第69話 希子の語る夢
時刻はお昼前、珍しく乱子が南海難波駅の前で人を待っている。人を待つという事をほとんど経験した事のない乱子は、苛立ちからか足をカタカタと震わせている。
そこに、片手にビニールの袋を持った希子が小走りでやって来た。
「ごめんごめん!お土産を買おうと思ったら予想以上に行列やってん!」
「は?誘っておいて人を待たせるってどういう事なん?もう大人なんやからしっかりしーや。そういうのも先読みして早く家を出るとか出来たやろ。」
「あんたにだけは絶対言われたくないわ!ギャンブル中毒のおっさんにお金の使い方について説教されてる気分やわ!」
「何を買ってきたん?うちを待たせる程重要なもんなんやろな。」
「お母さんが好きなケーキがミナミにあんの!私も好きやから地元に帰る時は必ず買って帰ってんねん!」
「あんたな、そんなお母さんの話出したらうちが引くとでも…」
「もうええって!!」
それでもブツブツ言う乱子を、希子は電車に無理矢理乗せて地元を目指す。希子の目標や夢を説明するためには、自分の地元に行かなければ伝わらないと希子が言い出したのがきっかけである。
その道のりは、乱子と華が、希子のお墓に向かった道のりと全く同じであった。
そして、長い時間電車に揺られ、やっと希子の地元の駅に着き、乱子は待ちくたびれたかのように電車を降りた。
「何か海の香りがすんねんな。」
「ちょっと行ったら海があんねん。まぁこの季節に行っても仕方ないけどな。」
他愛もない会話をしながら、希子に先導されて乱子は歩く。結構な距離を20分程歩いただろうか、目の前には中規模の病院が現れた。
「ここにな、お母さんが入院してんねん。」
「え…そうなんか…。それでうちを待たせる原因になったケーキを買ったんやな…。」
「ここまでの事情を知ったのにまだ嫌味言う!?」
希子は、乱子に呆れながらも、病院の中に入り、面会の受付を済ませて目的の病室を目指す。
着いた病室は広めの個室であった。病室の扉の横には、〝二宮 雅美〟と名札が取り付けられており、その二宮という名字を見て、初めて希子の名字を聞いた時の事を乱子は思い出した。お嬢様みたいな名字が可笑しくて大笑いした事があったのだ。
そして希子が、『お母さん、久々に様子を見にきたでー。』と言いながら横開きの扉を開けて病室に入る。
だが、中からはそれに対して何の返事も無かった。たぶん留守か寝ているのだろうと乱子は思い、希子に続いてベッドの方に行くと、想像していなかった光景が目に入る。
それは、人工呼吸器を付け、腕には何本もの管が通され、生気をあまり感じない―やせ細った女性が横たわっていたのだ。
その女性に対し、希子は優しい笑顔で、女性の髪の毛を整えながら声を掛ける。
「お母さん。久しぶり。大好きやったケーキ買ってきてあげたで。後な、今私がコンビ組んでる相方の乱子を連れてきてん。」
希子がそう言うと、聞こえているかも分からないまま、乱子も希子の母親に対し挨拶をする。
「あ、えっと…乱子っす。娘さんにはお世話になってます。」
事情がまだよく飲み込めていない乱子は、ありきたりな形式的な挨拶をした。そんな乱子に、『いらない気を遣うな』と言いたげな笑みを浮かべながら希子が話す。
「何なん?緊張してんの?」
「緊張はしてへんけどやな。こういう事は事前に言うといてや。」
「全部話してからやと乱子は来てくれへんかなって思ったからさ…。」
「来るわ!あんたのためやったら…。」
「ハハ!ありがとう。」
希子は、母親の顔へと視線を落とし、しばらく沈黙する。希子の顔は微笑んでいるが、目の奥では心配と悲しみが入り交じった色が見える。
「お母さんが倒れたんはな、今年の2月やねん。KCSに入学する2か月前…。」
「そうなんか…。何で倒れはったん?」
そこで、希子は窓際に整理されて並べられていたパイプ椅子を乱子に渡す。そして、自分も母親の寝ているベッドの横に椅子を置いてそこに座った。
「細かく話せば凄く長くなるから、始めはちょっと簡単に説明するな。」
「別に長くなってもええよ。」
無愛想な言い方だが、乱子の優しさが詰まったその一言に、希子は緊張が解けたのか、肩の力を抜いて話す心の準備ができた。
「ありがとう。ありきたりな話やねんけどな、私の家はさ、昔はお金持ちやってん。でも、お父さんが事業に失敗して多額の借金ができてな。一気に貧乏になったんよ。お父さんはそれが原因で自暴自棄になって…お酒に逃げてしまってん。
そんな中、お母さんは私と妹に不自由な思いをさせまいとめっちゃ働いてくれててな。」
希子が母親の手を、両手で包むように握る。
「それだけお母さんは苦労してるのに…しんどいはずやのに…。私の夢を聞いたら笑って『応援する』って言うてくれてん。」
「夢?」
「うん…。私が必死で家族を守ろうとしてるお母さんを見てて抱いた夢…。」
そう語る希子の片目から、一粒の涙が頬を伝うように流れ落ちる。




