第60話 そして晴れる
らんきりゅうに残された時間は30秒。肌感覚で残り時間を把握している希子が早々にネタを進めていく。
「キャンセル界隈ってお風呂をキャンセルしたりとかそんなんやろ?ちょっと理解に苦しむわ。」
「でもな、うちもキャンセル界隈の一員やねん。」
「は?何をキャンセルしてんの?」
「ちょっとこの辺臭くない?」
「まさか!あんたもお風呂キャンセル界隈なん!?」
「ちゃうちゃう。屁の音キャンセル界隈。」
「何をキャンセルしとんねん!!終わってんな!!ただのすかしっ屁界隈やんか!!」
そこで乱子が、めちゃくちゃダサいダンスを無言で楽しそうに踊りだした。
「いや急に何なん!?リズム感も動きも全てが気持ち悪いダンスやめてくれる!?」
「ネタの台本キャンセル界隈。」
「アホみたいな踊りで嬉しそうに一番大事なもんキャンセルすんな!もうええわ!」
希子が漫才を終わらせようとした所で、乱子がグイッと前に出る。
「もうええわキャンセル界隈。」
「鬱陶しい!どこまでキャンセルすんねん!もうええわ!」
『ワハハハハハハ!!!』
らんきりゅうのネタは最後までお客さんにウケっぱなしであった。そして、本当はここで希子の書いたネタは終わりのはずだったのだが、乱子はネタの時間が終わったのにまだ喋りだす。
「だって!」
「へ?」
「だって!漫才ってやってたらめっちゃ楽しいねんもん!こんなすぐ終わりたくないやんか!もっとやってたいやんか!いっぱい人を笑わせたいやんか!」
「ちょっ!急に何を言い出すねんな!時間はもう過ぎてるって!」
それでも止まらない乱子は、センターマイクを直に握り、音響のスピーカーに足を乗せる。その姿は、ロックバンドのボーカルのようだ。
「こんなに楽しいのに!うちらの同期はアホクラウンにビビってもーて『自分たちの本気キャンセル界隈』になっとんねん!どいつもこいつも諦めてるんか知らんけど!全力でぶつかっていかんかい!」
この乱子の行動に、客席はざわつき、舞台袖や劇場の後方で見ていた同期の面々も何が起こっているのか分からなかった。その時、劇場内のどこからか、誰かが乱子に反論する。
『うっさいわ!乱子!俺らだって必死にやっとんのんじゃ!』
その一言で火がついたのか、各所から様々な声が上がりだした。
『そうじゃそうじゃ!いちいちお前に言われんでも分かっとんねん!』
『ってか何でお前らが舞台におんねん!おかしいやろ!』
そんなあちらこちらからどんどん発せられる同期達からの罵声に、乱子はセンターマイクから離れ、大きく息を吸うと、マイクなど必要ないくらいバカでかい声で叫ぶ。
「ほんならぁぁ!!もっともっとお客さんを笑わせんかいっ!!普段からフラッシークラウンに気圧されて縮こまってるのが丸分かりやったわっ!!そんなんやからお客さんにもバレて盛り上がらんかったんじゃぁあ!!」
そこで、もう一度乱子は深く大きく息を吸う。
「お前ら全員!腐っても自分らが誰よりもおもろいって自信があったから芸人になったんやろがぁぁ!!芸人魂見せてみろやぁぁ!!おもろかったら何でもありや!!立ち上がってみせんかい!35期!!」
乱子の全員を鼓舞するかのような魂の叫びに、同期達全員の胸が熱くなる。出番が終わった者は悔しさで拳を握りしめ、これから出番の者は熱く滾った想いが溢れ出そうになっている。
『お前なぁ!!見とけよ!!めちゃめちゃ盛り上げたるからなぁ!!』
『やる気出てきたわアホ乱子!!』
『ちっパイのくせにええ事言うやんけぇ!!』
『フラッシークラウンにもお前らにも1位は取らせへんからな!!』
それらは、先程までとの罵声とは違い、士気のようなものが上がった熱い言葉だった。それは劇場いっぱいに広がり、お客さんを巻き込んだとんでもない熱気の嵐になる。
だが、せっかく良い所なのに、乱子はある言葉に引っかかったようだ。
「うおぉぉーーい!!誰じゃーー!!今うちの事ちっパイって言うた奴!!C寄りのBはあるんじゃボケェェ!!」
『無理すんなってー!!それはそれでええやんけー!!』
「よっしゃやんねんなぁ!?誰じゃ!?舞台に上がってこんかい!!」
今にも舞台から飛び出して行きそうな乱子を希子が後ろから抱きついて必死で止めている。だが、希子の顔は困った様子ではなく、満面の笑みである。
そんな全てを巻き込んだ乱子劇場に、お客さんは楽しそうに笑っている。
それを見ていた鉄平は、乱子の人を惹きつける類稀なる才能に驚嘆していた。
(あのアホ、まさかここまでやったとは…。これで残り少ないが、ライブは持ち直したはずや。他の生徒らにも活気が戻っとる。あいつ…ほんまもんの天性の芸人やったか…。やけど…。)
そこで、鉄平はスタッフに指示を出し、乱子達を無理矢理にでも舞台袖へと捌けさせる。
乱子はギャーギャー言いながら、現れたスタッフに羽交い締めにされて舞台袖へと消えていき。その後を、客席側に頭を下げながら希子が続いて捌けた。
すぐに完熟Tバックの二人が舞台上に出て、ライブの進行を慌てて行う。
「なんやものっ凄い奴が出てきたな!」
「あんな新人見た事ないで!ではでは!時間もないのでどんどんいきましょう!お次は!『お笑い症候群』のお二人です!どうぞー!」
ここからのライブは、らんきりゅうが登場するまでとは比べものにならない程の盛り上がりを見せた。それは、自分たちの笑いをフラッシークラウンやらんきりゅうにぶつけるかのような凄まじいものであった。
それを見ていた者達も、『次こそは…!』と静かに闘志を燃やし、問題であった暗い空気はKCS35期の中から綺麗さっぱり消え失せたのだ。
乱気流を抜けた先に広がる、真っ青な空のように…。
そして、ライブも終わり、とうとうランキングの発表の時間がやってくるのであった。




