第63話 夢への大きな一歩
KCSでの〝スペシャルクラス〟。それは、10年に一組現れるかどうかの天才芸人にのみ与えられる特別なクラスである。現在までそのスペシャルの称号を手に入れた芸人はたった4組のみとなっている。
『下町小町』
『55(ファイブファイブ)』
『クイーンモンキー』
『渡り鳥』
この4組は、今も地上波などで冠番組を持つなど、それぞれが芸人として天下を取れる逸材として最前線で大活躍している。
そんな『スペシャル』の意味や重要性があまり分かっていない乱子と希子が鉄平に答えを求める。
「鉄平!一体スペシャルってなんなんや!?」
「お前は…はぁ…。」
乱子のタメ口に、もうツッコむ事すら面倒臭い鉄平は、頭を掻きながら答えた。
「スペシャルはな、KCSが…いや、カンサイがとんでもない逸材やと認めた生徒にのみ与えるクラスなんや。」
「逸材…。うちらが?」
「そうや。これからお前らはネタ見せの授業とかやなく、ライブとかの仕事にどんどん放り込まれるからな。ちゃんと結果出していけよ。」
「フラッシークラウンもなんか?」
「あいつらも文句無しのスペシャルって結果やったわ。この際やから言うとくけどな、カンサイでの評価はお前らよりフラッシークラウンの方が上や。」
鉄平がフラッシークラウンの評価について語ると、乱子は悔しそうに拳を握りしめるが、その表情は好敵手に出会ったかのように笑っている。
そんな乱子を見て、鉄平はもう少しだけ話を続ける。
「スペシャルが出るってだけでもお祭り騒ぎやのに、それが二組も現れたなんてほんまに異常な年や。過去のスペシャルに選ばれた芸人はみんな笑いの世界の天辺に近い所におる。特に1期生の下町小町さんは天下を取ってるといっても過言やない。」
そこで、鉄平は今まで見せた事の無い、乱子達に期待を抱いた笑顔になる。
「お前らもいつかそうなれよ。少なからず、俺はらんきりゅうの方が好きやからな。女芸人でも笑いで天辺取れるってとこを見せてくれや。」
「鉄平、なんか今日はキッショいな。キショいやない、キッショい。」
「うん。なんかキッショい。綺麗な鉄平さんはキッショい。」
「このクサレ女芸人が!何回キッショいって言うんじゃ!ゴキブリでもそこまで言われへんわ!人がせっかくええ事言うたってんのに!ボケ!」
乱子と希子の素で引いている姿に、鉄平は怒りながらこの場を去ろうとする。だが、言い忘れていた事があったようで、振り返るとそれだけ伝えてくる。
「あ、そうや。近々スペシャルになったお前らのための飯会があるからな。決まったら連絡するから絶対顔出せよ。」
「えー…。そんなん言いつつ鉄平がうちらとプライベートでにゃんにゃんしたいだけちゃうんか。まぁ希子の乳ぐらいやったら触らせたってもええけど!」
「何で私がおじさんにタダで乳触らせなあかんのよ!」
「お前らな、今調子乗ってるけど、その飯会にはカンサイの重役らも来るからな。粗相あったらたぶんこの先一生芸人でけへんようになるぞ。
後、希子の乳はデカいけど硬そうやからいらんわ。ほなな。」
「なっ!?し…失礼な!」
乳について図星だったのか、希子は恥ずかしそうに胸を隠しながら怒っている。
本当に希子の胸に全く興味が無かったのか、顔色一つ変えずに鉄平は帰っていった。
その後、二人は飯会の事とこれからについて話し合いながら、いつもの千日前商店街を歩いている。
「何か一気に話が進んでいくなー。うちらがスペシャルやってよ。」
「ほんまに凄いよな。まだまだ全く実感が湧かへんけど…。フラッシークラウンと一緒かー…。」
希子は会話をしながら、誰かに連絡を返しているようだ。
「誰にメールしてんの?」
そう言いながら乱子が希子のスマホを覗き込むと、希子は慌てた様子ですぐにスマホを隠した。
「ちょっと!人のスマホ覗かんといてよ!ほんまデリカシーないな!」
「そんな必死にならんでもええがな!なんや!彼氏か!?いや!その焦り方は違うな!いつぞやのネタ合わせの時に会った笑いの神様やな!」
「誰があんな酔っ払いと連絡とんねん!誰でもええやんか!自分が男っ気ないからって!」
「は…はぁ!?ありますぅー!男っ気ありますぅー!この前もジョンに言い寄られましたー!」
「外人さんに言い寄られてんの!?」
「ちゃう。近所の犬。」
「何やねんそれ!盛ってるだけちゃうんか!」
「しかも雌やったわ。」
「ジョンやのに!?飼い主は何を考えてんねん!」
そこで、乱子と希子は千日前大通りに差し掛かった所で、いつも通り左右に別れる。
「じゃあまた明日!乱子に彼氏ができる事を祈りながら寝るわ。」
「余計なお世話や。うちは笑いと結婚すんねん。」
そのまま別れようとして、乱子が背中を向けて歩き出した時、希子が乱子の名前を呼ぶ。
「乱子!」
「ん?なんや?あー…あれか…、乳が硬いんは気にすんなって。大丈夫やから。」
「ちゃうわ!―ありがとうって言うの忘れてたなって…。乱子のおかげでここまで来れた感があるから…。何とか夢が叶うかもしれん…。」
「夢?」
「まぁそれはまた今度!じゃあね!」
希子はそう言って、嬉しそうに笑いながら南海難波駅の方へと走っていった。
「急になんやねん。まぁ…でも…悪くないかな…。」
乱子もポケットに手を突っ込みながら、希子とは逆の方向へと歩き出す。
今思えば、二人が別方向へと進んでいく姿が、この先起こる事を予兆していたかのように見える。
そして3日後、鉄平から例の飯会の日時の連絡がくるのであった。




