第67話 シモシモうるさい女
鉄平が、帰ろうとする乱子達4人を呼び止める。
「おい!ついでや、ちょっと口直しに飲みにでも行こか。」
「まだ未成年のうちらを連れ回して何する気…?」
訝しげな表情で鉄平を見ながら乱子が答える。
「ボケ!何もするか!荒木と大場はもう20歳になっとるし!木屋さん達に気を遣ってあんまりこれからの話もでけへんかったしなって思ったんや!」
「俺らは行きますよ。色々聞きたい事もありましたし。」
鉄平の誘いに荒木は了承し、大場も賛成なのか横でうんうんと頷いている。
「はぁ!?ほんならうちらも行くし!希子行けるやんな!?今日は用事とか言えへんやんな!?」
「え?う…うん…。みんなが行くなら行くよ。」
乱子は、どんな小さな事でも荒木と張り合おうとしているのか、希子へ圧力をかけたような言い方で誘う。
「よっしゃ!ほんなら行きつけの居酒屋が日本橋の方にあるんや、そこに行くで!」
そう言うと、嬉しそうに鉄平は先頭を歩いて前を行く。心斎橋から日本橋だと15分から20分は歩くのだが、酒を飲んでいた男組には酔いを覚ますのに丁度良い距離なのだろう。
そして、人混みの中を5人がひたすら歩き、繁華街の宗右衛門町を通り、KCSや関西芸能本社のある千日前を過ぎると、ミナミよりも少し毛色の違った街に到着した。そこは、オタク文化が隆盛を極める日本橋という場所である。乱子が周りを見渡すと、道端でチラシを配っているメイドさんが山ほどいる。
そんな日本橋の中心地から少し外れた場所に、昔ながらの赤ちょうちんを掲げた居酒屋が見えてきた。
心斎橋から歩くと遠かったが、KCSなどから歩いてくるなら確かに丁度良い距離かもしれない。
鉄平が、慣れた手つきで暖簾をくぐって横開きの扉をガララと開けると、『大将!5人やけどいけるか?』と聞きながら店内へと入っていく。
「お!鉄平ちゃんが誰かと来るなんて珍しいな!いけるで!奥のテーブル席に座りや!」
元気の良い大将が、何か料理を作りながら受け答えをしてくれた。店内には客はおらず、もう21時も過ぎようとしていたので、ピークの時間帯は終わったのだろうか。
乱子は、さっきたらふく鉄板料理を食べてきたばかりなのに、店内に広がる美味しい匂いに幸せそうな表情になっている。それは希子や荒木達も同様のようで、長い距離を歩いてきた甲斐があったのだろう。
5人は、大将に指示された広めのテーブルに座ろうとするが、乱子だけは最後まで座ろうとしない。それに気付いた希子が、呆れた様子で乱子に聞いた。
「なんなん?座らんの?」
「上座か下座かどれがどこや!?もううちは下の方には座らんぞ!」
そんなしょうもない事を気にして、中々座ろうとしない乱子の背後から、突然低めの女性の声が聞こえる。
「下を制する者は世界を制する。」
「うお!?な…なんや!?」
抑揚の無いセリフに、乱子は驚いて後ろを振り返る。すると、そこには真っ赤な髪の毛を束ね、耳だけでなく、顔の色んな箇所にピアスを付けた派手な女性が立っていた。
鉄平は、近寄りがたいが綺麗なこの女性に気さくに話し掛ける。
「おう!ココか!今日はここでバイトやったんやな。こいつらはKCS35期の奴らなんや。先輩なんやから仲良くしたれよ。」
「そうなんっすか。っていうかお姉ちゃん早く座りーや。下でえーやんか。下最高やんか。」
「な…なんなんっすか…。座りますけど…。下座は絶対嫌なんっすよ…。」
下に対して異常な執着を見せるココに、乱子は少し怯えながら席に着く。だが、その座った席は残念ながらガッツリ下座であった。
そんな中、鉄平がココの事を軽く紹介する。
「こいつはココって言うてな、元KCS30期でお前らの先輩にあたる人間や。下ネタに固執し過ぎて相方に逃げられまくってる可哀想な奴なんや。まぁそれさえなければ実力もあっておもろいから、何かあったら頼ったらええわ!」
ココが下にうるさい理由を鉄平が説明すると、みんなはドリンクと軽い食事をまずは頼んだ。
そこで、ドリンクを待っている間に、荒木が乱子に話し掛ける。
「おい、そういえばお礼は?」
「は?何のやねん。」
「飯会の時助けたったやろうが。」
乱子からすれば、忌々しい出来事が頭の中で再生される。
「あそこからほんまはうちが大逆転ホームラン打つ予定やったんや!邪魔したんはお前やろうが!」
「『テッテレー』からか?アホか、俺でも無理じゃ。」
またもや険悪な空気になりかけた所で、希子と大場が急いで間に入る。
「乱子!さすがに素直に荒木君にお礼を言うた方がええやろ!」
「なんでやねん!何か最近の希子おかしくないか!?やけに荒木の肩を持つようになったし!今なんか隣に座ってるし!」
理由の分からない乱子が、希子に文句を言っていると、横から笑顔の大場がしれっとその理由の答えを言ってしまう。
「そんなん当たり前やんかー!荒木と希子ちゃんは付き合ってるねんからー!」
大場の爆弾発言に、何も知らなかった乱子はポカーンと口を大きく広げて固まってしまった。それに対し、『あちゃー…』といった感じで頭を抱える希子。
「あ…あれ…言ったらあかんかったやつなん…?」
一気に変わった空気を察した大場が、冷や汗を流しながら気まずそうに荒木と希子の方を見る。
そこで、大場のせいで完全に空気が止まってしまったテーブルに、ココがドリンクを持ってやってきた。
まさかの修羅場が始まる予感が、この場を支配し始めるのであった。




