおっとりとしたメンバーが隣に座る。
「華奈、隣良い?」
「あ、里菜。うん、どうぞ。」
里菜は、華がピンキースカイに入った初期の頃からずっと一緒に頑張ってきたメンバーだ。
ファンからはカナリナの愛称で親しまれ、ピンキースカイにとってなくてはならない存在である。
「どうしたん?ずっと浮かへん顔して。って…そらそうやんな。無茶苦茶やもんな。」
「うん…それもあるねんけど、あたし的には実力でセンターを取り戻したいねん。こんなSNSの炎上なんかに頼りたくない…。」
「大丈夫やって!次のワンマンで見せつけたったらええねん!華奈は今まで本気で頑張ってきたんやから!私も絶対支えてあげるし!」
「里菜…ありがとう!あたし頑張るから!」
それから、華達はワンマンライブまでの間、紫音達からピンキースカイを取り戻すために、必死で今までの何倍以上も練習をする事になる。レッスンに顔すら見せない紫音達を置いて…。
そして、ワンマンライブ当日。今までに無いほど劇場は盛り上がっていた。チケットは当日分も含めて完売。異様なまでの熱気に包まれる事態となっている。
『うおぉぉぉぉぉぉ!!!!ピンキーーー!!!!』
というファンの歓声も、劇場全体を揺らすかのようであった。しかし、それは華達に向けられたものではなかった。
紫音達に向けられていたのだ…。
『うおぉぉ!紫音ちゃーーーん!!』
『美空ちゃーん!美しーーー!!』
『恋歌ちゃん最高やでぇーーー!!』
ファンの歓声は全て紫音達に向けられているのではと思ってしまう程だった。
新メンバー以外は、一体何が起こっているのか理解できていなかった。何故ここまで盛り上がるのか、何故自分達を誰も見ないのか。
そんな異常の中で、今起こっている事の原因に気付く者が二人いた。
それは華と里菜である。二人は震えていた。紫音達のアイドルとしての才能に。
特に、紫音の歌声、ダンス、ファンサービス。それらはこんな地下アイドルの劇場などでは収まらない実力である。
そして、その全てを支え、引き立たせる様に、両サイドで美空と恋歌がサポートをしている。
このフォーメーションを見る限り、三人がレッスンに顔を出さなかった理由が良く分かる。初めから他のメンバーの事などどうでも良かったのだ。
「怪…物…。こんなん太刀打ちでけへん…。どうやったらあそこまで人を惹きつけるオーラを出せんの…。悔しい…!」
そうやって、紫音を後ろから見ていた華は、思わず弱音を吐いてしまう。隣でダンスをしている里菜も同じ様な表情である。
そこで、ワンマンの最後を飾る曲が終わると、また割れんばかりの歓声と拍手が劇場を埋め尽くす。
「みんなー!!ありがとー!!これからもピンキースカイと紫音達の応援よろしくねー!!」
『うおぉぉぉぉ!!!わっしょーーい!!!』
こうして、新メンバーお披露目を兼ねたライブは終わる。終わった後、紫音達以外のメンバー全員は、楽屋で俯きながら座り、声を発する者など一人も居なかった。ただただ『はぁ…はぁ…』という荒い息遣いだけが聞こえる。
完敗。それだけだった。それも、ほとんどのメンバーの心を折るかのような紫音達のパフォーマンスであった。
「あんなん…。無理やん…。私達じゃどうしようもなかった…。どう目立とうとしても…全部跳ね返されるもん…。」
「私も…もう無理や…。続けられへん…。」
誰かが弱音を吐くと、それが伝染病のように楽屋全体へと広がっていく。
華はこの時、自分達が必死で築き上げてきたピンキースカイが、音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
そしてこの後、華と里菜を除いたメンバーが、運営に脱退する旨を伝える事となる。




