第66話 木屋との約束
それぞれの前に、頼んだ飲み物がやってくる。そして、木屋がグラスを掲げると、場に居たみんなもグラスを同じ様に掲げて静かに乾杯をする。
そのまま、飯会というのに、気を遣っているのか誰も話さずにいる。恐らく、木屋から何か話始めるのを待っているのだろう。
「君らが十数年ぶりのスペシャルか?」
変わらず威圧感のこもった喋り口で木屋が話し始めた。それに鉄平が対応する。
「はい、そうです。こっちの男コンビがフラッシークラウン、女コンビがらんきりゅうです。」
「ん?なんや、さっきの男女がコンビやなかったんか。」
さっきの乱子と荒木の絡みを見て、木屋はこの二人がコンビだと勘違いしていたようだ。
そこで、それぞれが席から立ち上がり挨拶をする。
「フラッシークラウンの荒木です。」
「フラッシークラウンの大場です!」
「らんきりゅうの希子といいます。」
「らんきりゅうの乱子やで!です!」
癖でタメ口で話しそうになる乱子を鉄平がキッと睨む。
「まだまだ若葉みたいやが、これから関西芸能を盛り上げてくれるのを期待してるで。こっちの自己紹介がまだやったな。これは神田。」
木屋が隣の少しハゲたスーツの男性を指差して紹介すると、神田は座ったまま軽く会釈をする。
「ほんでこっちは市村。」
続いて木屋の隣の赤いスーツを着た女性を指差して紹介する。
「二人共これから関西芸能を背負って立つ重役や。これから君らが売れて上まで登ってくると絡む事もあるやろ。仲良くやるんやで。」
木屋は、オールバックのように綺麗に整えられた白色と黒色の混ざり合った髪を少し触りながら、自分達の自己紹介を終えた。
そこからは、それぞれのテーブルにシェフが付き、料理を提供してくれた。乱子達は見た事もないような高級料理に舌鼓を打つ。
「さっきはごめんな…私が乱子を助けなあかんかったのに…。」
希子が小さな声で乱子に謝る。
「いや、うちが何の考えもなしに突っかかってもうたから悪いねん…。これからは気を付けるわ…。
でもしかし…。」
乱子は食事を楽しみながら市村と話す荒木を見る。
「何であいつはわざわざうちを助けたんや…。放っておいたらええものを…。」
「荒木君は乱子が思ってる程悪い人やないよ。」
「はぁ!?あいつは嫌な奴やろ!うちらがどれだけあいつに嫌味言われ続けてきたと思ってんの!?」
「そうやけど…荒木君にも考えがあってやな…。」
「え…希子…どうしたん…?今日ちょっとおかしいで…。」
乱子と希子がヒソヒソと話していると、木屋が急に話をふってきた。
「どうや?女性で初のスペシャルになった気分は?しかも二組が選ばれるなんて事は今まで無かった。意気込みを聞かせてくれや。」
突然の木屋からの質問に、驚いた希子はしどろもどろで答える。
「(ボ…ボケなければならないのか…!?)あ…あの…!頑張りますんで…!ヒュ…ヒューヒュー!イ…イェーイ!」
希子は、芸人特有の思考が邪魔をして、変なテンションになってしまう。。
それを見た市村と神田は愛想笑いをしてくれているが、木屋はピクリとも笑わず真っ直ぐ希子を見るだけだった。
その鋭い眼光に、希子は『あ…あはは〜…。』と言いながら半泣きになっている。
「そっちのお前はどうや?意気込みなんかはあるか?」
木屋が乱子を指名して質問をする。
「うちですか?ありますよ!笑いで天辺目指します!」
乱子は立ち上がり、腰に両手をつけながら偉そうに答える。
「天辺か。そんなもん、スペシャルの中でも〝下町小町〟と〝55〟ぐらいやな。君がそれになってくれるんか?」
「勿論!!任せてーな!あ…任せて下さい!こんななんちゃらクラウンには負けませんので!」
乱子は、荒木達を上からドヤ顔で見る。だが、荒木は見向きもせずに無視しているようだ。
すると、木屋が『ガンッ!』とグラスを強くテーブルに置く。それには周りもビクッと驚いてしまった。
「ほんなら…君は俺に面白いと思わせてくれるって言うんか?」
ほんの少し怒気を含んだような表情と言い方で質問する木屋に、この場の全員に緊張が走る。
答えを間違ってしまっては、スペシャルになった事さえ白紙に戻される可能性がある。いや、下手をすれば芸人として生きていけなくなるかもしれない。
鉄平が、何とかこの場をごまかそうと考えるが、それよりも先に乱子が木屋へと返答する。
「当たり前やないっすか!うちはこの世の全ての人間を笑かすために産まれてきたんっす!だから木屋さんも笑かすんで安心して下さい!なんなら今すぐにでもおもろいって思わせますよ!ガハハハ!!」
木屋の圧力に一切屈する様子も無く、乱子は自信満々に答えて大笑いした。
この答えが正解なのかどうなのか、全員が木屋へと注目した。すると…。
「カッカッカッ!なんや度胸のある奴が入ってきたみたいやのー!ほんならいつかお前らが成長した時、俺が直接見にいったるわ!楽しみにしてるで!」
木屋はここに来てから初めて笑顔を見せ、心底楽しみにしているかのように、激励の言葉を乱子に伝えた。これについては神田と市村も安心したように微笑んでいる。
「周りの人間は俺にごまをするようなんばっかりやったから、普通に接してくる奴は久々やわ。ほれ!みんなも遠慮せんと食うて飲んでしーや!」
機嫌が良くなった木屋は、場を和らげる発言をし、周りの緊張を解いた。
その後は、これといった問題も無く飯会は進み、これからのフラッシークラウンとらんきりゅうについて話し合いなどがされ、無事お開きとなった。
そして、店を出た木屋達がタクシーに乗ると、車内から窓を開けて木屋が顔を出し、乱子に話し掛ける。
「おい、乱子って言うたか?お前はほんまに俺を笑かしてくれるんやろうな?」
顔が赤らみ、酔っているであろう木屋に、乱子はさっきと同じ様に自信満々で答える。
「何回聞くんっすか!必ずおもろいって思わせますって!」
すると、その答えを聞いた木屋が、表情柔らかく遠い目をしながら微笑む。
「そうか…楽しみやな…ほんまに…。頑張りや。」
「おう!約束や!」
そんなどこか寂しそうな木屋に、乱子は満面の笑みで約束をした。だが、タメ口で返した事により、鉄平から凄まじい拳骨を受ける。
そして、そのまま走り出したタクシーを見送り、乱子達も帰ろうかとした時だった。疲れ果てた4人を鉄平が呼び止めるのであった。




