第64話 いざ、大事な飯会へ
大阪の心斎橋にある高級鉄板焼屋に、乱子と希子がいつもより少し綺麗めの服装で向かっている。
鉄平から飯会についての連絡があり、そこには日時以外に、服装をしっかりしてくるよう指示が付け加えられていたのだ。
「乱子のスーツ姿って初めて見たな。案外似合うやんか。」
「ほんま動きにくいから嫌やねん。飯会ぐらいラフな格好でええやんけ…。」
「しゃーないんちゃう?お偉いさんが来るみたいやし、私だってスーツは嫌やわ。でも、これからもし大きい賞レースに出るんやったらお互いスーツみたいなんがええんやろうし、慣れていっとかなな。」
「あーあ、めっちゃ面倒くさくなってきたわ…。ん?」
乱子が前を見ると、待ち合わせの場所に鉄平と黒スーツ姿の男2人が一緒に居るのが見えた。当然それはフラッシークラウンの2人である。
乱子は、歩きながら荒木の方を睨みつけながら近付いていく。そして、乱子と希子が到着すると、2人の服装を見た鉄平が少し驚いているようだった。
「おぉ。二人共スーツが似合っててええ感じやないか。きっちりした服装で来いって言うたけど、ちゃんと言う事守ってくるとはな。特に乱子はボケて裸とかで来そうやったから安心したわ。」
「うおい!そんな事してしまったら!うちの美しすぎる身体を見たその辺の男共がフル勃起になってもて!雷様が『あ…あれ…今日は避雷針みたいなのがいっぱい立ってるなぁ…。』って困ってもうてどこに落ちたらええか分からんくなってまうやろ!」
「お…おぉ…。お前が今日に対して気合いが入ってるって事だけは、今のネチっこいツッコミで分かったわ…。」
鉄平と乱子が喋っていると、荒木は乱子に見向きもせずに希子の方をチラリと見ているようだった。
「お?なんや?うちの相方の正装が性癖に刺さったか?でもな、希子の乳は〝鉄平のおっぱい千里眼〟によると岩のように硬いらしいから気を付けーよ。」
「だから硬くないって!しかも話盛らんといて!盛る乳が無いからって!」
「俺も勝手にそんな変な能力者にすんな!」
だが荒木は、乱子を無視して視線を逸らす。
「なんやねん!無視かい!」
「うるさいねん。おもんない奴の匂いが移るやろ。」
「あーんっ!?喧嘩売ってんのか!?」
荒木と乱子はずっとこんな感じなのである。犬猿の仲どころかではない仲の悪さなのだ。
揉め事を察知した大場が、早くこの場を移動するために話に入る。
「鉄平先生!もう待ち合わせの時間ですよ!」
「お、ほんまやな。ほんならお前ら行くぞ。」
鉄平に促され、希子と大場は、乱子と荒木を離して歩くようにフォーメーションを組んだ。第1回KCSお笑いライブ以降、乱子と荒木の仲の悪さが故に生まれたフォーメーションである。
そして、しばらく心斎橋の繁華街を歩いていると、飯会の会場である鉄板焼屋が見えてきた。その店構えは、見てすぐ分かるような高級志向のものであった。
5人は中に入ると、そんな高級店の中でも、普通のカウンターやテーブル席ではなく、一番奥の個室へと通された。そこには、真ん中に綺麗な銀色の鉄板が付いた3つのテーブルがあり、全部で10人以上は座れる広さがある。
まだ相手側は到着しておらず、5人は下座を意識してそれぞれ椅子に座った。たまたま最も下座に座った乱子を除いて…。
「お!お前やるやんけ。座る位置をちゃんと分かってんねんな。」
荒木が乱子の座った位置を見て、嘲笑しながら嫌味を言う。それがいまいち分かっていない乱子が知ったかぶりを始めた。
「は?当たり前やろ。うちやぞうち。うちがここに座らんと何が始まんねん。うちに任せとけや。」
言い方を悪くすれば、乱子は最も格下の者が座る席に座っている。乱子以外はそれを理解しているため、そんな所でイキり散らしている乱子を見て笑いが込み上げてきた。
「な…!なんや!何でみんなうちを見て笑ってんねん!は…ははーん!なるほどな!この最強の席に座ってしもたから、うちのおもしろオーラが溢れ出てんねんな!」
引きつり笑いをしながらまだ調子に乗る乱子に、クスクスと笑いながら隣に座っていた希子が耳打ちをする。
「ちゃうちゃう…。えっとな…。」
「…うん…。…うん…。」
希子がこっそり今の乱子の置かれた状況を説明していると、理解が追いついてきた乱子の顔が段々と真っ赤になっていく。
「はぁ!?おい!荒木!そこの場所どけ!うちが座る!」
「アホちゃうか。お前はそこがお似合いや。ついでに給仕でもしたらどうや?」
「むほぉぉぉ!!!!」
荒木に追撃でおちょくられた乱子が気持ち悪い雄叫びを上げた所で、個室の扉が開くと、そこから年配の男性が2人と、50代程の身だしなみが綺麗な女性が1人入ってきた。
その最後尾を歩いている60代ぐらいの男性の顔を見た瞬間、鉄平は急いで椅子から立ち上がる。その顔は乱子達も見た事が無い程緊張しているのが分かった。
鉄平の様子を見て、荒木、希子、大場も急いで椅子から立った。少し遅れてだが、その男性の顔を見て誰か思い出したのだろう。しかし、乱子だけは何故か偉そうな男性達に睨みをきかせている。アホが故にだからだ。
そんな乱子に、凄まじい威圧感を放つ男性が、無表情で声を掛ける。
「お?なんや?根性あるんかただのアホなんか…お前は何や?」
「お?うちが何かしたんか?お?」
「質問に質問で返すんはアホって相場が決まっとる。」
男性に対抗して、乱子がゆっくり立ち上がった。この男性が何者か知った時、乱子は自分の芸人人生が終わったと悟るのである。




