第62話 スペシャル
8月末、KCS35期生は、入学時から比べて人数は3分の1以下になっていた。6月頃から、ノリで来ていた者や、承認欲求を満たす為に来た者、クラスの人気者レベルだった者達が自然と来なくなり、その後も多くの者達が才能の壁などにぶつかって芸人の世界から去っていったのだ。
そんな中、未だに芸人の世界に食らいつく強者達が、KCSの教室に集められている。一部を除いた全員がそこに集められた理由は、残りの半年間を過ごす事となるクラスの発表があるからだ。
教室の後方に、不機嫌そうな乱子と、ずっと誰かと連絡を取り合っている希子が座っている。
そこに、プリッツーの中島が話し掛けにやって来た。
「おはよう!改めて第2回KCSお笑いライブ優勝おめでとう!」
「あん!?」
中島のそのひと言に、乱子は思いっきり怒りの表情で睨み返す。
「え…。機嫌悪すぎるやろ…。乱子どないしたん…?」
「どないもこないもあれへんよ!あのクソクラウンが出場してないのに優勝してもしゃーないやんか!」
らんきりゅうは、5日前に行われた第2回KCSお笑いライブで見事優勝したのだが、フラッシークラウンは出場しておらず、乱子的には納得のいかない結果だったのである。
そこで、希子がスマホを鞄にしまいながら会話に参加してきた。
「しかも、そのフラッシークラウンは、その日に関西漫才グランプリで最優秀新人賞取ったから余計乱子は悔しがってんねん。」
「そういう事かー。フラッシークラウンは来年の関西漫才グランプリで優勝は確実か!?とか言われてるしな。」
「あーんっ!?そんなんやからお前は中島なんや!〝小島〟よりかは上かも知らんけどな!〝大島〟には一生頭上がらんねんぞ!婿養子に入って大島になるまではな!!」
「俺は一体何を怒られてるんや…。名前の大中小で人の上下を決めんなよ…。」
希子と中島のいらないひと言で、乱子は自分でもよく分からないボケを言ってしまう程機嫌が悪くなっているようだ。
「ま…まぁ!クラス発表で同じクラスになったらよろしくやで!ほな!」
中島は、乱子が面倒臭くなったのか、そそくさと相方の元へと去っていった。
そして、ピリピリし続けている乱子に、希子は呆れた様子で声を掛ける。
「はぁ…。悔しいのは分かるけど、周りに当たり散らしてもしゃーないやろ。」
「しゃーなくない!何でうちらがグランプリの方に出られへんかったんか分からんし!」
「そらさ、あの私らが乱入した1回目のライブ以降のフラッシークラウンの成長具合が凄かったからやろ。ライバルであるはずの私ですら目を見張るものがあったわ。」
「うちらだって一緒やんか!それやのにほんま…!カンサイの上層部はどこに目を付けてるんや!」
「まぁまぁ。まだまだ私らもこれからやって!今日のクラス分け次第では仕事も増えるやろうし!着実に結果出していこーや!」
「…フラッシークラウンは今日も別件で来てへんし…クソが…。」
「はぁ…。あんたはほんまに…。」
希子は、どれだけ励まそうがブツブツと愚痴をこぼし続ける乱子に、心底頭を悩ませる。
すると、ざわざわとしていた教室に、鉄平が神妙な面持ちで入ってきた。鉄平が入ってくると、うるさかった教室は一瞬で静かになり、『おはようございます!!』と挨拶をすると、全員が大人しくクラス分けの発表を静かに待っている。
それだけ今日の事を楽しみに出来る程、全員が夢に向かって頑張ってきたのだろう。
「みんな揃ってるかー?ちゃっちゃとクラス分けしていくぞー。」
生徒達の期待感とは逆に、鉄平は淡々とクラス分けの発表を進めていく。
「えー、まずは下位クラスからやな。『ぺッティングタッチ』…」
そうやって発表は進んでいき、下位クラスや中位クラスに振り分けられ、名前を呼ばれた生徒達は悔しそうなリアクションを取っている。
そして、発表はとうとう上位クラスに差し掛かる。ここまで名前を呼ばれていない組は12組である。
「ほな、最後に上位クラスの名前呼んでいくぞー。えー…まずは『プリッツー』、『ベロリンキャンディ』…」
下位、中位と名前を呼ばれていなかった者達は、上位クラスが確定していたため、名前を呼ばれる前から安堵と喜びの表情を浮かべていた。
その中でも、乱子は始めから上位クラス以外考えていなかったので、鼻をほじるような態度でずっと聞いている。
「『笑いは後から。』、『Gジャンズ』。上位クラスは以上10組や。」
らんきりゅうの名前が呼ばれる前に発表が終わってしまった事に、乱子と希子だけでなく、周りの生徒も驚きを隠せないでいる。まさか、下位や中位で呼ばれていたのを聞き逃したのかと焦ってしまう。
そこで、乱子が暴走する前に、希子が挙手をして鉄平に質問をする。
「あ…あのー…。私らの名前呼ばれてないんですけど…。」
「ん?らんきりゅうはスペシャルや。」
鉄平はあっさりとそう言ったが、教室内の全員があまり理解が追いついていない様子だ。一番その事を理解し、驚いて口がガン開きになっているのは、鉄平の手元の細身の男だけだった。
乱子と希子も、頭の中がクエスチョンマークでいっぱいである。
「ス…スペシャル…?」
希子が首を傾げながら聞き直す。
「ス…スピリチュアル…?」
アホ乱子はよく聞いていなかったので自然と聞き間違えている。
「スペシャルじゃ!何でお前らに超常的な力で運命を見てもらわなあかんねん!」
段々と教室内の空気が変わってくる。それは、KCSに極稀に入学してくる天才中の天才にのみ用意されているクラス、『スペシャル』の事だと全員が徐々に理解し始めたのだ。本当に噂程度にしか聞いた事が無かったため、このような時間差のリアクションになってしまったのだろう。
『はぁーーー!?!?スペシャルーーー!?!?』
『は…初めて聞いたぞ!!』
『おいおい!同期からスペシャルが出るなんて!!』
四方八方から驚きの声が上がる。しかし、未だに理解が追いついていないらんきりゅうの二人はぼーっとしている。
そこで、鉄平が教室内を無言で睨み、全員を静かにさせた所で、最後にもう一つ付け加えた。
「あとな、フラッシークラウンもスペシャルや。じゃあこれでクラス分けは終わりな。クラスによって授業内容とか違うから、自分達が振り分けられたクラスのパンフレット持って帰れよ。
あ、後な。月に一回クラスの入れ替え戦があるから、下位とか中位の奴らも諦らめんなよ!ほなな!」
またもやしれっと、とんでもない発表をして鉄平は教室を後にした。鉄平が教室から出ると、遅れて『えーーーーー!!!』という生徒達の声が教室内から聞こえる。
そして、鉄平が一度ニヤリとしてから歩き出した所で、教室から飛び出してきた乱子と希子に呼び止められた。
「鉄平!ちょっと待ってや!スペシャルってどういう事なん!?」
この日から、らんきりゅうの運命が大きくうねりを伴いながら変化していくのである。




